14.「襲いかかる魔物たち。そして、剣聖少女は動揺する」
胸から吹き出す、紅い鮮血。
力なく宙を舞う肉体。
男の虚な瞳は、ただ一点を――頭上の窓を見つめていた。
――今まさに、一人の男が宿の窓から落下しつつあった。
黒装束に身を包んだ、年若い男。
彼は思う。何故こうなったかと。
油断はなかった。彼の任務は『暗殺』。しかし今まさに迎えようとしている現実は、自らの死――
消えゆく生命の灯火の中で、男は目まぐるしく思考を巡らせていた。
――何なんだっ、あの女は……! メイド服? 何故起きている? あの武器は何だ? 俺のことを待ち構えていた……眠らないのか、あの女は……!?
そして――やがてその思考も、終わりの時がやって来る。
男が見た、最期の景色は『窓』だった。
窓の向こうで、女が自分を見下ろす。その視線は冷酷にして冷淡で――まるで、ゴミか何かを見るかのようだった。
あれは、まるで……
「――あく、ま……」
意識が消える直前、男は呟く。
そしてそれが、男の最期の言葉になったのだった……。
◇
――そして、一方その頃。
レオはリゼと共に、薄暗い宿の廊下を歩いていた。
突如として町に魔物が現れるという緊急事態――
この宿には『一夜の客』である私たちだけでなく、宿の従業員やオーナーたちも一緒に生活している。
彼らにも、この事態を伝えなくては――
そう思った二人は、スィーファたちの無事を確認すると、急いで従業員たちの元に向かったのである。
(トーヤ……やはり君は、とんでもない男だな。部屋で倒れていた、あの男……私たちに差し向けられた『暗殺者』なんだろう?)
(つまり、君は私が眠っている間に、あの暗殺者を倒して見せた訳だ……)
(少なくとも私は、君が居なければ、間違いなく殺されていただろう……抵抗すらできず、為す術なく、だ……!)
その事実が、グサリとレオの心に突き刺さる。
……自分は、まだまだ弱い。あのニトラ学院長から厳しい稽古を受けてきたのだ。ある程度やれると思っていたが――甘かった。
そしてレオは思い知る。自分の力なんて物は、安全圏を保証されているという前提の元でしかないことを。
常に命を狙われるという状況で一人生き抜くには、自分はあまりにか弱過ぎ……欠けている物が多過ぎるのだ。レオはそれが、悔しくて堪らない。
(……だが今は、自分のことばかりを考えている場合じゃない。あの魔物の群れ……今も大勢の人が危険に晒されているに違いない)
(一刻も早く、彼らを助けなければ……! でなければ、あの時生き残った意味がない。私の命は、他の大勢の命を守る為にあるのだから……!)
◇
そして、その後――
宿を出た僕たちが目にしたのは、戦場と化した町の風景だった。
――突如として町に現れた、魔物の大群。
逃げ惑う市民。応戦する衛兵。しかし明らかに人側は押されつつあった。
トレードマークであったはずの美しい花々も、魔物たちに踏みにじられ――。
そんな変わり果てた景色の中で立ち尽くす、僕、レオ、リゼ、そしてスィーファさんとアンリさん……。
そして――いつの間にか起きて来たのか、ギブリールの姿があった。
ギブリールはどうやら寝起きのようで、トロンとした寝ぼけ眼を見せていたが……変わり果てた町の様子を見て、眠気も飛んで行ってしまったのだった。
『ふえっ? アレって……魔物っ!? トーヤくんっ、これって一体……!?』
(分かりません……ただ、『何者かが手引きした』としか考えられません。方法は分からないですけど……)
驚くギブリールに、僕は念話で答える。
何も分からない――それが嘘偽りのない今の現状だった。
ここは王都のお膝元――こんな魔物の侵入を許すなんて、有り得ないはず……
それに……僕は冷静に、町の状況を観察する。
もし町の外から魔物が入り込んだとしたら……この状況は、明らかにおかしい。
――この状況、まるで……町の中で突然、魔物が『出現』したかのような……!
そして、まるで僕たちの姿に引き寄せられるように――一匹のゴブリンが僕たちの前に現れる。
「ケン……セイ……! テキッ……!」
――このゴブリン、人の言葉を喋れるのか……!?
襲いかかるゴブリンに対し、リゼはすぐさま異能を発動する。
「異能。――【剣聖】」
リゼの声と共に、彼女の手には一振りの"聖剣"が握られる。
ただのゴブリン一匹が、【剣聖】に敵うはずもなく……
リゼは手にした"聖剣"で、一太刀でゴブリンを切り捨てる。しかし――その瞳には、明らかに動揺の色があった。
「っ……この魔物たち、私を狙ってこの町に……!?」
ギリギリ……と、リゼの聖剣を握る力が一層強くなる。
(……また……私のせいで……)
目の前の光景――今までリゼは、同じような光景を、何度も見てきた。
自分が関わる者全てに無差別に降り掛かる、災い――それこそが【剣聖】という異能、その宿命だと、嫌という程思い知らされて来たのだ。
一人の少女が、『人との繋がり』を諦めてしまう程に……。
しかしそんなリゼの手に、一人の少年の手が触れる。その暖かい感触に、心強い手の感触に、リゼの心は落ち着いていく。そしてリゼは、顔を上げるのだった。
「……大丈夫。これはリゼのせいなんかじゃないですから」
僕はリゼに、キッパリと言い切る。
思い詰めたような、そんなリゼの姿を見て……僕は思わず、声を掛けずにはいられなかった。この状況は、誰のせいでもない。ましてやリゼが思い詰める必要なんか、ないのだから……。
――そして僕は剣を抜くと、リゼとレオに向かって声を上げるのだった。
「……行きましょう、二人とも。この町は、あんな魔物なんかに好き勝手させていい場所じゃない――」




