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どうやら勇者の中に一人、暗殺者が紛れ込んでいるようです。  作者: 桜川ろに
第2章 ゼロから始まる【英雄暗殺】
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01.「そして、僕の新しい日常が始まる」

 そして、翌日の早朝――。


 習慣とは、やはり恐ろしいもので。

 いつも決まった時間、決まった通りに起きていると、体が覚えてしまう。


 バサッ。

 目覚めた僕は、ベッドの上で体を起こす。

 寝ぼけた眼に映るのは、カーテンの閉め切った、薄暗い、寮の自室だった。


 ……なんだか、すごく懐かしい夢を見ていた気がする。


 僕はふと、横を見る。

 隣のベッドには、リゼが枕を抱きしめながら、すやすやと眠っていた。

 ……そっか。昨日から僕は、リゼと相部屋になったんだっけ。


 昨日のことも、何もかも、夢じゃなかったんだ。

 そして、あの、女神さまの神託のことも……。


 僕はベッドから降りると、くたくたな寝間着を脱ぎ、ベッドの上に放り投げる。

 そして、昨日丸テーブルの上に畳んでおいた学院の制服を手に取ると、ピシッとした学院の制服に着替えるのだった。

 

 そして窓際の椅子に腰かけると、僕は一人、物思いに耽る。

 カーテンの隙間から、かすかな光が差し込み、薄っすらと僕の姿を照らし出す。

 女神さまから授かった神託。それがずっと、頭から離れずにいた。


 僕はずっと、勇者に憧れていた。

 魔王を倒して、セカイを救った勇者の物語。

 いつか僕も、魔王を倒す勇者になるんだ。そう思って、努力を続けてきた。


 それなのに――


 『魔王を守れ(・・・・・)


 それが、女神さまから授けられた神託だった。

 皮肉なものだ。魔王を倒す勇者に憧れていた、はずなのに……

 女神さまから授かった神託が、よりにもよって、『魔王を守れ』だなんて。


 幼い頃からずっと、勇者の物語に慣れ親しんできた僕にとって、魔王とは、打ち倒すべき『最大の敵』だった。


 幾度となく勇者の前に立ちはだかり、勇者を苦しめる。

 最凶の存在、それが魔王だったはずである。


 決して、勇者が守るべき存在なんかじゃないはず。それなのに、どうして……?


 女神さまは、こうも言っていた。


『……世界は今、破滅の危機に瀕しています。そして、その破滅を防ぐためには、魔王の力が必要なのです』


 うーむ。全く、訳が分からない。

 世界を破滅させるのは、魔王じゃないのか?

