03.「市場でのひと悶着と、"銀級"勇者の横暴。そして……」
「きゃっ、やめて下さいっ!」
それは――少女の悲鳴だった。
ざわざわとした騒めきの中、少女の悲鳴がフロリアの市場に響き渡る。
しかし、目の前で女の子が声を上げているというのに……周りの人々はただ見ているばかりで、その女の子を助けようとはしない。
そんな一種異様な光景の中――やがてもう一つ、男の声が聞こえてくる。
「……俺は『勇者』なんだぞ! お前が断るって言うんなら、お前のこの店、潰してやってもいいんだぜ? 俺にはそれだけの力があるんだからなぁ!」
男は周りに誇示するかのように、右腕を振り上げ、声を張り上げる。
その腕に刻まれていたのは、紛れもなく、女神の祝福の証『聖痕』。
そして僕の後ろから、ヒソヒソ話が聞こえてくる。
「あの女の子も運が悪いな……あの『ゼラス』に目をつけられるなんてな」
「ああ、アイツの女癖の悪さは有名だからな。だが……あれで勇者としては実力者なんだから、尚更質が悪いもんだ」
なるほど、そういう事か……!
道理で周りの人達が手が出せない訳だ。あの男は、『勇者』なのだから……
そして――僕の手は、思わず剣の柄まで伸びていた。
よりにもよって人を守るはずの勇者が、か弱い少女にその力を振りかざし、力づくで言い寄っている――
こんな醜い光景があっていい訳がない。
そしてゼラスという男は、背中の大剣を抜く。
「ハハハ、"銀級勇者"の俺サマの誘いを断るとどうなるか――見せてやるよ!」
――物凄い勢いで振り下ろされる大剣。
しかし……!
――キンッ!
途中まで振り下ろされた大剣は、もう一本の剣によって阻まれる。
「何……!?」
驚くゼラス。それもそのはず――自分の剣を止めたのが、自分より一回り以上歳下の少女だったのだから。
「『その力』は人間に向けるモノじゃないはず。……剣を下ろして」
聖剣でゼラスの大剣を受け止めながら、リゼは静かに静かに言葉を発する。
淡々とした口調ではあったが、紛れもなくそこには『怒り』が感じられた。
「……!」
そして僕も、レオと共にゼラスの前に立ち塞がる。
リゼだけじゃない。僕もレオも、この男の横暴を許せないのは同じだった。
例え相手が『勇者』だろうが――何の罪もない女の子が甚振られているような状況を、見過ごす訳にはいかない。
そして怯える女の子を助けると、僕たちは目の前の男、ゼラスを睨み付ける。
しかし――それを見てゼラスは、鼻で笑うのだった。
「フン……勇者の紋章がないってことは、野良の異能者か」
そして僕たちに向けて、ハッキリと見下すような視線を向ける。
「威勢の良い嬢ちゃんだが……『無銘』に口出しされる謂れはねえな。よく見な、これが銀級勇者の紋章だ。格の違いってヤツだな」
ゼラスは見せつけるように、胸元の勇者の紋章をアピールする。
それは勇者機関が認定する、銀級勇者の称号を示す紋章だった。
銀級勇者の称号――それはこのルナミスティアの大陸で、上から百人のうちに入る勇者であることの証。
対してリゼは、勇者の称号すらない『無銘』。それは僕やレオも同じだ。
傍から見れば、格の違いはハッキリとしていた。
そしてゼラスは、意地悪くニヤリと笑う。
「……それで、『人間に向ける力じゃない』だって?」
「そうよ。少なくともあなたみたいに、私利私欲で使っていい力じゃないわ」
リゼは、キッパリと断言する。
……当然だ。銀級勇者だろうと、リゼが引く訳がない。それは僕も同じだ。
そして僕たちが引かないと分かると、よっぽど癪に障ったのか、ゼラスは声を荒げるのだった。
「フン、馬鹿馬鹿しい。力は力だろうが! この世は力が全てだ! 力があるなら、何をやっても許される! 弱えヤツは、強えヤツの食い物だ! アイツみたいにな……!」
そう言ってゼラスは、怯える少女を指さす。そしてニヤリと笑った。
「ま、嬢ちゃんが代わりに『俺の女』になるんなら、話は別だけどよ……!」
そう言ってゼラスは、リゼの身体を舐め回すように眺めるのだった。
っ……! 言うに事欠いて、この男は……!
このゼラスという男、標的を変更して、リゼに言い寄り始めたのである……!
「ククッ、気の強い女は俺の好みなんだ。そういうヤツを言いなりにさせるのが、何とも言えない快感でなぁ……!」
「っ……!」
全く、らしくない。こうまでして、感情を揺さぶられるなんて……!
師匠がこんな姿を見たら、きっと幻滅するだろう。けど……
――こうまで言われて、黙っていられるワケがないっ!
そして僕は、ゼラスに向かって飛び掛かろうとする。しかし――
リゼが不意にギュッとトーヤの袖を掴むと、体を近くに引き寄せる。
そして――
「んっ……」
僕とリゼの唇が重ねられる。
突然の出来事に驚く僕だったが……やがて僕は、リゼを受け入れるのだった。
――そうか、リゼはあの時のことを……
そして僕は、食堂での出来事を思い出す。あの時は僕の方からしたんだっけ……
そして僕とリゼは、数秒の間、甘い口づけを交わすのだった。
――お互いの一番柔らかい部分が、重なり、触れ合う。
そしてリゼは顔を離すと、ゼラスに向けて言い放つのだった。
「私はトーヤくんの『女』だから。あなたには興味ないわ」




