07.「学院長室にて。呼び出された先にいたのは、褐色ロリ(?)ダークエルフでした」
学院長室に呼び出された僕たちは、そこで、一人の"幼女"と出会った――
腰まで伸びた、幻想的な銀色の髪。
褐色の肌をした、幼げな中に、暦年の聡明さを感じさせる顔立ち。
そして子供染みた見た目に不釣り合いな、老眼鏡。
彼女こそが、このカルネアデス王立異能学院の長、『ジル・ニトラ』である。
僕たちは学院長室の真ん中で、ジル・ニトラ学院長と対面していた。
小柄な体に特注の真紅のローブに身を包み、彼女は老獪な笑みを浮かべている。
「っ……!」
僕はすぐさま、警戒度をMAXに引き上げる。
たった今ニトラ学院長が口にした、『盾つかい』という言葉……!
それは間違いなく、僕の暗殺者時代の異名だ。なぜそれを、知っている……!?
この学院に入学するにあたって、僕は細心の注意を払って、経歴を抹消した。
当然だ。勇者を目指すにあたって、暗殺者という経歴は汚点になりかねない。
僕が存在したという足跡は、裏社会のどこを探しても見つからないハズだった。
……白を切るか。
向こうだって、確証を持って言っている訳じゃないはずだ。
カマを掛けているに決まっている。ここで反応すれば、向こうの思う壺。
だから僕は、敢えて聞かなかった振りをする。
「……トーヤ・アーモンドです。初めまして、ジル・ニトラ学院長先生」
そう言って僕は、ニッコリと笑顔を作る。
自然に、そして、さり気なく。
いわゆる、"年上殺しの笑顔"――暗殺者の、擬態の極致である……!
しかし――
「ほほう、敢えて白を切るか。お主も中々、食わせ者のようじゃのう」
二トラ学院長はそう言って、どこか嬉しそうにカカッと笑う。
僕の営業スマイルが、全く通用しない、だと……!?
なるほど、流石は長寿のダークエルフ。僕の演技も、赤子の学芸会という訳か。
そしてニトラ学院長は、なおも追撃してくる。
「裏社会に彗星の如く現れた、"異能殺しの暗殺者"。しかしその彼も、この一年姿を見せておらぬ様子。そして――お主がこの学院に入学したのも一年前。……クックック、これは偶然かのう?」
「人違いですよ」
「くく、とぼけおって」
二トラ学院長は、そう言って愉快げに微笑う。
彼女が僕の正体について、どこまで確証を掴めているのかは解らないが……少なくとも、ただのハッタリではなさそうだ。
細心の注意を払ったつもりでも、どこかに見えない痕跡が隠れている、か。
――僕も、まだまだ未熟だな。
そしてニトラ学院長は言う。
「ま、儂に過去を詮索する趣味はない。重要なのは、過去よりも今じゃ。お主はあの塔の頂上へ登り、勇者の資格を得た――それだけのこと。ただ……お主個人については、少々興味があるがの」
そしてニトラ学院長は、ゾクッとするほどの妖艶な笑みを浮かべるのだった。
◇
学院長室の隅に拵えられた、応接の為のスペース。
そこにはいかにも高級そうな革張りのソファーが二組、そして時代を感じさせる焦げ茶色の木のテーブルが置かれていた。
僕とリゼがまず隣合って座り、その向かい側にニトラ学院長とレオが並ぶ。
「滅多に使わぬ場所じゃが、ちゃんと掃除はしてある。……さて、お主らの話を聞かせて貰うとしようかの」
そう言ってニトラ学院長は、ちょこんとソファーに腰かける。
外見だけ見れば、ただのちびっ子にしか見えないんだけど……。
それで、口を開けば古めかしい言葉遣いが飛び出すのだから、違和感がすごい。
とにかく、油断ならない相手だ……。たとえ相手が外見、ただのロリにしか見えなかったとしても……!