 そもそも魔王は、初代勇者の手によって、封印されたはず……。


 そのことについて、女神さまに訊ねてみたのだが、答えは返ってこなかった。


『わたし、神託モードに入ると記憶がなくなっちゃうんですよねー。今のわたしと別の人格と入れ替わっちゃう、というか……。二重人格? みたいな?』

『……つまり、神託についても何も分からない、と』

『ですねー。ちなみに、なんて言ってたんですか? わたし』

『そうですね……確か、魔王を守れ、って言ってました。世界の破滅を防ぐために、魔王の力が必要なんだそうです』

『ええーっ!? 世界って、崩壊しちゃうんですか!? これから!?』


 女神さまは、目を丸くして驚いていた。神託を下した本人なのに……。

 結局、女神さまからは、それ以上の情報は得られずじまい。

 魔王の居場所も分からず、それどころか、魔王が復活してるのかすらも不明。

 これで、どうやって魔王を守れって言うんだ……。


「はぁ……考えても仕方がない、か」


 結局僕はいつも通り、朝の鍛錬を始める。

 悩んだところで、答えが見つかるわけでもないし。だったらその時間を、体を鍛えるために使った方が、よっぽど有意義というものだ。


「三百九十一っ、三百九十二っ、三百九十三っ……」


 リゼを起こさないように、数える声もボリュームを下げつつ。

 僕は腕立てと腹筋、五百回をこなしていく。

 なんだか最近、この朝の鍛錬も、物足りなくなってきた気がする。

 そろそろもう一段階、ノルマを増やしてみてもいいかもしれないな……。


 腕立てと腹筋のノルマを終えた僕は、静かにドアノブに手を掛ける。

 さて、一走りしに行くとしようか。そして僕は寮を出ると、東の空から明け白んだ朝焼け空の下、ランニングを始めるのだった。



  ◇



「んっ……」


 リゼはベッドの上で、しばらくもぞもぞしていたが……やがて重い(まぶた)をゆっくりと開くと、布団を押しのけて体を起こした。


 部屋の中は薄暗い。どうやら、朝早くに目覚めてしまったらしい。

 まだ、眠い。二度寝、するかな……。でも、その前に。

 喉が渇いていたリゼは、ベッドの脇の小テーブルの水差しに手を伸ばす。


 えっと、こっちが私のグラスだっけ……。どっちでもいいや。

 ぼんやりとした頭で、リゼは手近なグラスを手に取ると、そこに水を注ぎ、ごくっごくっと水を飲む。


 ふと、隣のベッドを見ると、そこにはトーヤの姿はなく、代わりに脱ぎ捨てられた寝間着が無造作に置かれていた。

 どうやら私より先に起きて、どこかに出かけてしまったようだ。


 トーヤくんって、ずいぶん早起きなのね……。


 私も別に、寝坊助ってわけじゃ、ないはずなんだけど。

 ……早朝の用事? こんなに朝早く起きて、一体何をしてるんだろうか。


 私は寝間着姿のまま、窓際まで移動し、カーテンを開いた。

 そして、窓ガラスに手を掛けると、そこから、外の様子を見下ろす。


 外はまだ、薄暗い。しかしそんな窓の外に、リゼは一人、人影を見つける。

 そして、そこには――。

 トーヤが、寮の建物を出て、走りに行く様子がはっきりと見えたのだった。

 


  ◇



「はぁ、はぁ、はぁ……」


 学院の敷地をぐるりと周回する、いつものランニングルートを僕は走っていた。

 今日は、いつにも増して呼吸が荒くなっている。それもそのはず、今日は普段の五周に加えて、三周も余計に走っているのだから。


 しかもペースを落とすどころか、普段の三割増しのスピードで僕は走っていた。

 それでいて、苦しさよりも心地よさを感じているという……。

 体が軽い。なんだか、もっと速く走れる気がする。


 僕はふと、上を見上げた。

 視線の先、木々の梢の向こうに、巨大な〈カルネアデスの塔〉の姿が見える。


 もしかしたら。

 僕はあの塔を登り切ったおかげで、また一つ成長できたのかもしれないな。

 一つ壁を乗り越えた、というか。一皮むけた、というような……。



 そして僕は、朝の鍛錬のメニューを全て終えて、寮の前までやってきた。

 前庭を走り抜けて、寮の入り口の扉が見えてくると、僕は走る足を緩める。

 ようやく、ゴールに到着だ。


「ふぅ……ちょっと、張り切り過ぎちゃったかな」


 僕は呼吸を整えると、タオルで汗を拭き、寮の中へ入る。

 それにしても、喉が渇いたな。早く部屋に戻って、水でも飲もう。

 そう思った僕だったのだが……。


「……はい、これ」 


 無人のエントランスホールに一人、リゼが立っていた。

 初めて見る、制服姿のリゼ。

 ……可愛い。こうして見ると、リゼも普通の女の子なんだなって、実感する。

 そしてリゼから、水筒が手渡される。

 これは、僕の水筒だ……。『塔』に挑戦するときに、携行する用の物。


「ありがとう、リゼ! わざわざ持ってきてくれたんだね」


 僕がお礼を言うと、リゼは照れくさそうに視線を逸らす。


「別に、お礼なんか要らないわ。それより、早く汗を流してきて」

「……?」

「……朝ご飯。お腹が、空いたから」


 ……なるほど。言われてみれば確かに、僕もお腹が空いてきた気がする。


 いくら女神さまの家で、お菓子を沢山食べたとはいえ、お菓子はお菓子。

 そろそろ普通の食事が食べたくなった頃、というわけだ。


 そう言うことなら、早く部屋に戻ってシャワーを浴びることにしよう。


 僕は急いで部屋に戻ると、浴室で汗を洗い流し。

 大急ぎで着替えて、エントランスホールで待つ、リゼの元へ。


 そして寮を出ると、リゼを連れて、二人で食堂へと向かったのだった。

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