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09.「戦いを終えて。紅茶の香りと、陰謀の影」

 ――ザシュッ。

 リゼの振るう"聖剣"が、蠢く屍(グール)の生気を持たない蒼暗い身体から引き抜かれる。

 剣を抜かれた胸元から霧状の瘴気が噴出し、グールは形を失っていく。

 その様子を、同じ魔の森(イービルウッズ)で僕は遠目に見つめていた。


 そして――先ほどまで、鬱陶しいぐらい(うごめ)いていた魔物の気配が消える。

 ふぅ……これで一安心かな。そして僕は、愛刀の"花月"を鞘に納める。

 しかし、その時――


「っ……!」


 ――ビリビリッ。突然僕の右手に、ピリッとした痛みが走ったのだった。

 それと同時に、馬車を覆っていた結界が強制的に解除される。

 ……なるほど、どうやらこの能力は、制限時間があるらしい。

 体感、およそ3分。


 ちなみにこの3分という時間、誤差は『コンマ1秒以内』である。

 暗殺者という仕事柄、時計を見ずとも正確に時間を測れるように徹底的に訓練を積んでいるのだ。

 ちなみに、他にも正確に一定の速さで歩く訓練も積んでいるので(歩行法は暗殺者の基礎教養だ)、これを組み合わせて、距離を精密に測ることもできたりする。


 試しに僕は右手を前に掲げると、何もない空間に障壁(バリア)を展開しようとしてみた。

 ……何も出ない。やはりこの能力には、インターバルがあるらしい。

 今後、この能力を使っていくなら……それがどれくらいの間隔なのか、調べてみる必要がありそうだ。


 最後の魔物も無事に討伐され、めでたし、めでたし。

 しかし、それにしても……僕は静かに自分の手のひらを見つめると、達成感を噛み締めていた。


 他ならない僕自身の力で、魔物を退けたんだ――その高揚感、そして、自分が成長していく喜び。憧れの勇者に、また一歩近づけたような……それは、今まで経験したことのない感覚だった。

 けど……悪くない感触だ。


『……? どうしたの、トーヤくん』


 黙り込んでいた僕に対し、ギブリールはグイッと僕の顔を覗き込むと……不思議そうな顔で尋ねてくる。

 人懐っこくて可愛らしい顔、それでいて、蠱惑的な雰囲気もあって……

 僕は思わず、ドキッとしてしまうのだった。


「っ――な、何でもないよっ! ちょっと考え事をしてただけ。ただ……嬉しかったんだ。他の皆んなと同じように、魔物に立ち向かって行けるのが……今まで、守ることしか出来なかったから」

『ふぅん、そうなんだ……なら、もっと強くならなきゃね! キミはボクを(たお)したんだから……中途半端な魔物に負けるなんて、許さないからね?』


 ゾクっとするような声で、ギブリールが囁く。

 なんだか可愛いけど、ちょっぴり怖い。

 そんなギブリールに、僕は「あはは……」と返すしかないのだった。


 そんなこんなで、僕はギブリールとイチャイチャ(?)していたのだが……


 じーっ。

 そんな僕に対し、リゼが無言でじっと視線を向けていた。

 リゼは全くの無表情で、ジト目で僕の方を見つめている。

 僕……いや、この視線は間違いない、リゼにはギブリールが見えているのではないだろうか……!?


「ひょっとして……リゼにはギブリールのことが見えてるのかな……?」

『うーん……今のボクは"チャンネル"が繋がってるトーヤくんにしか見えないハズ、なんだけど……』


 じーっ。

 リゼはなおも、ギブリールのことを見つめる……。


 しかしちょうどその時、ガチャン、とドアの開く音がした。

 馬車の方を見る。ドアを開けて、スィーファさんが降りてくるのが見えた。


「おおっ……ウチの『ウサちゃん号』、傷一つ付いてないっ……!」


 スィーファさんは馬車から降りるや否や、虎の子の馬車に駆け寄ると、感動した様子で声を上げる。

 よっぽど嬉しかったのだろう。頬をスリスリと馬車の車体に擦り付けて、大喜びの様子。

 しかし、ウサちゃん号……この馬車って、そんな名前だったんだ……。

 ウサギというより、このゴツさなら……むしろ、ゴリラに似ているような気がするんだけど……。


「ううっ、お馬ちゃんたちも、無事やったんやなぁ」


 そしてスィーファさんは、今度は馬に駆け寄る。

 スィーファさんの声掛けに、ヒヒーンと、馬も元気そうにスィーファさんに応えるのだった。

 しかし、このスィーファさんの喜び様……ここまで喜んでくれると、僕たちも戦った甲斐があるというものだ。


「あんな沢山の魔物に襲われて……傷一つないなんて、奇跡やっ……! ウチ、あんたらのこと、一生応援するでっ! ほんまありがとなっ!」


 そしてスィーファさんは僕たちの手を取ると、感激したようにブンブンと握手をして回る。


 本当は、僕たちに巻き込まれただけなのに……僕たちにここまで感謝をしてくれる、スィーファさん。

 今まで色々仕事をしてきて、僕はこんな人を見たことがなかった。大抵こういう時は、「お前たちのせいで魔物に襲われたんだろうがっ、守るのは当然だろう!」なんて言われるのがオチだった。


 こんな人がいい人、初めて見た……

 スィーファさんって、本当に良い人なんだな……

 

 ――と、そんな風に、しみじみと謎に感動していた僕だったが。


 スィーファさんに続いて、ユリティアさんが馬車から降りてくる。

 ユリティアさんは、馬車から降り立つと、ぐるりと僕たちのことを見回す。

 そして、笑顔で言うのだった。


「お見事な戦い振りでした、流石は救世の勇者さまですわ♪ 想定外の出来事に対しても、冷静に対処する、その姿……しかと見届けさせていただきました。今の戦いぶりを聞けば、きっと王宮のお歴々の皆さまもお喜びになることでしょう。……それでは、ひとまず休憩なさることにしましょうか。馬車に、淹れたての紅茶とお菓子をご用意いたしましたわ♪」


 そしてユリティアさんは、優雅に一礼する。

 まさに、出来るメイド……この短時間で、戦い終えた僕たちに、紅茶とお菓子を用意するとは……

 ユリティアさんも、少し怪しい所もあるけど……ここまでされると、メイドとしての仕事ぶりは一流と認めざるを得ない。


 そして――馬車に戻ろうとする僕だったが、森の奥に何かを見つける。

 む、あれは……木の陰にちらちらと見える()()。すこし、気になるな……。

 僕は【縮地】を発動、俊足を飛ばし、その痕跡の前までやって来た。


『……あれ、トーヤくん、何を探しているの?』


 あとから追いついて来たギブリールが、屈んで地面をいじっている僕に対して、不思議そうに訊ねて来る。


 トーヤが見つけた痕跡。それは――()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは『魔寄せの香』と呼ばれる、魔物を惹きつけるお香……。

 その、燃えカスだった。


 間違いない。ここで誰かが、魔寄せの煙を焚いたんだ。 

 何のために? そんなこと、決まってる。


 ――何者かが、魔物をおびき寄せたんだ。僕たちを、『暗殺』するために……。

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