しかし、それにしても……僕は向かいに座る、レオとニトラ学院長を交互に見比べる。
確かさっき、レオは学院長のことを、『師匠』って呼んでたっけ。
あのプライドの高いレオが、師匠か……。少し、気になるな。
僕は思い切って、ニトラ学院長に向かって訊ねてみることにした。
「その前に、一つ聞きたいことがあるんですけど……。レオと学院長って、どういう関係なんですか?」
「うん? レオ坊は儂の弟子じゃが」
ニトラ学院長は、「何故そんなことをわざわざ聞くのじゃ?」と言わんばかりに、あっけらかんと答える。
いやまあ、レオが師匠と呼んでいるんだから、そうでしょうけど……。
僕が聞きたいことは、そういうことじゃなくて。
もっと詳しい経緯というかなんというか……。
しかしそんな時、隣に座るレオが説明してくれたのだった。
「師匠は正体を隠して学院を見て回るのが趣味なんだ。まさに、神出鬼没というか……どこにでも現れて、見込みのある生徒を見つけては、お忍びで扱いていく。入学してすぐだったか、私が師匠の毒牙に掛かったのは……」
そして、まるでトラウマを語るかのように、レオが語り始める。
「師匠は突然私の前に現れて、決闘を挑んできたんだ。こんな小さい子供が、この私と決闘? と高を括っていた私は、あっという間にコテンパンにされたよ……。そしていつの間にか私は、弟子にされていた……。師匠は弟子をいじめるのが生きがいみたいなところがあってね。それはもう、大変なスパルタだった……」
「これこれ、人聞きの悪い言い方をするでない」
げっそりとした様子で語るレオを、心外とばかりに小突くニトラ学院長。
そうか、そんなことが……。さすがの僕も、レオに同情する。
いわゆる、鬼教官というヤツだ。しかもそれが、自分の所属する学院の学院長なのだから、逃げ出したくても逃げようがない。
レオも、苦労してたんだな……。
僕も暗殺者時代、散々暗殺者の先輩に扱かれたっけ。
あの頃は、控えめに言って、地獄だった……。
なんだか暗殺者時代の自分を思い出して、レオに親近感を感じてきた。
そしてその後、僕たちに興味津々といった様子のニトラ学院長から、僕たちは色々なことを訊ねられるのだった。
僕たちが答える度に、ニトラ学院長は身を乗り出すように前のめりになって、僕たちの話に興味深そうに耳を傾ける。
「お主の異能は【盾】。それで、どうやって魔物を倒してのけたのじゃ?」
興味津々に訊ねて来るニトラ学院長に、僕は剣一本で倒したことを伝える。
するとニトラ学院長は、目を見開いて驚くのだった。
「な、何と! まさか、純粋な剣術のみで魔物を倒してのけるとは……! クオンの奴が聞けば、飛び上がって喜ぶじゃろうな……!」
「クオンって、あの"名工"クオンですか?」
思いもがけない名前が出てきて、僕は思わず聞き返す。
"名工"クオン――。僕にとっては、ある意味恩人といってもいい人物だった。
僕が使っている"花月"。それも、他でもない"名工"クオン作の逸品である。
その切れ味は、まさしく天下一品。
あの"花月"が無ければ、僕が魔物を倒すなんてこと、不可能だったに違いない。
そして僕の問いに、ニトラ学院長は頷くのだった。
「そうじゃとも。クオンは、儂の旧友よ。奴の夢は、魔物を倒せるような剣を打つこと。それはもう、異様な執着じゃった……。刀剣の素材を求めて、よく旅に付き合わされたものじゃ。最後に便りを聞いたのは、もう十年も前じゃったか。今はどこへいるのやら……」
しみじみとした口調で語る、ニトラ学院長。
しかしそれ以上に、僕は驚いていたのだった。
えっ? この人、もしかして、あの"名工"クオンと面識があるのか……!?
いや、そんなことより、"名工"クオンって、存命だったのか……!
そしてこの、『ジル・ニトラ』という人物。
この人は、一体何者なんだ……?
僕は改めて、目の前のニトラ学院長に対する認識を改めるのだった……。




