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旅へ

 宗家の稲妻家は、風の里の北端の高台で、里の家々が見通せる所にあった。神一郎は、重い心を抱えながら坂道を上り、稲妻家の門を叩いた。


 彼を出迎えたのはライカだった。あの時以来の対面だったが、激しい修行のせいか、人が変わったように見えた。


「神龍斎様には急な事で残念です……」


 ライカは、目も合わさず、そう言って神一郎を招き入れた。前は笑顔を投げかけてくれたライカの変わり様に、彼は、お辞儀をするのが精いっぱいだった。

 

 神一郎が通された奥の部屋には、白龍斎が端座して待っていた。白龍斎は、ライカを神一郎の横に座らせ、二人に話しを切り出した。


「神一郎には、父親を亡くしたばかりで申し訳ないのだが、お前達には箱根山の風魔の里に行って、本格的な奥義の修行を続けてもらいたいのだ」 


「風魔の里?」


 最初に反応したのはライカだった。


「そうじゃ、この風の里には裏切者が居る。信長の軍を倒すための修行をしている事が敵の耳に入れば、この里への襲撃も早まるやも知れん。故に、本格的な奥義の修行は隠密裏に行う必要があるのじゃ。

 遠く離れた風魔の里なら気取られる事もあるまい。風魔千太郎殿には文で頼んである故、明日にでも、“雷神抄”を持って出立してほしいのだ」


「雷神抄?」


 そう聞いたのは神一郎だ。


「これは、百龍雷破の奥義が記されたものだ。ライカには基本は教えた故、これがあれば百龍雷破は会得できるはずじゃ」


 白龍斎は、懐から一本の巻物を取り出し、二人の前に置いて、神一郎に視線を注いだ。


「風の里を救う為には、ライカが百龍雷破を会得するしかない。一人では叶わぬ事も、二人で支え合えば道も開けよう。神一郎には、ライカの修行を助けてもらいたいのだ!」


 白龍斎は、神一郎に深々と頭を下げた。


 その時、神一郎の胸に、「ライカ様を護るのはお前の使命だ」と言う父の言葉が蘇った。すると、暗かった彼の心に一条の光が差し込んだ。


「宗家、御手をお上げください。ライカ様を護れというのは、父の遺言でもありました。私でよろしければ、この命に代えて支えさせて頂きます!」


「神一郎、よくぞ申した。頼んだぞ!」


 白龍斎は、膝でいざり寄って、神一郎の手をしっかと握った。



 次の日の夜、旅支度をしたライカと神一郎は、夜陰に紛れて風の里を旅立った。辛い経験をしたばかりの、若すぎる二人の後ろ姿を、白龍斎と二人の母は、心配そうに見送った。


 ライカと神一郎は、里の街道は通らず、風の技を使って裏山を駆け上がり、遠回りした形で、遠くの街道へ出る道を選んだ。

 それは、里の者に気取られない様にとの配慮からである。重い旅の荷物を持っての山越えだったが、頂上からは風に乗って、ムササビのように飛んだ。そのライカの飛行術に感心しながら、神一郎も、負けじと彼女の背中を追った。


 そうして幾つも山を越え、東の空が白み始める頃に、二人は、里から遠く離れた街道に出ていた。

 

 彼らは、旅の僧に化けていた。髪を切り、墨染の衣に深めの網代笠を被れば、男女の区別はつかなかった。


「ライカ様、箱根なら私達の足で七日と掛かりますまい。せっかくの旅ですから、のんびりいきましょう」


 一言もしゃべらないライカに、神一郎が、砕けた調子で言ってみた。すると、


「神一郎、物見遊山ではないのだぞ!」


 ライカが初めて喋った。いや、怒った。それも男言葉だ。元々破れかぶれの所へ、厳しい修行が重なって、本来の天真爛漫なライカは姿を消してしまっていた。


「焦ってどうなるものでもないではありませんか」


 神一郎の声は何処か楽しげである。


「お前は、私の面倒を見るだけだから気楽かもしれぬが、私には風の里の命運がかかっているのだぞ。一緒にするな!」


「私とて風の技の奥義を極める為に行くのです。ライカ様一人に頼るつもりはありません」


「ならば、一日でも早く修行に入りたいとは思わないのか?」


「それはそうですが……。私はライカ様と旅をするのが嬉しいのです」


「嬉しいだと? ……お前の考えていることが分からぬ!」


 ライカは、ぷいと顔を背けて先を歩き出し、それ以後は、話しかけても返事もしてくれなかった。


 神一郎は、お互い気まずい思いをしたままでは、この先の修業にも差し障ると思い、努めて明るく振舞おうとしただけなのだが、返って仇になってしまったようだ。



 一日歩き通して、その夜は、古い寺の軒先を借りて野宿をした。忍者である二人にとっては、旅での野宿は当たり前のことで、苦にもならない。食べ物が無ければ、炒り米などを噛んで、飢えをしのぐ事も出来るのだ。


