10.「暗殺者の少年は隙だらけ? そしてどうやら天使少女は、悪戯をしてみるようです。」
――誰かが魔物を使って、僕たちを暗殺しようとしている……?
そして僕は、決定的な"陰謀の痕跡"を前に屈みこむと、深く考え込む。
黒色に炭化した燃えカスを指でなぞると、指の腹でその感触を確かめる。
この粒度……そして指に残る、ザラザラとした特徴的な感触……間違いない、これは『魔寄せの香』だ!
つまりこれは、暗殺の決定的な証拠……!?
いや、早まるな……! ただ一つ明確な事実は、何者かがここで『魔寄せの香』を焚いたという事だけだ。
じゃあ何故、わざわざ『魔寄せの香』なんてものを使った?
例えば、試験を盛り上げるため、とか……?
このお香が僕たちを狙って仕掛けられたというのは明白だ。『魔の森』は超一級の危険地帯。僕たちのように特別な事情がなければ、この森を通るルートを選ぶ人などまず居ないだろう。
つまり、魔物との戦い振りを見て、僕たちの実力を測ろうとした……?
『……おーい、トーヤくーん、聞こえてるー?』
……そして僕は、さらに深く考え込む。
いや、それならば、わざわざこんな手段を取らずとも、僕たちにダンジョンの一つでも攻略させればいい事だ。
わざわざ偶発的なトラブルを装ってまで、僕たちに魔物を差し向けた理由……それは間違いなく、僕たちのことを闇で葬ろうとした人物がいるという証拠だ。
そして厄介なのは、その人物は僕たちの移動ルートを把握していること――つまりは、王国の中枢に深く関わりのある人物だということだ。
最悪、王宮直々の意向で僕たちを消そうとしている可能性すらある……。
これは、思った以上にマズい状況じゃないか……!?
もし王宮の中枢がこの件に関わっているのなら、このまま王都へ行くことは、飢えた虎を放たれた"虎口"に自ら飛び込んでいくことに等しい。
だとすれば、僕がまず最優先でやらなければならないこと。それは、一体"どの陣営"がこの件に関わっているのかを確かめることに違いない。
その結果次第では……この旅を、王都にたどり着く前に終わらせることになるだろう。この、僕自身の手によって――!
くっ……とにかく、早急に対策を考えないと……!
◇
『おーい、トーヤくーんっ! むぅ、聞こえてないみたいだね……』
ギブリールは、がっくりと肩を落とす。
魔物を倒して、ようやくゆっくり話せると思ったのに……何やらトーヤくんは、突然すごい勢いで森の中に走っていってしまったのだ。
慌てて追いかけたギブリールだったが、ようやく追いついた時には、トーヤくんは森の中で屈み込んで、何やら考え事をしていた。
気になって、さっきから何度も声を掛けたものの……トーヤくんは何やら考えに集中しているらしく、全然返事をしてくれない。
うーん、トーヤくん、どうしちゃったのかな……?
ひょっとしてトーヤくんって、集中すると周りが見えなくなるタイプなのかな?
トーヤくんはなおも、指で土をいじいじして、考え込んでいる様子。
それにしても、こんなに近くで声を掛けているのに聞こえないなんて、すごい集中力……。
ふぅん、だったらその集中力……試してみちゃおっかな?
そしてギブリールは、ゆっくりとトーヤくんに近づくと……耳元で「ふーっ、ふーっ」と息を吹きかけたのだった。
年頃の男の子なら、絶対に反応せざるを得ないハズ。
ちょっとした、好奇心のつもりだった。しかし――
それでもトーヤくんは、ピクリとも反応する様子を見せなかった。
えっ、嘘っ、これでも反応しないのっ……?
さすがのギブリールも、これには動揺してしまう。
しかしだからといって、ここで止まるギブリールではなかった。
へーぇ、ふぅーん……だったら、もう少し、エスカレートしちゃおっかな?
そんな状況に、ギブリールの心にふつふつと悪戯心が湧き上がってくる。
この状況なら、もしかして……
ごくり。ドキドキと緊張で、思わずギブリールは顔を真っ赤にする。
こんなこと、しちゃっていいのかな……? もし、バレちゃったら……!
けど、一度思いついてしまった以上、試さずにはいられなかった。
そして――ギブリールは、聞こえるか聞こえないかの大きさの声で、囁いた。
『……………………ス・キ。…………』
『……………………トー・ヤ・く・ん、大・ス・キ。…………』
…………。
ギブリールはドキドキしながら、トーヤの横顔をジッと見つめる。
――トーヤくんに、反応、なし。
きゃーっ!
言っちゃった、言っちゃった、言っちゃった、言っちゃったっ……!
ギブリールの心臓が、バクバクと音を立てて止まらない。
言っちゃった。好き、って……。
普段なら言えない『大事なこと』を、こんな場所で……!
しかしギブリールは依然考え込んでいるトーヤの前で、悪戯っぽく微笑む。
でも……トーヤくんがいけないんだよ? 考え込んじゃって、何も聞こえてないんだもん。好きっ、好きっ、大好きっ……! あはっ、もう声には出さないからっ。聞こえないね~、トーヤくん♪
あーあ、ボクの臓物から薄皮一枚まで、ぜーんぶトーヤくんにあげちゃうつもりだったのに♪ 折角のチャンスなのに聞き逃して、残念だったねー、トーヤくん♪
ギブリールのターンは、まだまだ終わらない。
そして繰り返される、チキンレースの数々。しかしそれでも、トーヤは一度も気付くことなく――
ギブリールはドキドキの連続で、一人大盛り上がりだったのだった……。




