真麟奪還①
大噴火のような爆発の噴煙が収まると、山の頂上付近は完全に吹き飛ばされて、噴火口の底部だった辺りが露わになっていた。
その瓦礫の中で、燃え尽きたような天神が、真っ白に凍り付いた状態で埋もれていた。
天神は、何も見えず、何も感じなくなっていた。氷馬の紫の玉が炸裂した瞬間、彼は、燃え滾るような高揚感から、一気に暗闇の世界へと突き落とされていたのだ。それは、身体の全ての細胞が一瞬の内に凍りつき、心臓や脳までもが活動を止めてしまったからだった。
「……ナンダ? ワシノカラダニ、ナニガオコッタトイウノダ……」
最早、天神の身体から燃え上がる炎は無かった。
大爆発から危機一髪で逃げることが出来たライカ達が、上空から天神を見ていた。
「炎龍斎様、止めの火炎弾を!」
氷馬の叫びに、炎龍斎が渾身の火炎弾を天神に撃ち込むと、彼の身体は、木っ端微塵に砕け散った。心が絶望に支配されていた天神は、我が身の死を受け入れるしかなかった。
「凄いな氷馬、こんな奥義があったとは知らなかったよ」
神一郎が氷馬を労い肩に手を掛けると、彼も笑顔で答えた。
「水神家に伝わる“大紅蓮”と言う伝説の技なんだが、何故、これだけの技が使えたのか、自分でも驚いている」
「きっと、真麟を救おうとする氷馬の必死の心に、阿摩羅が応えてくれたんだよ」
神一郎は、また一人、頼もしい仲間が出来た事が嬉しかった。
大紅蓮と言うのは、八寒地獄の第八で、究極の寒さ故に身体の肉が裂けて、それが紅い蓮のように見える事からこの名がある。奥義“大紅蓮”は、稲妻家の百龍雷破にも匹敵する、水神家の奥義中の奥義なのである。
「信長、信長は何処だ!」
炎龍斎が辺りを見回すも、信長の姿は何処にも無かった。
「信長は、負けることを嫌います。このまま逃げるようなことはしないでしょう。必ず戦いを挑んで来ます」
ライカが言った途端、世界がガラリと変わった。
青い海、白い砂浜、潮の香を運んで来た風がヤシの木を揺らしている。ここは、南海に浮かぶ小島のようである。
砂浜の切れ目のヤシの木の下で、悠然と床机に座って扇子を動かしているのは、紛れもなく信長だった。
「ライカよ、よくぞここまで辿り着いた、誉めてやろう。だが、現実世界では、我が軍が紀州に進軍している頃だ。こんな所で遊んでいて良いのか?」
信長は悠然とはしていたが、ライカ達を見る目は怒りを含んでいた。
「信長! 真麟は何処に居るのだ!」
炎龍斎が信長の方へ走り出そうとするのを、ライカが止めた。
「ふん、そんなに真麟に会いたくば会わせてやろう。真麟は此処だ!」
信長が立ってクルリと背を向けた刹那、ライカ達は声を失い、炎龍斎の我が娘を呼ぶ声は悲鳴に変わった。
それは、信長の頭の後ろに真麟の顔があったからだ。真麟は信長の背面にめり込むように同化していて、腕は、真麟の分と四本出ていた。
「これでわかったか。真麟と儂は当に一心同体なのだ。どうじゃ、取り返せまい! フハハハハハハハハ、ハアッハッハッハッハァ!」
向き直った信長が、狂ったように笑う。
「……」
ライカ達は、二人の悍ましい姿に、暫く声も出なかった。
「ううううっ。許さぬ。許さぬぞ信長――ッ!!!」
目が充血するほどの怒りに、自分を見失った炎龍斎が、信長に飛び掛かろうとした時、背中の真麟がくるりと正面になった。真麟の顔を見て、炎龍斎の相好が崩れたその刹那、彼女は表情も変えずに、黒い炎の剣を炎龍斎の胸にグサリと突き立てたのである。
炎龍斎は、まさかと言った表情のまま、胸から血飛沫を上げて倒れ込んだ。
「……ま、り、ん、何故じゃ、……儂が、儂が分からんのか?」
「炎龍斎様、真麟は正気ではありません。信長に操られているのです。心を強く持って身体を復元してください!」
倒れた炎龍斎に駆け寄った氷馬が、懸命に元気づける。
動揺を隠せない炎龍斎だったが、氷馬の懸命な励ましに気力を取り戻し、精神を集中させた。
その時、ライカと神一郎は、氷馬達を護るために、真麟の前に飛び出していた。
「ノブナガサマニアダナスモノハ、ダレデアロウト、コノワタシガユルサヌ!」
彼女は狂気の目をライカと神一郎に向けながら、黒い炎の剣を振り下ろして来る。真麟が戦う時、信長の足が向きを変えて彼女の足に変わるので、動きは速かった。
ライカと神一郎は攻撃する事も出来ず、身を躱し続けるしかなかった。
「ライカ様、真麟と信長を切り離す方法は無いのですか!」
神一郎は真麟の攻撃を躱しながら、ライカの方をチラリと見て言った。
「今の状態では引き離す事は不可能だ。信長を倒せば真麟も死んでしまう。だが、真麟を正気に戻せば可能性はある。記憶を取り戻すために、声を掛け続けてみよう!」
「それなら儂の役目だ!」
身体を復元し終わった炎龍斎が立ち上がり、ライカ達を追い回している真麟に向かって大声で話し出した。
「真麟よ、儂はお前の父だ! 母も、たいそう心配してお前の事を待っているのだぞ。儂の事は忘れても、母親の事は覚えておろう。一人娘のお前をたいそう可愛がっておったではないか。思い出さぬか、母上の声を、子守唄を、微笑んだ顔を……」
敵意をむき出しにして、ライカ達を攻撃していた真麟だったが、母親の話になると一瞬動きが止まった。
炎龍斎が尚も大声で話し続けていると、真麟が、突然、炎龍斎の方に向き直った。彼は、真麟が何かを感じてくれたのかと目を見開いたが、次の瞬間、またもや黒い炎の剣が炎龍斎を襲った。
炎龍斎は後方に飛び退き、火炎龍を立ち上げた。真麟が驚きの顔で火炎龍を見上げる。
「分かるか? これは、お前に教えた火炎龍だ。思い出せ!」
炎龍斎の必死の叫びに、真麟の動きが鈍った。
「……ダマレ、ソンナモノハシラヌ!」
真麟が、目覚めだした本来の自分の意識を振り払うように、再び炎龍斎に襲い掛かかる。だが、炎龍斎は逃げることをせず、真麟の黒い炎の剣の前に身をさらした。




