16.「老紳士の出迎え。そして、陰鬱な洋館の中へ……」
生い茂る草花を踏み分けて、馬車が進む先に見えるのは、一邸の洋館だった。
造りは一見豪華に見えるが、やや古臭さを感じさせる、古風なお屋敷である。
一目見た僕の印象は、「なんだか、暗いな……」というものだった。
前庭の枯れ木が暗い影を落とし、見る者に寒々しい印象を与える。
館の背後には広い森が広がっており、陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
そして馬車はゆっくりと速度を落とすと、洋館の前に停まるのだった。
『ふーん、なんだか、薄気味悪いところだね……』
ギブリールが、僕の後ろで呟く。
正直、僕も同感だった。
そして、馬車を降りた僕たちは、前庭から洋館を見上げていたのだが。
「これが、例の『拠点』か……立派なお屋敷じゃないか。だが、わざわざこんな所に洋館を建てるとは……昔の人間の考えることは分からないな」
「……そんなに古い建物なの?」
「ああ、魔の森の攻略は、王国肝入りのプロジェクトだったからな。初めて計画が立てられたのは、今から百年以上前のことだ。この拠点が建てられたのは、確か、『第三次攻略作戦』の時だったはず。しかし、この拠点はしばらく使われていなかったはずだが……きちんと整備されていたんだな」
「……ふぅん、物知りね……」
レオの解説に、僕たちはへえと関心するばかりだった。
そもそもこんな知識、どこから手に入れるのだろうか……
長い間貧民街で暮らしていた僕からしたら、かつて王国がこの魔の森を攻略しようとしていたということも、寝耳に水というか、初耳だった。
僕がこの森について知っていることと言えば、ただ一つ、「この場所には、長い間、人間は近づいて来なかった」ということだけ。
ひょっとして、貴族の間ではこういった教養も、常識だったりするのだろうか?
「……ようこそおいで下さいました。私はこの館の管理を任されております、管理人の『セバス』と申します」
そして――その声は、唐突に聞こえてきた。
僕たちは声を掛けられて、背後を振り向く。そこには、背の低い老紳士が立っていたのだった。
一体、いつの間に……! 突然現れたその老人に、僕は驚く。
さっきまで、まるで気配がしなかったのに。
この僕に気取られず、背後を取るだって……?
「あら? このご老人は、一体……。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
次いで馬車から降りて来たユリティアさんも、怪訝な顔をして老紳士に訊ねる。
アンリさんとスィーファさんも、馬車を降りてこっちに向かって来る。
スィーファさんはお屋敷を見て一言、「はえ〜、立派なお屋敷やわぁ〜」と、ケモノ耳をぴょこぴょこさせて感心していた。
しかし、それにしても……同じ嘘つき同士、ユリティアさんから見ても、この老紳士には何か感じる物があるようだ。
老紳士は一礼すると、先ほどと同じように、自分をセバスと名乗り、館の管理者であると説明する。
しかしその説明を聞いてなお、ユリティアさんは疑いの視線を向けるのだった。
「おかしいですね……私が聞いた話だと、この拠点は無人のはず……管理者なんて、いないはずですが?」
「いえいえ、ユリティア様が疑うのも無理はございません。私の派遣は、急遽決まった事なのです。……貴女が王都を出発した後、文書を調べた所、この館の保全が不完全だったと判明し、あなた方がお見えになる前に整備せよとの御命令を仰せつかったというのが、事の次第でございます」
老紳士は礼儀正しい態度を崩さず、丁寧に説明を続ける。
……確かに、言っている事に矛盾はない。
だが……その理路整然さが、逆に怪しさを増大させていることも、また事実。
まるで、前もって用意していた回答のような……
そして、僕は確信する。この『セバス』という男……間違いなく、何かを企んでいる……!
そしてユリティアさんも、「そういうことでしたら……」と表向き納得したように見えて、その瞳には警戒の色を光らせるのだった。
「それでは皆様方、長旅でお疲れでしょうし、早速お屋敷を案内致しましょう」
老紳士セバスは一礼すると、お屋敷の扉を開く。
そんな老紳士に、僕は警戒に目を光らせつつ……僕たちは洋館の中へと招き入れられたのだった。
◇
そして僕たちが最初に入ったのは、玄関ホールだった。
薄暗い玄関ホールは、所々歴史を感じさせる箇所もあるものの、きちんと掃除されているように見えた。
「あら、綺麗……この玄関、セバス様お一人で掃除なされたのですか? 丁寧な仕事ぶりですわね。私たちが来るまで、時間もなかったでしょうに……」
ユリティアさんが、探りを入れるように老紳士セバスへ訊ねる。
セバスは笑顔で答えるのだった。
「ハハハ、こう見えて私は五十年執事を務めていましてね……。特に掃除は、下積みの頃からずっと得意だったのですよ」
いかにも昔を懐かしむ老執事といった風情で、セバスはニコニコする。
そして、玄関ホールを抜けると、そこは長い廊下だった。
廊下の壁面には、歴代の国王陛下の絵画が掛けられている。
一瞬アンリが何か言いたげな様子を見せていたが、ユリティアがそれを制する。
「この先を進むと、食堂に到着します。王都でのディナーとまではいきませんが、私の手料理を振る舞わせていただきます。私の手料理は、美味しいと評判でしてね……特に、野鳥を捌くのが得意なんですよ。香料にもこだわっていましてね……」
「へぇ〜、ええなあ、美味しそうやん〜?」
スィーファさんは料理の話を聞いて、目を輝かせて舌舐めずりするのだった。
そして、食堂の扉の前までやって来たのだったが……
セバスが扉に手を伸ばそうとした、その時――ユリティアさんが、思いついたように声を掛けたのだった。
「そうそう、グレゴリオ国王陛下のご容態はいかがでしたか? 私が王都を発ったとき、風邪でご公務を休んでいらっしゃっていたのですが……」
「ええ、グレゴリオ陛下は、あれからすっかり良くなって、元気に公務に復帰なされましたよ」
「あらあら、おかしいですね……グレゴリオ様は、五代前の国王様。百年前に亡くなっているはずですよ?」
しまった――とでも言いたげな表情で、ユリティアさんのその言葉に、セバスは押し黙ってしまう。
――そして流れる、恐ろしい沈黙……。
やがて……老紳士は、可笑しそうに笑い声を上げ始める。
セバスの瞳が、邪悪な赤に変化する。その瞳に映るのは、憎悪、そして、傲慢。
「……ふふふ、はははっ……! どうやら、貴様らに嵌められたようだな……! ニンゲン共も、少しは頭が回るようだ……!」
――そして老紳士セバスは、本性を現すのだった。




