16.「闘いを終えて。小悪魔な後輩暗殺者。そして下される【暗殺指令】」
カルネアデス会館から南西の方角、鬱蒼とした林の中――
そこでは人知れず、二人の暗殺者による命のやり取りが繰り広げられていた。
僕は木の陰に隠れて、息を潜める。
暗殺者同士の戦い――それは互いが狩人でもあり、獲物でもあった。
闇に身を潜めながら、静かに気配を絶ち、相手の気配を探る。
相手を見つけ出した方が、先に仕掛ける権利を得る。
そして二人の剣戟が交差する度に、薄暗い林の中に火花が散っていった。
とりあえず、皆がいるカルネアデス会館から引き離すことには成功した。
――あとは、コイツを仕留めるだけだ。
しかしそれにしても……この黒ずくめの暗殺者、中々尻尾を出してこない。
あの複数の気配。あれは"気"を練って作り出した、幻のようなものだ。
それを上手く利用して、位置を絞らせないよう立ち回るこの戦闘スタイル……。
なんだか、どこかで見覚えがある……けど、考えている暇はないか。
背後から飛んでくる苦無を切り払いながら、僕は神経を研ぎ澄まし、周囲に感覚を張り巡らせる。探るのは敵の気配だ。
アレも、アレも、アレも、アレも……。全て"気"で作り出した幻の気配――!
――本体は……あそこだ!
そしてすぐさま、苦無が飛んできた方向とは正反対の、前方を見据える。
殆ど気づかないレベルではあるが、あそこだけ、ほんの僅かに闇が濃かった。
上手く隠れたつもりだろうけど――僕には視える!
僕は【縮地】を発動。瞬間的に最高速へ加速する。
そして僕は一気に距離を詰め――その勢いのまま、刺突を繰り出すっ!
会心の一撃。届いたっ……が、その一撃は、惜しくも仮面に阻まれる。
――パリンッ! 仮面の砕ける音。そして、仮面の下の素顔が露わになった。
「くっ、私の隠密を見破るなんて……どうやら、腕は鈍っていないようですね」
黒装束の暗殺者はそう言って、フードを外す。
そこにあったのは、僕にとって、凄く見覚えのある顔だった。
漆のように艶やかな黒髪のおかっぱに、対照的な雪のように白い肌をした、中性的な美少年の姿。
僕を襲った暗殺者の正体――
それは、アサシンズギルドのかつての仲間、『燕』だったのである。
「降参です、センパイ。煮るなり焼くなり好きにして――と言いたいところですが、その前に、私の仕事を終わらせてしまいますね」
燕はそう言って、短剣を懐に収める。
相変わらず、少女と間違えそうになる声と容貌だった。
「くすくすっ、それにしても、影から人を殺める暗殺者が勇者になりたいなんて、お笑いですね」
「……それくらい、承知の上だよ。それで、『仕事』って? 燕は僕を殺しに来たんじゃないの?」
「まさかぁ、こんなの、ただのお遊びじゃないですか~。今回私がやって来たのは暗殺者としてじゃなく、伝令係として、ですよ?」
「えっと……だったら別に戦う必要、なかったんじゃないかな……?」
「最初はそのつもりだったんですけど、センパイの姿を見たら、つい疼いちゃいまして……勇者仕事にかまけてないでちゃんと暗殺者してるかどうか、試したくなっちゃいました」
燕はそう言って、てへっと笑う。
いや、てへっ、じゃないんだけど……。戯れで殺されかける身にもなって欲しいよ、全く……と、僕は内心独り言ちる。
けれど、燕にとってはこれが常識なのだ。生まれたその瞬間から暗殺者として育てられた燕は、人として一般的な情緒や常識が欠落していた。
殺し合いこそ、最高のコミュニケーション――傍目から見れば歪みきっているようなそんな認識も、燕にとっては真実なのだ。
そして――そんな燕になぜか懐かれてしまった僕は、アサシンズギルドにいた頃から、事あるごとに殺されかけてきたのだった。
本人は悪気なく殺ってくるのだから、なおさら質が悪いというもの。
「それで、今回の伝令ですけど……ざっくり言うと、暗殺の指令ですね」
「ちょっと待ってくれ、僕はギルドを抜けたはず――」
「それそれ、それなんですよ! センパイが抜けて、コッチは火の車なんです。この仕事だって、元々センパイがギルドを辞めなければ、センパイに回ってくるハズだったものですし……もし引き受けて貰えないなら、ギルドに戻って貰うことになりますけど。私としては、そっちの方が大歓迎かなぁ~」
「ハイ、謹んで、受けさせて貰います……」
「うんうん、物分かりが良いセンパイで、私も嬉しいですっ♪」
燕はそう言って、ニッコリと笑顔を浮かべる。
……悪い笑顔だ。こっちは無理を言ってギルドを抜けさせて貰った手前、手伝わない訳にはいかない。燕はそれを分かって、僕に厄介な仕事を押し付けようという魂胆なのだろう。
僕は内心溜息をつきながら、燕から仕事の内容について説明を受けることにしたのだった。
燕は僕に近づくと、小さく耳打ちする。
「単刀直入に言いますね。今回先輩に殺ってもらう標的は、…………です」
――そしてその一言に、僕は驚愕するのだった。
◇
そして、その後。僕は燕から詳しい説明を聞いていたのだが――
これは、厄介なヤマに巻き込まれたな……と若干の後悔を胸に、僕は淡々と、燕の説明に耳を傾ける。
今までの暗殺稼業で、僕は一度として、仕事を選り好みしたことはなかった。
それは自分を拾ってくれた"ルキフルさん"への恩返しでもあったし――そして何より、自分の力に自信があったからだ。
しかし、そんな僕でさえ――燕の説明を受けていくうちに、徐々に不安になっていく。果たしてこの仕事、僕にやれるのだろうか……と。
そして――全ての説明が終わって、別れ際。
何故か僕は、燕から期待のまなざしを向けられていた。
……。
一体、何のつもりなのだろう……?
僕は厄介な仕事を押し付けられたんだ。これで十分だろう?
燕だって、厄介な仕事を片付けられて、大大大満足なはず……。
これ以上、一体何を僕に期待するって言うんだ……!
嫌な予感が頭をよぎる、僕だったが……
どうやらそれも、杞憂のようだ。
先ほどまで真面目に話していた燕は、一転して、突然僕に対して思わせぶりな態度で科を作ってくる。
「私に勝った御褒美に……ほら、好きにして、良いですよ?」
そう言って燕は、はだけさせた服の隙間から、純白の肌を晒して誘惑してくる。
確かにそう言えば、そんなことも言ってたっけ……!
わざとらしいほどの上目遣いも、燕ぐらいの美人だと様になっていた。
その姿は、まさに淫靡と言う他ない。
けど、いくら美人とは言っても、その、ついてるんだよな……。
いやいや、仮に燕が女の子だったとしても、別にこの場で何かを致す気はないんだけれども……。
「……いや、遠慮しておくよ」
「えー、センパイ相手のいけずー」
僕がそう言ってきっぱりと断ると、燕は不満げに唇を尖らせる。
まるで小悪魔だな……。しかし僕は、そんな燕に絆されることはない。
確かに、傍から見れば、可愛らしい女の子に違いない。……けれどそこにあるのは、"偽りの好意"だけだ。燕を構成する物、その全ては造り物にすぎない。
殺意すらも……。
そして燕は、僕に手を振って別れを告げるのだった。
「それじゃあセンパイ、けじめは、自分の手で付けてくださいね」
そんな思わせ振りな言葉を残して、燕は林の奥の暗闇へと消えたのだった……。




