04.「剣聖と暗殺者の、勘違いラブコメディ(?)」
ふぅ……これで、一件落着かな。
一触即発の危機を乗り越えて、僕はホッと胸を撫でおろす。
――常に最悪を想定するのが、暗殺者の務め。
大げさに聞こえるかもしれないけど、最悪の場合、人死にも覚悟していた。
どうなることかと思ったけれど、荒事にもならず、穏便に済ませることができて、本当に良かった……。
ちょっとだけ強引だったかもだけれど、でも、これが最善の行動のはず……。
僕はふと、リゼの方を見る。
「…………っ!」
リゼは、火が出るくらい顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いていた。
――そう、僕の胸元で。
……あ。
そういえば、あの時――僕がリゼを抱き寄せてから、そのままだったっけ。
ここでようやく、僕は自分のしでかしたことを理解したのだった。
しまった、やり過ぎた……!
僕の悪い癖だ。暗殺者として培った思考は常に合理的、最善の行動を導き出す。
『暗殺者の洞察眼』――。僕はそれを、そう呼んでいた。
けれども、その合理的、というのが中々に厄介なもので……。
どういうアクションを取れば最も効果が見込めるのかばかり優先されて、そこには人間の感情――その機微というものが、全く考慮されていないのだ。
冷静に考えれば、何も、キスまでする必要はなかったじゃないか……!
でも……あの時は、これが一番効果的だと思ったから、そうしたわけで……!
暗殺者として手段を選ばない考え方が、見事に裏目に出てしまった……。
慌てて僕は、リゼから離れる。
心臓の鼓動が高鳴る。今になって、僕はドキドキしていた。
僕の唇には、ついさっきまで触れていたリゼの柔らかい唇の感触が残っていた。
ひょっとして、僕は、大変なことをしてしまったんじゃ……。
「…………」
「…………」
お互い黙ったまま、しばらく、気まずい時間が流れていた。
リゼは押し黙ったまま、しおらしい様子で、ジッと床を見つめている。
まるで僕の顔が直視できなくて、顔を逸らしているかのよう。
気の強いリゼにしては珍しい、初心な少女の姿がそこにあった。
一方で僕も、どうすればいいか分からず、しどろもどろになっていた。
僕がキザな男だったら、気の利いた台詞の一つでも言えるんだろうけど……
あいにく僕には、"殺し"しかない。
こういう時には、なんて言えばいいんだ……!?
ほんの一秒が、ものすごく長い時間に思えてくる。
この空気は、本当に良くない……!
考えたところで仕方ない。ものの弾みというか、不可抗力だったとはいえ……僕の行動でこうなってしまった以上、この場を収める責任はこの僕にある。
こうなったら、土下座でも何でもして、許してもらうしか……!
「……リゼ」
「……何?」
僕は改めて、リゼに向かって真剣な顔で向き直る。
リゼは、ジッと僕のことを見つめていた。
吸い込まれるようなアメジスト色のリゼの瞳が、僕を見つめる。
雰囲気に飲まれるということは、こういうことを言うのだろう。喉まで出かかっている言葉が、なかなか出て来ない。
ええいっ、男は度胸だ! 失敗した時のことは、後で考えればいいっ!
僕はリゼをまっすぐ見つめ返すと、勇気を出して言った。
「早まった真似をして、本当にごめん……! でも、君のことが大切だったから、どうしても、いてもたってもいられなくて……!」
「っ……!」
しかし、リゼは僕の言葉に、顔を真っ赤にして動揺する。
一方で、予想外の反応に、僕は困惑していた。
どうしたんだろうか。僕は別に、変なことは言ってないはず……。
僕はただ、『友達としてリゼが大切だから、どうしても助けたかった』――と言ったつもり、なんだけど……。
なぜかリゼは、僕の言葉が信じられない様子だった。
僕って、そんなに信用ならない人間なんだろうか……?
「本気で、言ってるの……?」
「別に、冗談なんか言ってないよ。今まで僕は、いろんな人と会って来たけれど……リゼだけは、他の誰とも違う。君は僕にとって、特別なんだ……!」
「っ……!」
僕は本気も大本気で、自分の気持ちをリゼに訴える。
間違いなく、リゼは僕にとって特別な人だった。
何しろリゼは剣聖だし、それに、班からあぶれた僕を拾ってくれた人でもある。
つまり僕にとって、リゼはこれ以上ないほど特別な相手ということで――
しかしやはり、リゼのリアクションは何やら変だった。
視線は泳いでいるし、顔も、まるで火が出るように真っ赤にしている。
……また何か、間違ったのだろうか。
――リゼに嫌われるなんて、絶対に嫌だ。
そして、僕は静かにリゼに訊ねる。
「リゼは、僕のことが嫌い?」
「っ……! そんなことないわ。むしろ……わ、私も、トーヤくんのことが――」
そして、リゼが何か言い掛けた、その時――
「……えー、ゴホンゴホン。そこの二人とも、仲睦まじくラブコメしているところ申し訳ないんだが、私は君達に用があるんだ。……少々、時間を頂けるかな?」
突然聞こえてきた声に、僕はドキリと後ろを振り返る。
そして、そこには――
どうやらずっと、僕たちのことを見ていたのだろう。気まずそうな様子で、まるで見てはいけないものを目撃してしまったかのように、僕たちからやや視線をそらしながら、手を口元に当て、咳払いのポーズを取る――
"貴公子"レオ・アークフォルテが、立っていたのだった。




