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どうやら勇者の中に一人、暗殺者が紛れ込んでいるようです。  作者: 桜川ろに
第2章 ゼロから始まる【英雄暗殺】
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15.「月夜の影法師。そして始まる、暗殺者同士の闘い」

 ……そして僕は一人、カルネアデス会館の薄暗い廊下を歩いていた。


 古めかしい洋館特有の、広く長い廊下には、人っ子一人いない。

 華やかなパーティ会場から打って変わって、シンと静まり返っていた。

 

 立ち並ぶ大窓からは、薄カーテン越しに月の光が差し込んでいる。

 そして遠く壁越しに、会場の賑やかな喧騒が小さく聞こえてくるのだった。


 ……この先に、ヤツがいる。


 その痕跡は同類である僕だけに分かるように、巧妙に隠されていた。

 まるで僕を誘い出そうとしているかのように……。


 これは、僕への挑戦状だろうか?

 そうでもなければ、こんな挑発的な行動を取るはずがない。

 そういうことなら――いいさ、だったら僕も、誘いに乗ってやる。


 僕は極限まで気配を消すと、"影"となって隠密態勢に移行する。


 何より、学院の皆を巻き込みたくない。

 リゼも、そして、みんなも……。

 ここから向こうのパーティ会場まで、ヤツを通させる訳にはいかないのだ。


 ――しかし、なぜ暗殺者が、このタイミングで……?

 暗殺者が出てくるということは、それ相応の理由があるはずなのだ。


 暗殺は……"ビジネス"だ。どう取り繕っても、その事実は変わらない。

 利がなければ、暗殺者は動かない。

 リスクと見合う報酬があって、初めて"ビジネス"が成立するのだ。


 標的は――僕か、それとも、リゼか?

 僕を恨む相手なんて、心当たりがあり過ぎて、絞り切れないな……。


 しかし誰が相手にしろ、とんでもない暗殺者を雇ってきたものだ。

 この学院に、容易く忍び込むようなヤツだ。相当の手練れと考えていいだろう。


 その分、報酬は跳ね上がるはずなんだけれども……。

 一体、誰なんだ? そんな、凄腕の暗殺者を送り込んできた人間って……。


 とりあえず誰が相手にしろ、油断は禁物。気を引き締めて掛からないと……。



 そして僕は、カルネアデス会館の玄関ホールにたどり着いた。


 ……こっちだ。暗殺者としての嗅覚が、僅かに香る血の匂いを嗅ぎ分けていた。

 人気(ひとけ)のない閑散とした会館の入り口を抜け、僕は正面の大扉から外に出る。


 そこはカルネアデス会館の前に広がる、円形の広場だった。


 ――肌が、ひやりとした外気に触れる。


 ――月夜の晩。月明かりが照らす夜に、黒装束の人物が待ち受けていた。


「…………」


 僕が目の前に現れたにも関わらず、その人物は無言を貫いている。


 ――その姿は、まさに"影法師"。

 小柄で細身。頭巾を頭から被り、白い仮面で顔を隠している。

 そして何より、存在感が希薄だった。


 存在そのものが曖昧というか、確かに目の前にいるはずなのに、ふとしたきっかけで直ぐに見失ってしまいそうな……。


 超級の隠密術と言わざるを得ない。

 そしてその佇まいには、一分の隙も見当たらなかった。

 間違いない――彼は、一流の暗殺者だ!


 僕は警戒心を強める。しかし一瞬、暗殺者がフッと笑ったような気がした。

 そしてその刹那、暗殺者の姿が消える。これは――【縮地】!?


 迫りくる白刃。くっ、間に合えっ……!


 ――キンッッッ!!


 僕はすんでの所で【盾】を展開し、暗殺者の黒塗りの短剣(ダガー)の一撃を、辛うじて防ぐ。


 恐ろしい一撃だった……。唸るような剣戟(けんげき)。そして何より、あの【縮地】……!

 見事な【縮地】だった。【縮地】の使い手なんて、そういないはずなのに。

 少しでも反応が遅ければ、僕も危ないところだった……。


 だが、これでハッキリした。間違いなく、コイツは僕の"敵"――!

 僕は【盾】で敵の刃を押さえ込みながら、暗殺者に向けて宣言する。


「どこの誰かは知らないけれど……今度は、こちらから行かせてもらいますっ!」


 そして僕は、右手で腰に下げた護身用の"慈悲の短剣(スティレット)"を抜く。


 苦痛を与えず、"慈悲の死"を与えることからそう名付けられたその短剣で――

 僕は暗殺者の懐に踏み込み、勢いよく刺突するっ!


 悪いけどこの命、タダでくれてやるわけにはいかないんで――ねっ!


 瞬時に反撃に転じた僕だったが……右手に、手応えはない。

 外したか……それにしても、まるで(かすみ)でも斬ったかのような感覚だっ……!


「ふふっ、相変わらず(・・・・・)、甘いですね……!」


 暗殺者は何やら呟くと、仮面の下で口角を吊り上げる。

 そして後ろに跳ぶと、まるで蜃気楼のように姿を消したのだった。


 ――そして同時に現れる、複数の気配。


 なるほど……。死角を狙って、仕掛けてくるつもりって訳か……! 

 上等、それなら暗殺者同士の根比べといこうじゃないか……!


 僕は気配を追いかけて、闇の中へ。

 そうしてここに、暗殺者同士の闘いの幕が、切って落とされたのだった――。

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