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ライカと風夜叉の危機

「神一郎殿、手を貸してくれ!」


 ライカを抱いた天眼が、神一郎を連れて、襖一枚隔てた隣の部屋に入っていった。


「何があったと言うのです」


「神一郎殿が出て行って間もなく、数人の賊に襲われて小屋に火を付けられたのだ。小屋から命からがら逃げ出し、賊を蹴散らしたは良いが、ライカ殿が心の中から戻れなくなってしまったのじゃ」


「……それで、ライカ様を連れ戻す方法はあるのでしょうね!?」


 自分のせいで深手を負った風夜叉に気を取られていた神一郎だったが、ライカも危険な状態だと知って、顔色が変わった。


「ライカ殿の心の中に、誰かが入って連れ戻すしかない。やってくれるか」


「私に出来る事なら、何でもやります!」


 神一郎は、直ぐに安座して、その態勢に入ろうとした。


「待て、自分の心に入るのと、他人の中に入るのとでは少し勝手が違うのだ。まずは、ライカ殿の額に自分の額を付けるのじゃ」


 言われるままに神一郎は、寝ているライカの頭の方に座り、屈みこんで額を合わせた。


「よし、そのままでライカ殿の心を感じろ。彼女と一体になるんじゃ」


 神一郎は、精神を統一して、ひたすらライカを思い、自分はライカだと念じ続けた。

 気が高まり、自分がライカと一体になったと感じた刹那、彼の思念はライカの心の中に入っていた。


「入れたようだな。そのまま降下して一気に最下部まで下りるんだ!」


 天眼の声が、天の声のように聞こえる。


 神一郎は、ライカの意識の底の感情を、つぶさに感じながら下りて行った。それは、今のライカからは想像できない、優しさに満ちていた。


(そうか、上辺を繕っては居ても、ライカ様は何も変わっていなかったのだ)


 神一郎は一瞬嬉しくなったが、勝手にライカの心の深層を覗き見る事に、後ろめたさも感じた。


 尚も潜行して、業の大河の流れの中へ入ると、喜びや悲しみが交差した、ライカの幾つもの人生が、走馬灯のように流れていった。


 そして、最深部の悪業に苛まれながら一気に下りてゆくと、硬い岩盤の上に着地した。


「その近くにライカ殿は居るはずじゃ。一念を凝らして見つけてくれ!」


「承知しました」


 そこは暗闇の世界で、何も見えない。その暗闇はどこまでも続いているように感じられた。


 神一郎は、心を研ぎ澄ましてライカの思念体を探ってみた。だが、何も感じられず、時間だけが過ぎていった。


(心の世界は、時間も空間も無い。自分が感じ、思い描いている世界でもあるんだ。ならば、思ったことが具現化出来るはずだ。この世界が暗闇だという事は、ライカ様は眠っている状態なのかも知れない。目を覚まさせる方法はこれしかない!)


 神一郎は、自分の身体と龍笛を具現化させて、吹き始めた。その音色が心の世界に響き渡り、ライカの心の中にも染み入ると、暗闇だった世界が、美しい世界へと変化していった。


 緑の山々に小鳥たちが囀り、放牧された牛たちが無心に草を食べながら「モ――ッ!」と鳴いて、野山を駆けまわる子供達の歓声が聞こえる。そこは、風の里の長閑な原風景だった。

 神一郎が風の里の空を飛びながら、辺りを見回していると、谷川の水に白い足を浸して、小鳥たちと戯れているいる少女が居た。


「ライカ様!」


 神一郎が下り立ち、呼び掛けると、少女は驚いたように振り返った。


「……神一郎」


「何をしているのです?」


「水が気持ちいいわ。神一郎も一緒にどう?」


 ライカが、自分が座っている石を手でポンポンと叩いて、彼に座るように促した。


「うん、でも、もうすぐ日が暮れるよ。お母さんも心配しているから一緒に帰ろう」


 神一郎が手を差し出すと、ライカは恥じらいながら、その手を握った。


「ライカ様の手は暖かいですね」


 神一郎が言うと、ライカの笑顔が弾けた。 


 次の瞬間、二人は現実の世界に戻っていた。ライカが目覚めると、神一郎の顔がすぐそこにあった。


「神一郎、何をする気だ!」


 訳が分かっていないライカは、神一郎を突き飛ばした。


「ライカ様、私は命の恩人ですよ。ひどいなあ……」


 やれやれと言った顔で、神一郎が起き上がった時だった。


「ああっ!」


 隣の部屋から風夜叉の悲鳴が聞こえて来た。お婆が彼女のの傷口を縫合していたのだ。

 神一郎がライカの中に入ってから、時間は幾らも経っていなかったようだ。彼は、襖をあけて、風夜叉の傍に行った。


「お婆殿、どんな具合ですか?」


「傷口は縫ったが、出血がひどい。あとは、風夜叉様の気力次第じゃ」


「私と億太郎が、寝ずの番をします。お婆殿は少し休んでくだされ」


「うむ、そうさせてもらおう。何かあったら、起こすんじゃぞ」


 お婆は、部屋の隅で、ゴロリと横になった。


 その夜は、神一郎と億太郎が朝まで付き添った。風夜叉は、痛みで眠れずにいたが、朝方になって、やっと寝息を立てだした。


 部屋に陽が差し込んで来た頃、眠りについていた風夜叉が目を覚ました。


「ここは?」


「おお、目覚めたか。ここは婆の家じゃよ。具合はどうじゃ?」


「はい、眠ったら少し楽になりました」 


「うむ、峠は越えたようじゃな」


 その時、神一郎の姿が、寝ている彼女の視界に入った。


「助かってよかった。貴女は私の命の恩人だ、ありがとう」


 神一郎は風夜叉の手を取り、優しく握った。


「……」


 すると、彼女の美しい瞳から涙がこぼれ始めた。


「傷は深いが、ひと月もすれば起き上がれよう。ゆっくり養生するんじゃな」


 優しい顔になったお婆が言った。


「幻馬は?」


「神一郎殿が斬って捨てた。里の者も死人は出て居らん、安心するがよい」


「良かった。本当に……」


 風夜叉は、安心したように再び眠りについた。



「お婆殿、世話になった。小屋を建てねばならんので、これで失礼する」


 天眼が礼を言って、神一郎とライカを伴い帰って行った。


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