百龍雷破
思いもよらぬ展開に、居合わせた五十人程の家来が、刀を抜き放ち、鬨の声を上げてライカたちに突進した。
しかし、神一郎の、真一文字に斬り払った風牙の一撃が空気を震わした刹那、彼らの身体は一瞬の内に分断され、大地を血で染めていた。
『ふふ、惜しいのう。もう一息だったというに』
魔王が悔しそうに、扇子で膝を叩いた。
「ふん、本当の両親なら命乞いなどせぬ。まして、子を犠牲にするなど有り得ぬ。小細工が過ぎたな信長、いや第六天の魔王!」
ライカが魔王を睨むと、彼はニヤリと笑い、煙のように消えてしまった。
「危なかったですね。もう少しで、魔王の策略にはまるところでした」
「うむ、だが、我らに小細工は効かぬと、奴も悟っただろう。直ぐに、あちらからお呼びがあるはずだ」
「いよいよ最終決戦ですね!」
ライカと神一郎が、力強く頷き合った。
魔王からの招待は直ぐに来て、また世界が変わった。
赤い空、荒れ果てた大地、その大地に黒い河がくねっていて、その後方には魔王の住処らしき黒い巨塔が林立していた。ライカ達は、その魔城を遥かに見通せる丘の上に立っていた。
「不気味な世界ですね。空気が異常に熱いのに、空には雲一つ無いし、風も無い」
「魔界だからな、我らの常識は通用しないのだろう」
その時、二人は、地鳴りのような音と地面の微動を感じた。
「神一郎、何か来る。油断するな!」
「はっ!」
大地の震えは徐々に大きくなって身体を揺らし、不安をよぎらせる地鳴りは、激しく耳を打ち出した。
「ライカ様、黒い河がこちら伸びて来ます?!」
地鳴りのする方向に、しきりに目を凝らしていた神一郎が叫んだ。「何を言っているんだ!?」と、ライカも目を凝らす。
「あれは、魔王の軍勢ではないか!」
言われて神一郎も、それが認識出来た。黒い河だと思っていたのは、ムカデ、蛇、サソリ、蜘蛛、トカゲなどに似た巨大な魔獣達だった。彼らは、ライカ達の居る丘目指して、津波のように押し寄せて来ていたのだ。
「でかい! あのサソリの化け物は、背丈が七丈はありますね。蛇に至っては十五丈はある。それに、あの黒い河が全て魔獣だったら、とんでもない数ですよ!」
神一郎は、魔獣達のあまりの多さに、一瞬、恐怖を覚えた。
「神一郎臆したか! 魔王を倒すまでは、挑み来るものは何者だろうと蹴散らすしかない。相手が人間でないなら、遠慮も手加減もいらぬ。いくぞ神一郎!」
「はっ!」
二人は風を起こすと、神一郎は魔獣達目掛けて低空を直進し、ライカは空高く舞い上がって、雷撃の準備に入った。
「行けーッ!!」
神一郎の刀が真一文字に振り抜かれ、風牙が炸裂すると、先頭集団の数百の魔獣達は、巨大な壁が崩れるように、土煙を上げて倒れ込んだ。だが、魔獣達の勢いは止まらず、倒れた仲間を踏み越えて、尚も驀進して来る。
「これでは焼け石に水だな……」
神一郎は、そう呟きながらも、果敢に魔獣達の中へと斬り込んでいった。
空中で奮闘する神一郎を絡めとろうと、巨大な蜘蛛が銀色の糸を吐く。その糸が他の魔獣に絡まると、七転八倒して、終には身動き出来なくなった。この銀の糸には強力な粘着力があって、身体の自由を奪うようだ。蜘蛛は、動かなくなった仲間にも躊躇なく針を突き刺し、身体中の水分を吸い上げ、干からびさせた。
彼らにルールは無い、あるのは、魔王への服従と、目の前の敵を倒すという本能だけなのだ。
無数の鋭い槍のような足で攻撃してくるムカデ。トカゲの長い舌から垂れた唾液は、シューシューと煙を上げて物を溶かした。蛇は、その鋭い毒牙で追い回し、毒液を噴霧する。サソリも、巨大な尻尾を鞭のようにしならせて毒針を突き立て、鋭い腕のハサミは、まるでギロチンのようだ。
魔獣達の執拗な攻撃を風の盾でかわしながら、彼らのど真ん中に斬り込んだ神一郎は、フーッと大きな息を吐いた。
次の瞬間、神一郎は、身体を独楽のように回転させながら、渾身の風牙を放った。
途轍もない風の力が空気を震わし、衝撃波の波紋が瞬時に広がると、数万の魔獣達が一瞬で薙ぎ倒され、その死骸の山は、神一郎を中心に地上に大円を描いた。
「神一郎、少し休め! 今度は私の番だ!」
空から、神一郎の戦いぶりを心配そうに見ていたライカの声が響き、神一郎も空へと舞い上がった。
既に、空は雷雲に覆われて稲光が点滅し、攻撃態勢は整っていた。眼下には、空を見つめる魔獣達の無数の赤い目が蠢いている。
神一郎が、退避したのを見計らって、ライカの独り舞台が始まった。
ゴロゴロと控えめに鳴っていた雷が、凄まじい天鼓へと変わる。その途端、
ズダダダダ――――ン!!!!!!
途轍もない閃光が魔界を真っ白に照らし出し、無数の稲妻が天と地を繋いだ。
地上の数万の魔獣達は、嵐のような雷に打たれて焼け焦げ、破壊され、逃げ惑った。ある者は地中に逃げようとして、頭を地面に打ち付け、ある者は、仲間の身体の下に隠れようとして共に焼け死んだ。
彼らの悲痛な叫びは、雷鳴に掻き消されて誰にも届かず、阿鼻叫喚の地獄絵図が大地を埋め尽くしていた。
それでも、雷鳴は途切れることなく天地を震わし、稲妻はこれでもかと大地を打ち続け、砕き、裂いた。
終には、無数の大地の裂け目は、彼らを奈落の底へと飲み込んで、魔獣達は壊滅した。
「こ、これが百龍雷破!? 何という凄まじい技なんだ……」
魔獣達が壊滅しても、百龍の雄叫びは、まだ止まらない。神一郎は、ライカという存在に恐怖さえ覚えるのだった。




