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信長の正体

 海底での戦いが終わって、ほっとする間もなく、薄暗い海底の世界は、陽光輝く美しい里の景色へと瞬時に切り替わった。そこは、風の里のライカの家の近くだった。


「この風の里の世界は、ライカ様が創り出しているのですか?」


「いや違う、これは魔王が創ったものだ。今度は何を企んでいるのか……」


 無残に焼け落ちたライカの家がすぐそこに見える。二人は進むしかないと、ライカの家の方へ、四方に気を配りながら歩いて行った。


 その時、家の右奥の、林の向こうにある馬場の方から、女の悲鳴が聞こえて来た。


 神一郎達が声のする方に駆けてゆくと、馬場には大勢の武士に囲まれて三本の磔柱が立っており、その足元には、火炙り用の薪が山のように積み上げられていたのだ。


 二人が更に近づいて良く見ると、その磔柱に裸同然で縛り付けられていたのは、ライカの父白龍斎と母の雪、そして、神一郎の母春風の三人だった。


「母上!」


「父上! 母上!」


 二人が顔色を変えて駆け寄ろうとすると、それに気付いた武士達が行く手を遮った。


「どけ!」


 神一郎が彼らを蹴散らそうとするのを、ライカが止めた。


「神一郎、あいつを見ろ。恐らくあいつが魔王だ!」


 ライカの指さす方を見ると、家来たちに護られ、床机に腰を掛けた大将格の男が、不敵な笑いを浮かべて神一郎達を見ていた。


『やっと会えたな。神一郎、ライカ!』


 声は、紛れもない魔王のものだったが、男の顔を見て神一郎は驚いた。それは数年前、父と旅をしている時に見た、織田信長その人だったからである。


「信長!」


「何だと、あやつが信長なのか!」


 信長の顔を知らなかったライカが、神一郎に念を押した。


「間違いありません!」


『驚いたか。今、安土城に居る信長は、この世を阿鼻叫喚の地獄に落とすために生まれて来た、儂の化身なのじゃ』


「……」


 魔王が現実世界に、それも、天下人である信長となって現れたと知った二人は、驚きで声も出なかった。


『どうじゃ、我らと共にこの国を治めて見ぬか。遠からず信長は、日本のみならず、この世界の王となろう。其方らが味方になるなら何でも与えようぞ、褒美は思いのままじゃ』


「馬鹿を言うな! この世は、お前ごときの居る場所ではない。さっさと地獄へ帰れ!」


 ライカが、間髪を入れず一喝すると、


『何じゃと!』 


 魔王は、ライカを睨み据え、顔を真っ赤にして怒りだした。


『後でほえ面をかくな! それ!』


 信長の顔をした魔王が合図すると、磔柱の下に控えていた家来たちが、槍を持って立ち上がった。そして、一気に殺しては面白くないと、白龍斎達の手足を突き始めたのである。


「ウウッ!」「アアーッ!」


 白龍斎が、雪が、春風が、痛みに堪えきれず悲鳴を上げると、真っ赤な血が滴り落ちた。


 ライカと神一郎は、頭では現実ではないと分かっているのだが、目の前で起こる惨劇に、次第に引き込まれていった。


「やめろ! 三人を放せ!」


 父母への壮絶な拷問を見せられて、心が張り裂けそうになった神一郎が思わず叫び、ライカは、身を斬られるような痛みを必死で堪えていた。


『手ぬるいわ、もっと攻めよ!』


 魔王の非情な命が下り、白龍斎達への拷問は更に激しくなり、槍で突き裂かれた手足の骨が露出するに至ると、彼らの悲痛な叫び声は、神一郎達の心を限界まで追いつめた。


「こ、これまでか!」


 神一郎とライカがガクッと膝を折り跪くと、魔王は、ニヤリとほくそ笑んだ。そして、


「神一郎――ッ!」


「ライカ――ッ!」


「た、助けて――!」


「……魔王の言う事を聞いて、……わ、私達を……救ってくれ―ッ!」


 父母達の口から、命乞いの言葉が発せられた。


「ん!」


 俯いていたライカが顔を上げた瞬間、彼女は、火炙り用に焚かれていた篝火の火を魔法のように操って、父母達の足元に積まれていた薪に火を放った。火は瞬時に燃え上がり、白龍斎達を炎の中に飲み込んだ。





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