26.「女神談義と魔王の手がかり。そして、夜の洋館にて……」
……これから話すことは、他の誰にも聞かせる訳にはいかない重要機密だ。
だから僕は、密談をするように二人に体を寄せると……間違いのないように、女神さまの言っていたことを一字一句二人に伝える。
この近くに、魔王の気配がすること。
そしてそれは、魔王に近しい存在――魔王の側近か、魔王の遺物がこの近くにあることを意味する――ということ。
そしてそんな僕の言葉を、リゼは静かに聞いていたのだが……
一方でレオは、まず女神さまと会話したこと自体に驚いていたのだった。
「なっ……! 君はまた、女神さまと直接話をしたというのかっ!? しかも今度は、女神さまの方から君の所に……! 驚いたな……やはり君は、特別な存在な存在なのだな……」
そしてレオは、畏敬の念を込めた視線で僕を見つめてくる。
あはは、困ったな……そんな風にレオに見つめられると、何というか、くすぐったいような気持ちになってしまう。
一方でリゼは、その隣で何やら納得した様子だった。
「ふぅん、やっぱりトーヤ君の所にも来てたんだ。でも……別にあんなの、そんなにありがたいものじゃないわよね? うるさいだけだし」
「なっ……! う、うるさい……!?」
女神さまを「うるさいだけ」とキッパリ切り捨ててしまったリゼの言葉に、レオは愕然としていた。
女神さまといえば、僕たちの世界では最高位の存在だ。そんな女神さまを「うるさい」と言うなんて……教会の人間が聞いたら、卒倒するに違いない。
けど……これが、リゼなのだ。
素直というか、何というか……リゼらしいその一言に、僕はほっこりする。
一方でレオは、何とか女神さまを擁護しようとするのだが……
「いやいや、そんなこと無いと思うぞ!? きっと女神さまだって、大切な事を伝えに来て下さったはず……!」
「……ただの恋愛話だったわ」
「僕の方も似たような感じでした。魔王の話の方が、むしろおまけみたいな……」
「っ……!」
……僕たちの言葉に、あっさり撃沈。
「そ、そうか……ああ、私の女神さまのイメージがまた、崩れていく……」
やがて現実を受け入れたように、ボソリと呟くのだった……。
◇
閑話休題。
そして、引き続き、僕は女神さまの言葉を二人に伝えたのだが。
「ふぅん、『魔王の気配』ね……」
「むぅ……確かに貴重な情報だが、いかんせん、手掛かりが少なすぎるな……」
「どう思います? 二人とも」
「うーむ……」
僕はそう言って、二人に問いかけるのだった。
一応僕なりに、考えはあるのだが……僕だけの考えだと、少し不安が残る。
だからレオとリゼ、二人の意見が聞きたかったのだが……
レオは腕組みをしながら、深く考え込む。そしてしばらく考え込んでいたが……やがて口を開くと、開口一番、指摘する。
「一つ、言えるのは……魔王の側近がこの森にいるというのは、考え難いな」
やはり……。レオの口から僕と同じ意見が来て、僕はホッとする。
そしてレオは、地図を広げると、更に説明を続けるのだった。
「魔王と始祖が相討ちになった後、消息不明となった魔王の側近達……君たちに下った神託を考えれば、魔王は健在なのだろう? つまり、彼らが新たな魔王を擁立した可能性が極めて高い」
そしてレオの細い指先が、地図の一点を指し示す。レオが続ける。
「そして魔物と人間の争い、その最前線は北方にある。魔王が潜伏しているとしたら、やはりこの北方だと思う」
「それじゃあ、魔王の遺物の方?」
「でも……魔王と魔の森の逸話なんて、聞いたこともないですけど」
「うーん……」
……おそらく、レオの指摘は正しい。けれども、それ故に、僕たちは行き詰まってしまうのだった。
魔王の側近ではないとなると、残るは魔王の遺物しかない。しかしそうなると、この広い魔の森から、形も分からない魔王の遺物を探し出さなければならない。
まさにレオの言う通り、『手掛かりが少な過ぎる』……。
やがて僕たちは三人とも、黙り込んでしまう。
そして――沈黙を破ったのは、リゼの一言だった。
「そうね……この近くにあるものといえば、あの洋館ぐらいかしら」
洋館……! 確かに、盲点だった。
そんなリゼの一言に、僕とレオの二人は、ハッとした表情を浮かべる。
「いや……しかしあれは、王国が建てた魔の森攻略の為の拠点なのだぞ? 魔王の遺物なんてあるだろうか……?」
リゼの意見に、懐疑的な言葉を呟くレオ。
しかし僕はその隣で、リゼの一言に触発されて、頭をフル回転させていた。
そうか、そこがあったか! だとすると……やはり、そこが一番確率として高くなるか……!
