火王家の乱②
一方、風魔谷では、神一郎が、小次郎を相手に風牙の手ほどきをしていた。
「風で斬ると言っても、結局は心なんです。斬れないと思っている内は斬れません」
「頭では分かっているのだが……」
風魔随一の使い手である小次郎は、悩みながらも凄まじい気迫で風牙に挑戦していった。
そして、ひと月後には、自分の背丈ほどの大石を斬ることが出来るようになっていたのである。
「一月でここまで出来るとは驚きです。あとは、精度を上げるだけですから、励んでください」
「本来なら、殺されても文句を言えぬ身を、神一郎殿には、生きる糧迄与えて頂いた。お礼の言葉も見つかりませぬ」
小次郎は、土下座して礼を言った。
「礼など無用です。その力を風魔一族の為に使って下さい」
「この命に代えて!」
小次郎との修行が一段落して帰ると、ライカが夕餉の支度をして待っていた。
「ライカ様、その調子ですと、ぼちぼち修行に入れそうですね」
「ああ、そう願いたいものだ。家事は性に合わない」
不満そうなライカだったが、「うまい、うまい」といって彼女が作った料理を平らげる神一郎を見ると、顔が緩んだ。
「父上、明日から、心の中での修行に入りたいのですが、立ち合ってもらえますか?」
「無論だ。魔王との決着をつけて、早く奥義を完成させねばな」
神龍斎が、待ちかねたように言った。
だが次の日、神一郎と神龍斎が所用から帰ると、ライカの姿が無かった。
「何処へ行ったんだろう。父上、雷神抄も無くなっています!」
「神一郎、これを見ろ!」
神龍斎が、壁に貼られた一枚の紙を見つけた。それには「ライカは預かった。竜門山へ来い!」と書かれてあったのだ。
「父上、直ぐに竜門山へ参りましょう!」
「うむ!」
その時、小屋の中に、大刃と氷馬が駆けこんで来たのである。
「大刃、氷馬、お前達どうしたんだ!」
彼らは、寝る間も惜しんで駆け通してきたようで、神一郎が差し出した柄杓の水をゴクゴクと飲み干すと、喘ぎながら話し出した。
「……火王家が謀反を起こして、皆捕まってしまった。……ここへも追手が来るかも知れぬ!」
「皆は無事なのか!」
天眼が包帯姿のままで聞いた。
「御坊は?」
「父上だ」
「えっ、神龍斎様?」
神龍斎が包帯を解いて素顔を見せると、大刃と氷馬の顔が輝いた。
「神龍斎様! 生きていらしたのですね、良かった。……稲妻、水神、土鬼、風の家族は人質として捉えられていますが、すぐに殺される事は無いと思います」
氷馬達は、里での出来事を有り体に神龍斎に話した。
「すると、放たれた刺客と言うのは、真麟の可能性が高いな」
「父上、ライカ様を連れ去ったのは、真麟かもしれませんね」
「恐らくそうであろう。お前とライカ様を相手に出来るのは、彼女しかおるまい」
「ライカ様が、連れ去られたのですか!」
大刃が驚きの声を上げた。
「うん、つい先ほどの事だ。彼女は傷を負っていて、まだ本気で戦える身体ではないんだ。だから無理をせず、真麟に従ったのかもしれぬ」
神一郎が心配顔で言った。
「これからどうすれば……」
大刃と氷馬が、神龍斎に視線を注いだ。
「ここは、敵の誘いに乗るしかあるまい。ライカ様を助に行こう!」
「はっ!」
四人は、竜門山へ向けて疾走した。