真麟の中へ①
その夜、初めて人の心の中へ入る炎龍斎と氷馬に、神龍斎が注意事項を説明した後、白龍斎が炎龍斎を、神龍斎が氷馬を催眠術で真麟の心の中に沈めた。それを見計らって、ライカと神一郎も自己催眠をかけて、真麟の心の中へ入っていった。
部屋には、真麟、神一郎、ライカ、氷馬、炎龍斎の五人の身体が残った。他人の心の中に入る時は、その人の身体に触れる必要がある。彼ら四人は真麟を囲むように寝て、彼女の手や足首をしっかと握ったまま眠っていた。
「ライカは残した方が良かったのではないか? もし帰らねば我らは滅ぶ……」
五体の抜け殻を呆然と見ながら、白龍斎は神龍斎に呟いた。
「相手が信長では、神一郎だけでは荷が重すぎましょう。それに、風の里が滅んでしまっては元も子もない事はライカ様が一番分かっているはず、必ず帰って来てくれます」
「うむ、ここは彼らを信じて待つしかないか……」
白龍斎は、我が子の凛とした寝顔を見つめながら、祈るように言った。
真麟の心の中に入った四人は、過去世の業が渦巻く阿頼耶識の最下部に着いていた。
次の瞬間、真っ暗闇だった世界が、光り輝く大草原の世界へと変わった。ライカが変えたのである。そこは太陽が輝き、爽やかな風が、見渡す限りの草原を吹き渡っていた。
「炎龍斎様、身体が透けています。もう少し身体の具現化に集中してみて下さい」
「うむ」
ライカに言われ、炎龍斎が自分の身体を作り治した。
「この草原の世界は、私が作り出したものです。神龍斎様から説明があったように、心の世界では、心に強く思えばそれが具現化されます。炎の技も水の技も自在に使えます。
これから敵との闘いになりますが、斬られようと燃やされようと、心さえ強く持っていれば復活できます。しかし、ここでの死を心が受け入れてしまえば、現実世界の自分も死んでしまいますから、くれぐれも油断なさらぬよう!」
「し、承知した!」
炎龍斎と氷馬が、険しい顔で頷いた。
「ところで、この広い世界でどうやって真麟を探し出そうというのだ?」
炎龍斎が、辺りを見回しながら言った。
「真麟は信長と一緒に居るはずです。我らが来たことは既に信長に知られているはず、その内あちらから誘いがあるでしょう」
ライカが話し終わると、草原の世界は茫漠たる砂漠の世界へとパッと変わった。強い風が砂塵を舞い上げ、砂漠の遥か彼方には巨大な山が霞んで見えた。
その時である。突然、信長の声が何処からともなく聞こえて来たのだ。
「ライカよ、真麟を連れ戻しに来たのなら無駄な事だ。真麟は儂と一体になっておる。儂を倒せば真麟も死ぬ。無理矢理引き離したところで結果は同じだ。諦めるんだな」
「信長! これが忠誠を誓った者への仕打ちか! 真麟を返せ!」
炎龍斎が、憤怒の顔で叫んだ。
「炎龍斎よ、お前の娘は儂と共にこの世を支配し、栄華を極める事が出来るのだぞ。これ以上の栄誉が何処にある。喜ばぬか」
「ふざけるな信長! 何としても真麟は取り返す。姿を見せろ!」
ライカが一喝し、声のする方を睨みつけた。
「小娘一人の為に命を懸けるとは愚かな事よ。儂と真麟はあの山の頂に居る。だが辿り着けるかな? 可愛い魔獣達や腹心の天神が手ぐすね引いて待っているぞ。
それに、時間も無い。我が軍は既に安土城を出陣した。急がねば、お前達の抜け殻は八つ裂きにされて、風の里もろとも、焼かれしまうぞ。せいぜいあがくが良いわ。はっ!はっ!はっ!はっ!」
「信長! この通りじゃ、真麟を返してくれーッ!!」
あざけ藁う声のする方に、炎龍斎が土下座して懇願するも、信長からの返答はもう無かった。
「炎龍斎様、時間がありません。真麟の所へ参りましょう。神一郎、氷馬、一気に砂漠を越えるぞ!」
ライカが、意気消沈する炎龍斎の手を取って立ち上がらせると、彼らは、広大な砂漠の向こうに霞む、不気味な山に向かって大地を蹴った。
高高度の強風に乗って、一時あまり飛び続けると、遠くに霞んでいた巨大な山が、眼下に広がった。山の上部には厚い雲が巻いて、頂は見えなかった。
「ライカ様、一気に頂上に下りますか!」
先頭を飛んでいる神一郎が、振り返って叫んだ。
「雲の中には何が潜んでいるか分からぬ。雲の下の中腹に一旦下りよう!」
「承知!」
四人は、雲の下の、山の中腹の岩場の窪みに下り立った。見上げれば、切り立った岩壁が頂上へと続いており、雲の中では青い稲妻が点滅し、雷鳴は間断なく山を震わせていた。
「あれでは、雲の中に入った途端に雷の餌食になってしまう。登るのは不可能だ……」
氷馬が、厚い雲に覆われた頂を睨みながら、ギリギリと歯噛みした。




