13.「男装少女の恋心? そして、馬車は森を進む。」
「そういうことじゃなくて……女の子として、ってこと。だから、その……好き、なの? トーヤくんのこと」
――リゼの放ったその一言に、一瞬、エレナの時間が止まる。
「私が、トーヤのことを、好き……!?」
エレナはその言葉を、上手く飲み込めずにいた。
しかし……それも、仕方のないことだったのかもしれない。
なにせ彼女にとって――『好き』という言葉は、これまでの人生で無縁と言ってよかったのだから。
"貴公子レオ"として、これまで学院の女子から黄色い声援を一身に浴びてきたエレナだったが……誰かから好意を受けることはあっても、エレナ自身が誰かに好意を抱くことなんて、殆ど無いと言って良かった。
自分の性別すら隠して、誰にも『本当の自分』を見せなかった。
しかし――そんな所に、彼は現れたのだ。
――トーヤ・アーモンド。
一目見ただけで私の秘密を見破ってしまった、『謎多き少年』……。
私から、秘密という壁を取り払ってしまった、初めての異性……。
けれども、ただそれだけだったら、きっとエレナもここまで動じることは無かったに違いない。
しかし、よりにもよってその彼は、『裏の世界』の住人で……『狭い箱庭』の外に出たことのないエレナにとって、刺激的すぎたのだ。
出逢ってしまったら、惹かれるしかない……。
――きっとこれは、運命だったのだろう。
「好き、か……。けど、確かに、そうかもしれない……彼のことを見ていると、たまに……お腹の辺りが、こう、キュンキュンとするんだ」
エレナは思い出すように、自分の下腹部をさする。
体の芯から疼くような、あの感覚……。
そう、全てはあの時から――
そしてエレナは、あの時のことを思い出すのだった。
あの決闘のことは、今でも鮮烈に頭の中に残っていた。
私が絶対的に信頼していた、【雷撃】の異能の弱点を突かれた私は……瞬く間に背後を取られると、首元に鋭利な刃を突きつけられたのだ。
――完敗だった。
しかし……事は、それだけでは終わらなかった。
私を解放した彼は、戦うか、それとも降伏するか――私に二択を迫ると、私に近づいて耳打ちする。
『これで――チェックメイトですね。まだやりますか? お嬢さん』
『っ……! 一体、何のことだ? 私を『お嬢さん』呼ばわりとは、随分舐められたものだな……!』
『ふふ、とぼけたって無駄ですよ。いくら取り繕っても、僕の目は誤魔化されませんから。レオって……女性だったんですね。驚いたなぁ。コルセットまで着けて……わざわざ男装をして、何を隠しているんですか?』
『くっ……!』
『このこと……他の人に、知られたくないですよね? だったら……僕の指示に従ってください』
……私に、選択の余地はなかった。
彼はきっと、実力を隠したかったのだろう。私に観客を挑発させると……私に注目が向いているうちに、決闘場から姿を晦ましてしまった。
ざわざわとざわめく、闘技場……。
けれども……彼が居なくなった闘技場で、確かに、私は感じていたんだ。
ゾクゾクとするような、余韻を……。
それは、今まで感じたことのない感覚だった。
刃を突きつけられて、脅されて、無理やり協力させられて……それなのに私は、ゾクゾクするような快感を感じていた……。
今覚えば、それは『恋の始まり』、だったのだろうか……?
考えても、考えても、答えは出ない。
そしてエレナは、リゼに全てを話すことにした。
決闘のことも。そして、その時感じた、何もかも……。
それを聞いたリゼは、ただ一言、ぼそりと呟く。
「あなたって、マゾなの?」
「っ……! わ、私が、マゾっ……!?」
真面目な顔をして、とんでもない爆弾発言を投下するリゼに、エレナは取り乱してしまう。
――これではまるで、図星を突かれたみたいではないか……!
そしてリゼは、なおも続ける。
「だって、そうでしょう? あなたは、いじめられて興奮するのよね?」
「ぐむむ……それは、否定できないが……だが、誰だっていい訳ではないぞ!? 相手がトーヤだから、興奮する訳で……ああもう、私は何を言っているのだっ!?」
……もはや自分でも、何を言っているのか分からない。
エレナは顔を真っ赤にして、頭を抱えるのだった。
恥ずかしさで耳まで真っ赤にして、ほとんど涙目になっていた。
「けど……残念ね。エレナは、もっといじめて欲しいかも知れないけれど……トーヤくんは、優しいから。トーヤくんからいじめて来ることなんて、もうないと思うわ。……可哀想なエレナ……。それで、どうする? トーヤくんに頼んで、そういう『プレイ』をして貰う……?」
「リゼ……色々ツッコミたい所はあるが、一つだけ、言わせてもらうっ……『私がマゾ』という前提で話を進めるなあっ!」
馬車の中に、エレナの声が響き渡る。
そして――
――ガチャリ。
ちょうどそんなタイミングで、馬車の扉が開かれたのだった。
「ととととっ、トーヤっ……!? も、もう戻って来たのだなっ? ははは……ま、待ちくたびれたぞ……」
そこに立っていたのは、まさしく今まで二人が話していた、渦中の少年の姿。
トーヤ・アーモンドが、「あはは……」と愛想笑いを浮かべながら、馬車へと入ってくる来たのだった。
まさか、今の会話、聞かれて――!?
たった今、口走った、その言葉……もしその言葉を聞かれていたら、私は顔から火を出して死んでしまう……!
ドクン、ドクン……。
何とか必死に笑みを浮かべながら……エレナは、恐る恐る訊ねる。
「今までちょうど、リゼと話していたのだが……わ、私の声は、外まで聞こえていたか……?」
「……な、何のことですかっ? 全然、聞こえていませんでしたよっ?」
「そ、そうか……それは良かった……」
(――いやいや、絶対に聞こえていただろうっ……!?)
トーヤの、明らかに動揺を押し隠しているような反応……!
それに、自分に向けるトーヤの笑顔は、どこか引き攣っていて……しかし、それを確かめる勇気は、エレナには無かった。
隣に座る、トーヤと肩を並べながら……エレナは顔を真っ赤にして、俯き、羞恥にじっと耐える。
そして訪れる、無言の時……。
しばらくして、馬車の出発を告げに、ユリティアさんがやって来たのだった。
「…………」
「…………!」
馬車の準備が行われている間も、二人は決して視線を合わせることなく。
そして若干の気まずい空気を漂わせながら、馬車は出発したのだった……。




