12.「彼岸なる幻影――『ラミャ・アジダハーカ』」
!?
……それはまさに一瞬の出来事だった。
その刹那、互いの矛を激突させようとしていた黒と白。その狭間に――突如として、一人の人影が割って入ったのである。
「フ……そろソろ『おイタの時間』ダ」
そう言って二人の戦いを止めるべく、両の掌を二人に向けて突き出す。そこに顕われたのは――まるで「この二人ならこの掌二つあれば十分だ」と言わんばかりの余裕ぶりだった。
その佇まいには『圧倒的強者』の風格が漂う。そして感じる、この僕が目眩がする程の"気"の濃度――!
――ま、マズい。まさかここで、師匠の本気を出すつもりなのかっ……!?
……と思ったのも、束の間。
「……邪魔」「――邪魔ッ!」
どうやらリゼとカタリナは、師匠を『共通の敵』と判断したらしく――二人はまるで息ぴったりのタイミングで、乱入者に向かって肘鉄を繰り出したのだった。
(……あー、これは痛い……)
それは「メリっ……」と音が聞こえそうなぐらいの『良い物』が、腹部に同時に二撃。そこは人体の急所の一つ、見事に鳩尾に命中していた。
……が、その程度でうちの師匠がダメージを受けるハズもなく。
「――ぐ、グワああァっ」
師匠はそのまま、勢いよく後方に吹き飛ばされていた。棒過ぎる叫びと共に。
……な、なるほど、そう来たか。いやまあ、この場を穏便に収めるには、それが一番ではあるだろうけれど……とりあえず僕は、師匠が本気を出さなかったことに安堵する。
いや、そんなことより……
(な、何なんですか、その棒気味のやられ声はっ)
元々『話し言葉』がたどたどしい分、演技はからっきしだったけど(……そのせいで潜入任務がろくにできず、"鏖殺"専門だった)、それにしてもあんまりな『棒演技』である。
……ただ、少なくとも「二人の戦いを止める」という目的に関しては達成することができたようだ。
「……や、やり過ぎたかしら」
「…………」
二人とも、突然の乱入者に頭がクールダウンしたのだろう。カタリナは焦った様子、リゼは疑わしい物を見るかのような目で師匠を見つめていた。
(……不思議だわ。まるで雲を突いたかのように手応えが無かった。それに、あの一瞬……『桁違いの殺気』を感じた気がする……)
「ううっ、つい、結構本気で殴っちゃったんだけど……あれ、生きてるわよねっ?」
「……心配いらないわ。多分、普通の人間じゃないから」
オドオドと心配するカタリナに対し、リゼは一見して淡々とした態度で答える。
そして――二人の戦いは中断されたのだった。
◇
――そして一方、僕の師匠はと言えば。
「……うーム、中々の味だっタ……」
バッタリと地に伏せながら、そう満足げに呟くのだった。
"死線中毒者"の師匠にとっては、これもまた『ご褒美』に過ぎない……きっと、"最高のスリル"を感じることが出来たことだろう。
……そして今更ながら道化の格好だが、これも意外とサマになっていた。足の長い長身は、成人男性の平均を優に超えているし、その身のこなしは言わずもがなだ(今は地面に伸びているが)。
束ねた長髪は解けて地面に散らばり、白銀の仮面が神秘的魅力を醸し出している。
そして――奇術師の衣装の下に隠された、丹念に練り上げられた筋肉。その上に折り重なるように蓄えられた脂肪。特に胸の辺りの膨らみの主張が、青年男子には目に毒だろう……。
……しかし、それにしても。
それはもう、見ている僕も気持ち良いぐらいに吹き飛ばされた師匠だったけれど――よくよく見てみると、一切のダメージを受けていないことが分かる。
……気功術による防御、そして受け身が完全に間に合っている。まさしく『受け流し』の極致である。こんなことが出来る人間は、この国には一人しかいないと断言できる。
「む……何やら突然割って入ってきたが、一体何だったんだ……?」
僕の隣で、すらっとした男装姿のエレナが訝しげに首を傾げる。そんな彼女に、僕は申し訳なさげに答えるのだった。
「……すいません、あれ、僕の師匠です……」
――ラミャ・アジダハーカ。それが彼であり彼女の名である……。
◇
「――シドさんっ!? 大丈夫ですかっ!?」
そうこうしているうちに、一人の女官が倒れ込む師匠の側へと駆け寄ってくる。
シド――確か、師匠の偽名の一つだったか。道化に扮する時に、好んでこの名前を使うとか聞いた覚えがあるが……
ふと視線を移すと、何やらカタリナがギクッとバツの悪そうな顔をしていた。見ると、女官たちが続々と集まってくる。……なるほど、そういうことか。
つまりこの女官たちは――問題児で有名な『大英雄』に付けられた、専属の付き人集団――通称『カタリナ係』に違いない……!
――そして彼女たちは、口を揃えて言うのだった。
「――ク、クレーターが出来てるじゃないですか! これは、一体どういう事でしょうか? ……カ・タ・リ・ナ様?」