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深海の死闘①

 真麟の事件から一月が経ち、神一郎達は、風魔での二度目の正月を迎えていた。正月とはいえ、修行中の彼らにとっては何の意味も無く、風夜叉が持って来てくれた餅だけが、そんな気分にさせてくれた。


 ライカの怪我は順調に回復して、神一郎と共に修行に汗を流しており、以前のような雷の技が使えるまでになっていた。


「ライカ様、それだけ動ければ、もう大丈夫です。この分なら魔王との闘いも近いですね」

 ライカの回復が、嬉しくてたまらない神一郎が目を細めた。


「ああ、何時でもいいぞ。今夜にでも潜ってみるか?」


「えっ、今夜ですか?」


 神一郎は、それは、あまりに性急すぎると思ったが、ライカの方は、何時でも行ける心積もりが出来ているようだった。


「流石ですね、分かりました。帰ったら父上に相談してみましょう」


 その日の修業を終え、神一郎とライカが小屋に戻ると、ひと月前から一緒に暮らしている大刃と氷馬が、野良仕事から帰ったところだった。

 彼らは、ただ飯を食う訳にはいかないと、自ら願い出て、野良仕事や狩りに精を出していたのだ。五人暮らしとなった小屋は手狭となったが、いつも賑やかだった。


 神一郎とライカは、早速、魔王との対決の事を神龍斎に相談してみた。


「今夜とは、ちと性急だが、風の里の事も気がかりだ。お前達の心が決まっているのなら早いに越した事はあるまい」


 神龍斎の言葉に、大刃と氷馬も、いよいよかと目を輝かした。

  


 その夜の丑三つ時。神龍斎、氷馬、大刃の三人が見守る中、神一郎とライカは、第六天の魔王との決着をつける為に、心の中に入ろうとしていた。


「良いか、己心の第六天の魔王は、阿摩羅を信じ切れない、自身の迷いが生み出した影のようなものだ。その魔王に打ち勝つ為には、この世の根源の力である阿摩羅を信じるしかないのだが、実体が分からぬものを信じろと言うのも少し無理がある。

 だから、阿摩羅の分身ともいえる、この世界の大自然や風の力、そして、自分自身を信じる事が、阿摩羅を信じる事に通じるのだ。この一点を忘れるでないぞ。

 それから神一郎、お前の龍笛には魔を駆逐する破魔の響きがある。いざとなったら、その笛を使うと良い」


 神一郎とライカは、静かに頷くと、並んで横になり手を繋いだ。


「ライカ様の心に一緒に入るのだな」


「はい、行ってまいります」


 神一郎とライカが目を閉じると、瞬時に、二人の身体の力が抜けた。


「もう心の中に入ったのか……、大したものだ」


 神龍斎は、彼らがいつの間にか、自在に心の中へ入る術を会得している事に驚いていた。



 ライカの心の中へ入った二人は、身体を具現化させて、阿摩羅の手前の分厚い岩盤の上に下り立っていた。この岩盤は自身の迷いが作り出した阿摩羅を覆う壁で、魔王を倒さなければ開かない。言い換えれば、阿摩羅を心の底から信じ切った時、魔王を倒すことが出来て、扉は開くのである。


 ライカが思念を凝らすと、暗闇の世界は、風の里の白刃の滝の風景に変わった。


「ここは、前回、大蛇に襲われた白刃の滝ですね」


 神一郎が、足元の水をすくい口に運ぶと、紛れもない水の味がした。彼が、懐かしい風景を見上げて相好を崩したその時、


「出て来い、第六天の魔王! 我ら二人に恐れをなしたか!」


 突然、ライカが滝壺の方を見て叫んだ。すると、


『小娘、また痛い目に遭いに来たか!!』


 雷鳴のような声が、その世界に響き渡ったかと思うと、風の里の景色が、一気に暗闇の世界へと戻った。


「何?!」


 神一郎が辺りを見回した次の瞬間、二人は、水の中に放り込まれたような感覚に襲われた。


「ゴボッ!」


 瞬時の事で、水の中だと自覚出来なかった二人は、海水を飲み込んでしまった。


「海の中か!?」


 二人が、懸命に心を落ち着かせて、此処が魔王の創り出した海の世界だと認識すると、何故か、呼吸や会話が出来るようになった。


「神一郎、心の世界は微妙だ。現実で無いとはいえ、脳は現実だと錯覚して少なからぬ痛手を負ってしまう。夢と現実が混然一体となっているのが、心の世界だとも言えるのだ。侮ってはならぬ」


「はっ!」


 神一郎は返事をしながら、心の世界の事に詳しい彼女に驚いていた。


 そこは、深海の暗闇の世界だと思われたが、日の光が微かに届いていた。段々目が慣れてくると、彼らの周りを旋回している、巨大な魚の群れが見えて来た。


「ライカ様、あれは、人を食うという獰猛な鮫です!」


 神一郎が風破で撃退しようと試みるも、風は起こらなかった。


「水の中では風の技は使えない。魔王は、風の技を封じるために、この水の世界を選んだようだな」


 慌てる神一郎とは逆に、ライカが落ち着いた口調で言った。


「こうなったら、刀一本で戦うしかないのか!?」


 神一郎が、腰の刀を抜いて身構えた。


「風の技は、大自然の中の風を感じ、語り掛ける事から始まる。そして、風を味方にすることで、自在に操る事が出来るようになる……。風と同じように、この水に語りかけてみるとどうなる?」


「ライカ様、こんな時に何を言っているんです?」


 突然、水の技の話を始めたライカに、神一郎が怪訝な顔を向けた。


「神一郎、少し試したい事がある。暫しそやつらの相手を頼む!」


「し、承知!」


 神一郎の歯切れの悪い返事と同時に、巨大な鮫たちが、大きな鋭い鋸のような歯を剥いて、一斉に襲って来た。人間を丸ごと飲み込みそうな巨大さだった。



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