帰郷②
「今度は水攻めか!」
神龍斎が叫ぶと、氷馬が得意の水の技で押し返そうとしたが、何故か押し返せなかった。 外では、人質を取られ、止む無く火王の言いなりになっている水神家の一党が、水の技を仕掛けていたのだ。彼らは五人、氷馬一人では勝てる筈も無かった。
暫くすると、水嵩は増して胸元迄浸かって来た。
「ライカ様、何か策はありますか?」
神龍斎の落ち着いた声が暗闇に響いた。
「叔父様、私と神一郎は水を自在に操れるのです。お任せください!」
ライカの弾んだ声が響く。
「ライカ様、水の技は、風を起こせない水中では使えませんが……」
水の技の達人である氷馬が、怪訝な顔で言った。
「心配いりません、見ていなさい!」
ライカが、胸元で印を結んで念じた刹那、水が、ズズッと左右に分かれて空間が広がったのだ。
やがて洞内は水没したが、ライカが作り出した空間のお陰で、彼らは水没を免れていた。
「なぜこんな事が!?」
氷馬が、目を見張った。
「水を直接操っているのじゃな」
「流石お父様、その通りです。ただ、空気は長く持ちませんから、脱出の方法を考えなければなりません。神一郎、外の様子を」
神一郎の指が水に触れた瞬間、外の様子が水の壁に映し出された。そこには、篝火が幾つも焚かれ、炎龍斎を筆頭に火王家の者達が、手ぐすね引いて待っているのが見えた。
「神一郎、いったい何をしたのだ?」
大刃が、キツネにつままれたような顔で神一郎を見た。
「風と同じだ。したい事を伝えれば応えてくれる」
「……」
「お前達は、新しい技を身に付けたようじゃな」
「神龍斎の叔父様に、心の世界を教えて頂いて身に付けた力です。火や土の技も同じように使えます。彼らを蹴散らすのは容易い事ですが、仲間は殺したくありませんから控えておりました」
「うむ、それでこそ稲妻家の跡取りじゃ。たった一年余りで、よくぞそこまで成長してくれた。夢のようじゃ……」
白龍斎は目頭を押さえて、ほろりと涙を流した。流石の白龍斎も、長い人質生活で気弱になったのかと、ライカが傍に寄り添った。
「ライカ、お前には謝らねばならぬことがあるのじゃ!」
白龍斎が居住いを正して、思い切るように言った。
「何でしょう、お父様」
「実はな……、お前と雪を襲わせたのはこの儂なのじゃ。許してくれい!」
一同が耳を疑い、ひれ伏す白龍斎に視線を向けた。一瞬、ライカが操っていた水の壁がざわついたが、直ぐに静けさを取り戻した。
「お父様、手を上げて下さい。死んだはずの神龍斎様が現れた時、私の身の上に起きた事も、もしやと思っておりました。今は、全て風の里の為であり、宗家の娘としての試練と捉えています。お父様を恨んではいません」
ライカの声は冷静で、父を見つめる目は澄み切っていた。
「ライカ、すまぬ……。この上は外へ出て、炎龍斎と決着を付けるまでじゃ!」
白龍斎が、必死で弱った体を起こそうとする。
「何を言っているのですお父様! そんな身体で戦えるはずもありません」
ライカがそれを制止した。
「いざと言う時の為に最後の力は温存してある。心配は要らぬ!」
白龍斎の落ち込んだ目が、鋭く光る。
「お父様には、信長との闘いの指揮を取ってもらわねばなりません。死んで貰っては困ります!」
「……」
白龍斎は、ライカが奥義を習得して帰って来たら、火王炎龍斎と刺し違えて死ぬつもりだったのだ。だが、その心をライカに見透かされてしまった事に気付いた白龍斎は、力無く座り込んだ。
「あまり時間がありません、此処は私達にお任せください。神一郎、この水を一気に押し返すぞ! 氷馬、大刃、外の敵を蹴散らせ! だが殺してはならん、良いな!」
「「承知!!」」
ライカと神一郎が印を結んで念じると、水は入り口の方へ逆流し始めた。そして、龍の巣から細い洞窟内へと水が戻った時点で、
「行けーッ!」
神一郎が強烈な風破を水の壁に向かって放った。
洞窟の外では、急に水が逆流して来たのに驚いた炎龍斎が、水神の一党に命じて水を押し戻そうとしていた。だが、次の瞬間、神一郎が放った風破の圧力に押された大量の水が、巨大な水鉄砲のように噴き出して、水神家や火王の家来達を吹き飛ばした。
全ての篝火が押し流されて、辺りは真っ暗闇になった。火王家の家来達が立ち上がり、右往左往している所へ、洞窟から躍り出たライカ、神一郎、氷馬、大刃の四人が、彼らに襲い掛かった。
すると、人質を取られて無理矢理従っていた、稲妻家、水神家、風家、土鬼家の家来たちも、自分達の跡継ぎが無傷で現れた事に歓喜し、一斉に火王家の者達に反撃を開始したのだ。
ほどなく、火王家の家来達は全員捕まって龍牙洞での戦いの決着はついた。
「炎龍斎は逃げたようだ。このまま、各家に行って、残った仲間を開放するぞ!」
神龍斎を先頭に、四家の者達は自分たちの館を目指し突き進み、半時ほどで信長の兵士達を追い払った。勢いに乗った彼らは、そのまま火王家に雪崩込んだ。
「貴様ら、風の里がどうなっても知らんぞ!!」
戻っていた炎龍斎が、狂ったように火炎龍を立ち上げて向かって来たが、土鬼家、稲妻家、風家、水神家の使い手達が束になって掛かると、あえなく、取り押さえられてしまったのである。
厚い雲が去った東の空が白み始め、彼らの長い夜が明けようとしていた。