そして僕は、レオに続き、口を開く。
「いや、確かに……それ、いいアイディアかも知れませんっ。あのお屋敷には、長年魔物が住み着いていたはずです。もしこの近くに、魔王の遺物が落ちていたら……あのセバスが拾っていても、おかしくないはず」
「む、なるほど……そう言われてみると、確かに……」
レオも口元を押さえながら、納得した様子だった。
一方のリゼは、既に僕の隣で立ち上がっていた。
「それじゃあ、さっそく今すぐ行きましょう?」
そして今にも出発の支度を始めるリゼに、慌ててレオが引き止める。
「いや待て、別に今すぐ行く必要はないだろう!? 何なら、明日だって――」
「いえ、それでは少々遅いかと。明日中に魔の森を抜ける計算だと、早朝にここを出発しないと間に合わないはずですから」
…………。
……そして、洋館前。
「くっ……! だからって、こんなに暗くなってから、こんな場所に来る必要は無いだろうっ……!」
――薄暗い闇夜にそびえる、廃墟と化した洋館。
背後に広がる暗い森からは、ざわざわと木々のざわめきが聞こえてくる……。
そんなおどろおどろしいシチュエーションに、レオの顔は引き攣っていた。
「……もしかして、怖いの? エレナ」
「べ、別にそういう訳では無いぞ!? ただ……こんな不気味な場所、どう考えても何か出そうじゃないかっ……!?」
「大丈夫ですよ、お化けならもう退治しましたから」
そして僕たちは、正面の扉から館の中に足を踏み入れる。
そこは玄関ホールだった。破れた壁から双子月の光が差し込み、薄暗い室内が青白く照らされている。
ホールの床には瓦礫や塵が積もり、放置された年月の長さが窺えた。
奥に見える廊下は薄暗く、ここから先を見通すことは出来ない。
さて……どこへ向かったものやら。
そして僕たちが、奥の廊下へ向かおうとした、その時。
――キイィッ、どこからか、扉が開く音が聞こえてくる。
「ひっ……!」
レオは慌てて僕の袖にしがみつくと、押し殺したような悲鳴を上げる。
「……どうやら、風が吹いてるみたいですね」
そして僕は、そう冷静に分析するのだが……エレナは、僕の腕にしがみついたまま、離そうとしない。
「レオ……?」
「わ、分かった、正直に言おうっ……! 怖いんだ、暗い所が……! っ……恥ずかしいが……トーヤ、しばらくの間、こうしていて、いいか……?」
消え入るような声で、恐る恐る、エレナが僕に訊ねる。
一体こんな風に頼まれて、誰が断れるだろうか……?
そして、僕は優しく頷くのだった。
「……大丈夫ですよ、エレナ。僕が一緒にいますから」
「っ……! あ、ありがとう……トーヤっ……」
そしてエレナは、ギュッと僕にしがみつくと、「すーっ、すーっ」と深く深呼吸する。そしてそんな様子を、リゼは「むっ……」と隣で見つめるのだった。
そして――
むぎゅっ。エレナとは反対方向、左腕の方に柔らかい感触を感じるのだった。
見ると、リゼが僕の左腕にギュッと抱きついているのが見えた。
「――っ! リ、リゼさんっ……!?」
「……私も。トーヤ君の腕を感じたいから、こうする……」
そう言って、リゼはさらにギュッとしがみつく。
そして僕の両手には、異なる二つの、柔らかい感触。
……こうして僕は、二人の美少女にしがみつかれたまま、廃墟となったロビーで立ち尽くすのだった……。




