表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜半の月 ~目覚めたら平安時代の姫でした~  作者: 赤川エイア/監修:白木蘭
前篇:夢の通ひ路
1/75

序章

 ――なんとしてでも、今夜をやり過ごさなくては。


 檜扇(ひおうぎ)を握りしめる手に、自然と力がこもる。


 これからの数時間に、今後の私の人生すべてがかかっていると言っても過言ではない。

 万が一にも失敗は許されないのだ。


 几帳(きちょう)に囲まれた狭い空間の中で、並々ならぬ決意を胸に、私は一人頷いた。

 夕刻よりもいっそう冷えた空気と、聞こえてくる虫の涼しげな鳴き声が、その時が来るのが近いことを物語っている。


 もう、あと一、二時間で、かの色好(いろごの)みと名高い男はこの(やしき)を訪れるのだろう。

 そうして、「貴方が恋しい」だの「一目惚れなのです」などと決まり文句を並べ、首尾よく私の貞操をいただいた後は、さっさと自分の邸へ帰り、ここへ通うことは二度とない。

 彼の『抱いた女コレクション』の一人に私が加わったのだという噂が、近日中に広がるだろうことは目に見えている。


 なんて最悪な未来。

 簡単に想像できて、ゾッとする。


 背筋に寒気が走って思わず身を震わせた。


 絶対に処女は守るんだから。


 それにしても、この身を嘆かずにはいられない。


 ああもう、本当に……

 本当に、どうしてこんなことになったんだろう。


 鏡を覗けば、絵巻物から出てきたかのような美しい女性が、今にも泣き出しそうな顔で映っている。

 見慣れない長い長い黒髪と、唇に赤く引かれた紅。つるりとした白い肌には、灯りのゆらめきが妖しく影を落とす。

 たきしめられた香のかおる、幾重にも重なった着物は、まるで私をここへ繋ぎとめる重い鎖のよう。

 置かれた調度品の一つ一つはどれも立派で、とても価値が高いことは分かるけれど、馴染み深いものは何一つとしてない。


 当然だ。


 だってここは、私の部屋じゃない。

 ここは、私のいる世界じゃないんだから。


 心の叫びは、きっと誰にも届かない。

 言葉にしたとしても、誰が信じる?


 平安時代と呼ばれる時間の狭間に、「私」が迷い込んでしまっただなんて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