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どうやら勇者の中に一人、暗殺者が紛れ込んでいるようです。  作者: 桜川ろに
花の町フロリアと【魔導帝国】の陰謀
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15.「反撃開始。……ところで、エレナの様子がおかしいのだけれど……」

 そして、それはフロリアの町が魔物に襲われている最中(さなか)のこと……。

 町からおよそ半里(2キロ)離れた森の中では、二人の怪しい人影が蠢いていたのだった。


 そこは月の光だけが辺りを照らす、深夜の森の中。白衣の中年男二人が双眼鏡を片手に、フロリアの町の様子を観察していた。


 ――その二人は、いわゆる『帝国』の研究者だった。

 『作戦』に随伴し、データを取ること――それが彼らの今の仕事である。

 カリカリ、カリカリ……と静寂の森の中に、ペンを走らせる音が鳴り響く。


 どうやらその二人は、双子のようだった。双子の例に漏れず、瓜二つの外見をしていたが……ただ一点、二人の外見には異なる点があった。


 右の男の髪は、今にも禿()げそうな程薄く――左の男はフサフサなのである。


 そして禿げ頭の研究者ハーゲンは、目の前の『魔物水晶』の光の点を眺めながら、(たの)しそうに呟く。


「クックック、三百騎の魔物たちは続々と目覚めているようですね〜」


 ――三百。それは帝国がフロリアの町に仕掛けた魔石の数だった。

 魔石から魔物が孵化すると、目の前の『水晶』に光の点として現れる。

 今のところ、フロリアの町に仕掛けた魔物たちは順調に孵化していた。


「これだけあれば、町一つ落とすのも訳はアリマセ〜ン。この混乱の最中、どさくさに紛れて剣聖を暗殺する――ふふふっ、我ながら、最高の作戦ですねぇ〜!」


 ――そしてもう一人の研究者、フサフサ頭のフサールも、作戦の順調っぷりに興奮気味の様子だった。


「三百もの魔物を動員するとは……ちょっとした軍事作戦ですよ、これは……!」

「検体"K"から採取した、制御因子……それにより完成した、魔物の制御(コントロール)技術……! 我々の研究、そのデモンストレーションには十分過ぎるほどのね〜!」


「その上、『戦医ドクトル』殿まで控えているのですから……!」

「いやはや、我々の勝利以外あり得ない〜ッ!」


 自分たちの勝利を確信しきった二人は、完全に祝杯気分でいたのだったが……


「おやおや?」

「おやおやおやおや?」


 二人が見つめる魔物水晶に、一つの異変が生じる。

 水晶の中の光が、ドンドンと消えていくのである。それはあの町から、魔物の反応が消えていっているということを意味していて……

 明らかな異常事態に、二人は(にわ)かに焦り始めるのだった。


「おかしいですね……魔物の反応が、次々と消えていくなんて」

「これって、ややや、ヤバくないですか……!?」


「また消えていく……これでもう半分以上消されていることになりますよ!?」

「そんな馬鹿なことが……! 我々の想定の範囲外ですよ、これは!」


 異常なペースで消えていく魔物の反応に、二人は水晶の故障を疑うほど。

 しかし、この水晶は今回の作戦のために新調されたもの。故障していないことは明白だった。


 つまり――

 現在進行形で、魔物が恐るべきペースで討伐され続けているという事だった。


 「一体、誰が……?」という問いは、彼らにとって愚問だった。

 ――そんなこと、決まっている。


「「まさか、【剣聖】の戦力を見誤っていたとでも言うのですかっ!?」」


 薄暗い森の中に、二人の声が鳴り響く。



  ◇



 ――そして、時は巻き戻り、十分前。

 フロリアの町中にて、()()()()()が躍動していたのだった。


 町は魔物により破壊の限りが尽くされ、瓦礫(ガレキ)と生活品の残骸が散乱していた。

 そんな中で町人たちは、ある者は手ぶらで、ある者は大事なものを抱えながら、目前に迫る魔物から逃げ惑おうとしている。


 ――闇の中で朱く光る、魔物の両眼。

 今にも一匹の魔物が、逃げ遅れた男の子に襲い掛かろうとしていた。

 人狼(ワーウルフ)の鋭い鉤爪が迫る。


 そして――



 ――斬ッッ!

