32.「隠された布石。そして――戦いは終幕を迎える。」
――布石は打った。
これまで『医者』に対して、僕は敢えて死角を使わずに戦ってきた。
暗殺者らしくない、真正面からの戦いに拘り続けた理由――それは、ヤツの視線を僕の方に集中させたかったからだ。
戦闘中に突然、敵が視界から消えた場合、殆どの人間が同じ反応をする。
敵を探そうと、周りを見回す――それをさせたくなかった。
僕の刃を受けることに集中させれば、必然的に他の場所への意識は疎かになる。
特に、僕たちの頭上には。
「向かってくるか……遂にこの戦いに決着をつける時が来たようだな……!」
僕の斬撃を受けて、鍔迫り合いに移行した『医者』が高らかに言う。
けど――生憎、この戦いに決着をつけるのは僕じゃない。
……これで、ちょうど三分。
そして僕は鍔迫り合いから抜け出すと、素早く後方へ跳ぶ。
「――何っ!?」
僕の突然の回避行動に、不意を突かれたような声を上げる『医者』。やはり狙い通り、僕の動きに完全に対応できていない。
そして、次の瞬間――
――ドガンッッ!!!
物凄い炸裂音と共に、辺り一面に土煙が舞うのだった。
上空からの強襲――それはどんな生物であっても対応不可能な、必殺の一撃。
物凄い速度で急降下してくるユリティアさんに対し、僕は巻き込まれない様、素早く後方に回避したのだった。
僕が地上で敵を引き付けている隙に、ユリティアさんが上空から奇襲を仕掛ける――これは『医者』を追跡する際に、僕が提案したものだ。
ユリティアさんがトドメを刺すためには、これが最善の選択だった。
とにかく、直撃ならば、ひとたまりもないはず。
そして僕は、土煙の中に視線を凝らす。
大きく陥没した、焦茶色のレンガの道。
その中心で漆黒の剣を突き立てる、ユリティアさんの姿。
そして――
『医者』が身につけていたはずの黒衣の断片が、辺りに散らばっていた。
…………!?
どう考えてもおかしい。
血痕一つ見当たらないどころか、姿を消してしまうなんて……!
……まさか。そして僕は、一つの可能性に思い当たる。周囲を見回す僕。
消えた『医者』。そして辺りに散乱した黒衣の断片。
そして、そこから導き出される結論は――!
『あーっ! トーヤくん、あそこにっ! でもっ、あの人……あーもうっ、どうして服を着てないのかなっ!?』
そう言って恥ずかしそうに叫ぶ、ギブリールの声。
そして、そこには――美しく花々が咲き乱れるフロリア一の庭園の中で、身一つの全裸で仁王立ちをする、一人の大男の姿があった。
…………。
やっぱり、そういうことか……。
ユリティアさんの攻撃が届く直前、ヤツは自分の肉体を『転移』させたのだ。
……確かに剣が『転移』できるなら、本人も『転移』出来ない道理はない。
けど、どうして『全裸』なんだ……!?
目の前の異様な光景に、僕は完全に混乱していた。
何か、合理的な理由があるはず。
……いやいや、どう考えても服を脱ぐ必要性なんてどこにもないだろう!
どう見ても、ただのヘンタイ……いや、一つだけ可能性があった。
きっと、転移させる物質には制限があるんだ。例えば、一度に『転移』出来る物質は一つだけとか……。
そうでなければ、この様な惨状が起こる訳がない!
「ククク……ハハハッ! この私をここまで追い詰めるとはな! 認めざるを得まい、貴様らの実力を! だが、まだ殺されてやる訳にはいかんな……!」
よく通る大声で、『医者』は僕たちに向けて言い放つ。
しかしそれにしてもこの男、何も身につけていないというのに、堂々としすぎじゃないだろうか……。
――惚れ惚れする程に鍛え抜かれた肉体と、そして左肩に『翼を象った刺青』。
……確かあれは、『自由』と『解放』を意味するマークだったはず。
いやどう考えても、『解放』のし過ぎだが。
ふとギブリールの方を見ると、顔を真っ赤にして、両手で顔を覆っている。
一方で、ユリティアさんはと言えば……全く動じる素振りすら見せず、まるで詰まらない物を見たかのように、無反応な様子。
――そして、ただ一言。
「……小さ」
ソレを無表情のジト目で見つめながら、冷ややかに呟くのだった。
いや、流石にユリティアさん、それは言い過ぎ……!
そして流石の『医者』も、動揺した様子で、慌てて言い返す。
「断じて小さくはないッ! これは『体が大きい』からそう見えるだけだ!」
「断じてだ!」と、必死に何度も強調する『医者』……。
そしてそんな中、僕は一人危機感を覚えていた。
……ともかくこの状況、笑い事ではない。なぜなら……。
……僕たちには事実上、ヤツを倒す手段が存在しないからだ。
少し考えれば分かる事だ。自由に『転移』して回れる相手を、どうやって『詰ます』ことが出来るだろうか。そんな方法、どこにも無い。
ただ一つ幸いなのは……ヤツが服と一緒に、剣を手放したという事か。
すぐに剣を取りに『転移』しない所を見ると、おそらく僕の『球形』と同じように、能力のインターバルが存在するのだろう。
人間の肉体を転移させるのは、剣先を転移させるのとは比べ物にならない難易度であるのは想像に難くない。
そんな状況で『転移』を使って、徒手空拳でユリティアさんの間合いに入り込む――そんなことが出来るはずがないのだ。
こうやって能力の全貌が明らかになると、様々なことに合点がいく。
戦闘中ずっとヤツは僕たちのことを、まるで興味深い研究対象でも見るかのように、観察する余裕があった。
それも全て、いつでも『転移』を使って離脱できるからこその余裕だったという訳だ。ヤツはこの戦場でただ一人、安全圏で戦っていた……!
――『傲慢』、そして、『不遜』。それがヤツの能力の本質……!
そして、僕がそんなことを考えていた、ちょうどその時――。
「ガッ、ガハッ……!」
倒れていたはずの"銀級勇者"のゼラスが、突然身動きを始めたのである……!
半魔人という変わり果てた姿で、フロリア市長邸の廊下で、これまで微動だにしなかったはずの男が、ほんの身じろぎではあるものの、体を動かしたのだ……。
『医者』の注意が、一瞬ゼラスへと向く。
……チャンスは、今しかないっ! そして僕は【縮地】を発動、大地を蹴ると、一直線で『医者』の懐へ潜り込むっ!
しかし――
僕の刃が届こうとしたその瞬間、惜しくも『医者』の肉体が消失する。
振り返ると、ヤツは市長邸の壊れた壁の向こうで、ゼラスを見下ろしていた。
「ほう……興味深い……どうやら完全に混じり合ってはいないようだが……完全に魔人化せずに命を繋ぐとは、珍しいケースだな。実に面白い……!」
『医者』はゼラスの体に手をかざすと、『転移』を発動――淡い光と共に、ゼラスの体が消失する。そして――
「憶えておくが良い。来るべき『崩壊』の先に覇権を握るのは、我々だという事を――
――"転移"」
ただ一言、意味深な言葉を言い残して。
『医者』の姿は虚空へと消えて行ったのだった……。




