31.「血とメイドと死霊術。そして夜は明けて……」
それはまさに、壮絶な光景と言って良かった。
――血。血。血。
――そして倒れ臥す、暗殺者たちの骸。
そしてその中で一人、メイド姿の少女だけが優雅に佇んでいる。
冷え切った冷酷な眼。返り血を浴びた体。そして、異形の姿――
その姿はまさに、『メイド服を着た悪魔』という言葉が相応しい。
そしてしばらくして、ユリティアの体から、魔人の力が消失する。
漆黒の翼も二つの角も消え、瞳の色も真紅から黒へと戻っていき――元のユリティアの姿へと帰るのだった。
「……上質な魂は一つだけ、ですか。まあ、こんなものですわね」
ユリティアは魔眼の力で、凄惨な殺戮現場に漂う"魂の姿"を幻視する。
どれもこれも、微弱な魂ばかり……そしてまるで慣れた作業のように、ユリティアは死屍累々の死体から魂を回収したのだった。
「――【死後満ちる愛】」
ユリティアが呪文を唱えると、彼女の手元に一冊の本が出現する。
それは死霊術の経典、これから行う"儀式"のための道具だった。
「……どうやら、そろそろ目覚めたようですね」
ユリティアが声を掛ける。すると――どういう事か、死んでいた筈のギルザが息を吹き返したのだった。
「ガはッ……ハァ、ハァ……これは、どういう、事だ……!?」
ギルザは茫然と呟く。そして、自ら流した血の海の上で、うつ伏せに倒れている自分の姿を認識したのだった。
……俺は、確かに死んだハズだ。目の前のメイドに、腹を貫かれて……。
――だが、これは一体どういう事だ……?
ギルザは重い体をゆっくりと起こすと、自分の腹を見る。破れた服の隙間から、傷口が塞がっているのが見えた。
……体も動く。だが……どうやら生き返ったのは、俺だけのようだな……。
背後に倒れている部下たちの惨殺死体を目の当たりにして、ギルザは一瞬、やるせない感情に襲われるのだった。
――とにかく、現状を確かめるのが先だ。
そしてギルザは、立ち上がるとユリティアに詰め寄るのだった。
「おいテメエ、一体何をした? 何故俺が生きている……?」
「私が蘇らせました。……『屍者』として」
ユリティアは淡々と事実を告げる。
しかしギルザにとって、それは納得のいく答えではなかった。
そして、目の前のメイドを睨み付ける。相変わらず、気に入らねェ仏頂面だ……俺を蘇らせただと? ギルザは腸が煮えくり返る気分だった。
何のつもりだか知らないが、俺を生き返らせた事、後悔させてやる……!
「……クククッ、『屍者』か何だか知らねェが……感謝するぜ。生きてるって事は、もう一度、テメエをぶん殴れるってことだからな……!」
そしてギルザは目の前のメイドに向かって、勢い良く殴り掛かる。
そして繰り出される、渾身の一撃――!
……が、しかし。
「っ――――!?」
ギルザの右拳はユリティアに届く前に、まるで見えない力に妨げられたように、空中で静止する。
「――憤ッ!」全身に力を入れるが、右拳はピクリとも動こうとしない。
クソッ、どうなってやがる……!?
「ふふっ、無駄ですわ。あなたに私を傷つけることはできません。あなたの魂は、私の支配下にあるので……例えば、こういう風に」
そう言って、ユリティアが右手をクイっと捻ると――それに合わせてギルザの体も、自分の意思に反して曲げられるのだった。
あり得ない方向に曲げられ、体が軋む。
「痛ててててッ……!」
「これが、『屍者』です。……理解出来ましたか?」
「……クソッ、要するに、テメエの操り人形にされたって訳か……!」
「……御明察です。理解が早くて助かりますわ♪」
そしてユリティアが手を下ろすと、ようやくギルザは自分を縛り付ける、不可視の力から解放されたのだった。
ギルザは未だに痛みが残る腕を庇いながら、目の前のメイドを睨みつける。
何故俺を生き返らせたのかは知らないが……現在進行形で、俺の命がコイツに弄ばれていることだけは、ハッキリと理解できた。
「それで、俺以外の奴は生き返さねェつもりか?」
「『生き返せない』というのが正しいですわね。……強靭な魂を持つ者以外にこの術を使うと、意思のない抜け殻――ゾンビになってしまいますから」
「……フン、大したことねェんだな、テメエの術とやらも」
ギルザはそう毒づくが、ユリティアはまるで虫ケラの戯言を聞くかのように、意に介す素振りを見せない。
……とりあえず、この男から情報でも引き出しましょうか。
そしてユリティアは手に持った本を捲ると、そこに記されている情報を読み上げるのだった。
「それで、暗殺の依頼主は……なるほど、依頼主とは一度も直接顔を合わせたことはないと。暗殺者の作法というものは、面倒な物なのですね」
「……? まさかテメェ、俺の記憶を読んだのか?」
「やはり……王都の動向が気がかりですわね。それでは、あなたに命じます。――『これより王都に帰還し、今回の暗殺の首謀者を探れ』」
そしてユリティアはギルザの問いをスルーすると、一方的に命令を与える。
すると、ギルザの足が勝手に王都の方へ動くのだった。
クソッ、また体が勝手に……!
ギルザはユリティアのいる後ろに振り返りながら、大声で叫ぶ。
「くっ、テメエ、まだ説明は終わってねえぞ!?」
「ゆめゆめ勘違いなさらぬよう。もはやあなたは、私の『奴隷』なのですよ? 『奴隷』に説明など不要ではなくって? ……それでは、ご機嫌よう」
ユリティアは、ギルザに向かって言い放つ。
そして、まるで主人を送り出すメイドのように、ぺこりと頭を下げると、ギルザを見送るのだった……。
◇
そして――『屍者』となり、ユリティアから命令を与えられたギルザは、王都を目指し、薄暗い魔の森の中を駆け抜けるのだった。
くっ、あのメイド野郎め、勝手に生き返らせた上に、体よくこき使いやがって。
気に食わないが……死霊術で縛られている以上、ギルザに逆らう術はない。
――異能は使えないか……厄介だな。
試しに何度か【鉄拳】を出そうとしたギルザだったが、結局不発に終わる。
ふと思って右腕の聖痕を確かめると、かすれたように薄く消えかかっていた。
クソッ、この俺が誰かに支配されるとは……ざまあねぇ。
体の方は支障はねぇ。だが……
ギルザは自分の胸に手を当てる。これだけ走っているというのに、一切鼓動を感じられない。
これが、『屍者』ってヤツか……気味が悪いが、これからは異能が使えないんだ。むしろ隠密に都合がいい……と考えるしかない。
そしてギルザは道中、魔物と遭遇する。行きの時はあれだけ血気盛んに襲って来たヤツらだったが……今はこっちの方を見向きもしない。
――ちっ、俺もこいつらの仲間入りって訳か……
魔物の脇を通り過ぎると、魔の森の出口を目指し、疾走する。
そしてギルザは、魔の森の闇に消えるのだった……




