14.「師弟再会。そして、ヴァルハラへようこそ。」
* * * * * *
「フ……これデ一件落着という奴ダナ」
まるで死体のように地に伏していた『道化』が、突然軽い身のこなしで垂直に起き上がる。
それはまさにケロリとした様子だった。ぐるりと辺りを見回すと、やがて彼はトーヤたちへと視線を向ける。
――『暗殺少年』が、『幼き英雄』を道路の上に押し倒す。
『道化』は何が起こったのか一瞬で理解した。衝突が不可避となった瞬間、咄嗟の判断で少女を庇ったのだろう。その結果、二人は折り重なるようにして密着したのだ。
――ナルホド、原因はあの『不可視の存在』だナ……。
「『若き化ケ物たち』ノじゃれ合イ――カ。そういえばワタシにモ有ったナ。懐かしイ……」
――凸凹になった大通りの真ん中で、若い少年少女たちが『青春の一幕』を繰り広げる。
そして『道化』はボソリと呟く。まるで『ここに居ない誰か』へと問いかけるかのように……。
「――ナア、『アの世』って一体ドんな場所なんダ?」
◇
(……ふぅ、大変な目に遭った……)
僕はとりあえず一息つくと、少女たちの輪から離れ単独行動を始める。
――スィーファさんには囃し立てられ。
――ユリティアさんからは"冷たい視線"を受け。
一応僕も思春期だから『そういう反応』をされれば心が痛む。本当に、ちょっぴりだけど。
……でも。
人を殺しても心が痛まなかったあの頃と比べれば、ずっと人間らしい。
そして僕は、師匠を呼び止める。
――神出鬼没の『王都の道化師』シドくん。しかして、その正体は。
僕の師匠にして『稀代の鏖殺者』、ラミャ・アジダハーカであった。
「久しぶりですね、師匠。てっきり、どこか戦場にいるものだと……」
「ボスが王都に来ていてネ? その付き添いという訳ダ」
いつぶりかといえば、僕が『ギルド』を抜けて以来の師匠との会話。僕は懐かしさと共に申し訳なさも感じていた。その気配を察したのだろう、師匠が口を開く。
「フ……トーヤ、ソれはオ前が気にすることではナイ。ボスにとって、そノ選択もまタ想定内だというコとサ」
懐かしい、師匠の先読みだった。『ギルド』を抜けたことを申し訳なく思っていたその刹那、僕は師匠に頭をポンポンと叩かれていた。
「……近々王都も戦場になル。君の立ち振る舞い次第でネ」
――そして、師匠は微笑う。
「ワタシとしては……どちらもマタ良し、だがネ」
ただそれだけ言い残して、師匠は王都の町へと姿を消したのだった……。
◇
……ここで一度、僕の師匠のことを話しておこうと思う。
本名はラミャ・アジダハーカ。
元々は神造ダンジョンの一つを守護、管理する『ダンジョン案内人』の一族の出身だった。
師匠の『気』を読む力も、元はその一族の特殊技能だったのだけれど――その中でも師匠は、超の付く天才を自称している。
……師匠は一族の『忌み子』だったそうだ。
一言でいえば、その一族の『突然変異体』。
師匠は特異体質で、無尽蔵の『気』を蓄えている。その要因は彼の"陰陽同体の肉体"にあった。
陰陽同体の肉体――単刀直入にいえば、男でもあり女でもある肉体のことである。
陽でもあり、陰でもある。それが故に、師匠の体内には『気の永久機関』が発生していた。
……『その時』のことを、僕は一度師匠から聞いたことがある。師匠はただ一言、「力を試さズには居らレなかっタだけサ」とサバサバと答えていた。
案内人として同行した、勇者一行の全滅。
そして師匠一人の、無傷での帰還。
――ラミャ・アジダハーカは『悪竜』である。その悪性は、いずれ一族に滅びを齎すであろう……。
……程なくして、師匠は一族を追放された。そして今は『アサシンズ・ギルド』に所属している。
師匠が求めるのは、ただ一つ。
彼に相応しい戦場、そして『死と一体となる瞬間』だった――。
◇
そして僕は今、目の前の王城を見上げていた。僕の隣にはリゼとエレナ、そしてギブリールがいる。
――その姿はまるで、神々の居城の如く。アルビオンもそうだけど、どうしても僕はこれが人が生み出した物とは思えない。
その姿は壮大にして、盤石。
かつての大戦でも、魔王は遂にこの王城を堕とすことは出来なかった。……けれど。
――近々王都も戦場になル。
……なんだろう。あまり良い予感はしない。師匠が言う場合の戦場は、生半可なものではないことを僕は知っている。
……僕の選択次第で、か。
そして僕は先程の師匠の言葉を噛み締めながら、王城の中へと入るのだった……。