02.「そして進路は、魔の森《イービルウッズ》へ」
……というわけで。
こんなことがあったお陰で、僕はユリティアさんのことを、全く『いい人』だとは思えなかったのだけれど――。
まあ、リゼがそう思うんだったら……水を差す必要はないか。
流石にユリティアさんも、リゼの前で本性を出すようなヘマはしないだろうし。
しかし、そんなことより……。
ユリティアさんについての思案を早々に切り上げると、僕は不審に思いながら、窓の外に目へと向ける。
窓の外に見える風景は、さっきからほとんど変わっていなかった。
広がる湖、林、丘、山脈、そして草原……。
馬車は相変わらず、丘陵地帯を北上中だった。
元々地理に疎い僕だけれども……シドアニア王国内の地理だけは、きちんと学院の勉強で頭の中に叩き込んである。
確か、この先にあるのは……。
王国有数の魔物群生地帯――通称、『魔の森』ではなかったか。
……これは、かなり危険を伴うルート選択と言わざるを得ないな。
確かに単純に距離だけを考えれば、『魔の森』を通り抜けるのが最短経路ではあるのだが……しかし経路選択においては、道中の安全面や、掛かるコストの問題も考慮しなければならない。
そう考えた時、『魔の森』は決して良い選択肢とは言えなくなる。
山脈の東を迂回するのが正規のルートで、実際僕たちが学院に入学した時も、そっちのルートを利用したハズだ。
――少し、キナ臭くなってきたな……。
僕の暗殺者としての嗅覚が、微かな違和感を嗅ぎつける。
そして馬車は依然、林の中を走り続けるのだった……。
◇
そしてトーヤ達三人が、何だかんだ馬車の中で仲良く昼食を楽しんでいた頃――
御者席の方では、この先の進路についてちょっとした諍いが起きていた。
会話の主は二人。
一人は王都からリゼの元へ遣わされた、侍女のユリティア。
そしてもう一人は……御者台の上にちょこんと座る、フサフサした"ケモノ耳"がトレードマークの獣人族の少女。
――御者の、スィーファである。
丈の短い革のズボンに上はノースリーブという、かなりラフな軽装。
そして尻尾をぴょこぴょこさせながら、御者台の上から馬の手綱を握っている。
――生い茂る大木。薄暗い小道。
彼女は不安げに、遠目に見える森の入り口を見つめていた。
「……なあ、ほんまにあそこに行くんか?」
そう言うスィーファは、何やらビクビクと怯えている様子だった。
その証にスィーファのケモ耳が、ピクピクと震えている。
それもそのはず、『魔の森』は彼ら獣人族の間でも、決して近づくべからずと言い伝えられ、畏怖の対象として恐れられていたのだから……。
「いやまあ……確かにウチみたいな"ケモノちゃん"が救世の勇者サマを運ぶ役を仰せつかるなんて、光栄なことやとは思ってるんやけどさ……! やっぱ怖いわっ、今からでも別の道を行けへんかなぁ~!」
「……王都からの指示ですので。受けられないようでしたら、違約金を頂くことになりますが……」
ギロリ。ユリティアの冷たい視線が、スィーファに容赦なく突き刺さる。
そんなメイドの姿に、スィーファはちょっぴりチビリそうになるのだった。
この人、怖いわぁ……別に、そんな目で見なくてもええやん!?
違約金、払えばええんやろ、払えばっ!
そしてスィーファは、差し出された契約書から、金額を数え始める。
一、十、百、千、万……って、まだ続くんか!?
……あかんわ、ウチにそんな金、あるわけないやんっ! ただでさえこの『鉄壁ウサちゃん号』の維持費に四苦八苦してるっていうのに……。
そもそも、向こうのやり口が汚いわっ。後出しで条件を追加するなんて、そんなの詐欺やんっ。
向こうも絶対、確信犯やな……! 『魔の森』を通るなんて聞かされたてたら、だーれもこんな仕事受けへんやろうし……。
つまり、ウチは嵌められたっちゅうわけや……!
「ああもう、分かったわっ! 行けばええんやろっ!」
どうせ違約金なんか払えへん。払えへんかったら、良くて奴隷堕ちやっ。そんななるんやったら……ええやん、やったろうやないかっ!
どうせ、乗り掛かった船や。ウチがそんじょそこらの"ケモノ"やないってとこ、見せてやろうやないの!
見とれや、ウチの"ケモちゃん魂"をっ!
そして、スィーファは半分ヤケになりながらも、意を決して馬の手綱を引く。
ヒヒーンという馬の嘶きと共に、馬車は『魔の森』へ向かうのだった……。