 

 寝間着を翻し、一人の美少女が人狼(ワーウルフ)を一刀両断するのだった。

 そして遅れてもう一人――寝間着の上にローブを着こんだ見目麗しい麗人が、その美少女の隣に現れる。


「……大丈夫か?」

「う、うん」

「それなら良かった。この近くの魔物は全て討伐済みだ。安心して親を探すといい」


 そして助けられた男の子がお礼を言う間もなく、二人は瞬く間に立ち去ると――次なる獲物の元へ向かうのだった。


 町に蠢く魔物を"聖剣"で斬り伏せる美少女、リゼ。

 ()()()姿()のレオも、負けじと【雷撃】の異能を駆使して魔物を射抜く。


 しかし恐ろしいスピードで先行するリゼに対し、レオは何とかギリギリで着いていくのが精一杯という現状だった。


(む……(はや)いっ……! さっきまで、あんなに暗い顔をしていたというのに……もう魔物を倒すのに集中してしまっているじゃないかっ。トーヤが声を掛けたら、すぐだったな……。リゼは、よっぽどトーヤに心を許しているということか……)


 リゼは、斬って斬って斬りまくる。

 そして――もう次の魔物にロックオンしていたのだった。


「オオオ……! ヒトヨ、ナゼ、余ヲ生ミ出シタ……!」

「嗚呼、憎イ、全テガ憎イ……! 余ヲ生ミ出シタ、愚カナ人間共ヨ……皆殺シニシテクレル――グワアアア!!!!!」


 リゼが聖剣を一振りすると、亡者たちは見事に上半身と下半身が切り離される。

 そして残るのは、魔物たちの悲痛な断末魔と、かつて魔物だった物だけだ。


 剣聖の無慈悲な舞踏――その間も、リゼの服には返り血一つ付いていない。

 まさに無双――その様は、この世のどの踊り子よりも優雅で――思わずレオも、見惚れてしまうほどに美しい。


 ……ただし、その舞踏の中で奏でられているのが、美しい音楽などではなく、魔物の断末魔である事を除けば――だが。


 ――今の魔物、何かすごい言いたげだったぞ!? 特に二体目の魔物なんか、話している最中にぶった斬られていたじゃないか……!


 レオはあまりのリゼの無双ぶりに、ドン引きしていた。

 しかし尚も、リゼの無双っぷりは留まることを知らない。

 そして、一方のレオはと言えば……。


「……大丈夫、エレナ? 顔色悪いけど」

「っ……! も、問題はないっ。たかが、夜の闇ごとき……っ」


 と言ってみるものの……。

 レオは辺りを見渡す。見渡す限りの暗闇がそこにあった。

 混迷極まる町の灯りはまばらで、建物の死角に入れば、あっという間に真っ暗になってしまう。それは『暗所恐怖症』のレオにとって、大ダメージだった。


「っ〜〜! や、やはり怖い……」


 思わずレオの口から、弱音が溢れてしまう。

 闇の中に身を置くと、どうしても体が竦んでしまうのだ。

 ――闇が怖い。得体の知れない恐怖感。どうしても、恐ろしい……。


 リゼは速度を落とすと、そんなレオの顔を、リゼは心配そうに見つめる。

 レオは足手まといになりたくない一心で、何とか首を振る。


「いや、大丈夫……! いずれ、"夜戦"にも慣れる必要があったんだ。……これは、『試練』と捉えよう……!」


 そしてレオは恐怖を押し殺しながら、闇夜の町をリゼと共に突き進むのだった。

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