 田植えの季節。耳を澄ますと、賑やかなカエルの合唱が、遠くから聞こえて来た。



 三日目には尾張に着いた。その夜は、荒れ放題で人の住んでいなさそうな、神社の楠木の上で眠る事にした。

 あれから、ライカは口を利いてくれず、増々気まずい感じになっていた。神一郎は、彼女が何を怒っているのかも分からず、気を揉むしかなかった。


 真夜中になって、神一郎が、ふと目を覚ますと、誰かの話し声が耳に入って来た。


「今日は上玉が手に入ったので、お頭も喜ばれよう」


「うむ、しかし、家の者に騒がれ斬り殺してしまったは、ちとまずかったのではないか」


「一家皆殺しでは、朝まで気が付くまいよ。明け方までに逃げれば良いわさ」


 神一郎が、身体を起こして声のする方を見ると、黒い二つの影が近づいて来ていた。二人で、何かを担いでいるようである。


 彼は、木の上からひらりと舞い下り、二つの影の後を追った。すると、二つの影は、神社の一番奥の建物の中へと入っていった。


 神一郎がそっと中を覗くと、盗賊らしき五人の男が居た。皆、侍崩れのようである。


「お頭、こいつは上玉ですぜ」


 盗賊の一人が、気を失った女の身体を舐めまわすように見て言うと、頭の男が女の顎に手を掛け、じっくりと見定めた。


「……なるほど、これは美形じゃ。それにいい身体をしておるわ。せっかくの御馳走を頂くとするか。明日には尾張を出るぞ、支度をしておけ!」


 盗賊の頭は、女を抱き上げると奥の部屋に消えた。


 盗賊の頭は、女を布団に寝かせると、その胸の着物を荒々しく開き、白い肌に顔を埋めた。女が目を覚まし悲鳴を上げたその時、神一郎が、手下達の居る部屋に飛び込んだ。


「何奴!」


 ろうそくの炎が揺らぎ、刀を抜いた男達が一斉に斬りかかって来た。神一郎は、慌てる風もなく彼らに向かって手を翳すと、パシッ! という音が数回鳴ると、彼らは悲鳴を上げて後方に吹っ飛んだ。


 神一郎の風破かざはが炸裂したのだ。風破は風の力を貯めて一気に放つ衝撃波で、全力で撃てば岩をも砕く破壊力がある。盗賊達は気を失ったのか、倒れたまま起き上がって来なかった。


 神一郎が、女を助けようと奥の部屋に向かおうとすると、奥の部屋から呻き声が聞こえて来た。襖を開けると盗賊の頭が倒れていて、何時現れたのか、ライカが凄い形相で刀を振り上げていた。


「ライカ様、止めて下さい!」 


「神一郎、邪魔をするな。女をもてあそぶ奴は許せぬ。命で償ってもらう!」


 言うが早いか彼女が振り下ろす刀を、神一郎の刀が、掬い上げるように弾き飛ばした。


「勝負は着きました。これ以上の殺生は無用です!」


「神一郎、邪魔をするな!」


 ライカが神一郎を睨みながら右腕を振るうと、凄まじい風が部屋の中を吹き荒れ、灯りが掻き消えた。


「ウグッ!」


 暗闇の中で呻き声が上がった。


 風が収まるのを待って、ライカが指を弾いて蝋燭に火を灯すと、神一郎が弾き飛ばしたはずの彼女の剣が、盗賊の太股に突き刺さっていた。彼女が風で剣を操り、突き刺したのだ。


 ライカの怒りは収まっていなかったが、止めは刺さず、苦しむ盗賊を横目に、拐かされた女の傍に寄り添った。


「大事ないか、一人で帰れるか?」


 女は頷き、着物の乱れを直すと、何度も礼を言って帰っていった。


 ライカには、無闇に人を殺してほしくなかった神一郎は、ひとまず胸を撫で下ろした。

 

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