10.「どうやら僕は、思っていたよりも凄いヤツなのかもしれない」
所変わって、場所は第五階層『森林エリア』――
僕、トーヤ・アーモンドは、ようやく倒したケンタウロスを後目に、薄暗い森の中を先に進んでいた。
ふと僕は、ついさっきまで繰り広げられていた戦いを思い返す。
ケンタウロス――あれは強敵だった。
あれ程弓を上手く使ってくる魔物はそうそう居ないだろう。
ゴブリンアーチャーの比じゃない弓の名手で、屈強な上半身から生み出される膂力によって放たれる矢の一撃は、まさに必殺級。
僕の異能が【盾】じゃなかったら、防ぐことすらままならずに、やられていたかもしれない……。
下半身が馬の怪物というのは、まさに厄介だった。
戦いを避けようと森の中に逃げようとすれば、馬の脚力で追いかけて来る。
何よりアイツらにとっては、森は庭のようなものなのだ。
いくら逃げた所で、ケンタウロス達は木々の障害物を避けながら疾走し、行く手を阻むかのように先回りしてくる。
そして針に糸を通すような正確な射撃で、こちらを狙ってくるのだ。
敵の得意なフィールドで戦うことほど、恐ろしいことはない。
それでもきっと、リゼなら正面から一撃で倒してのけるんだろうけれど……
僕みたいな凡人は、"戦略"を駆使して足りない力を補うしかない。
まずは敵を観察する。
正面や背後から接近するのは下策だろう。あの屈強な馬の脚で、踏み付けや脚蹴りを喰らうことになり、近づくことすらままならない。
ならば、側面はどうか――
側面ならば、踏み付けや後ろ蹴りを喰らう心配はない。唯一警戒することといえば、後ろ脚を使った横蹴りぐらいだ。しかし、それも見切った。
敵の弱点は、側面からの攻撃と推定。
……それだけ分かれば十分だろう。
仕事柄、敵の不意を突くことには慣れている。
ましてやここは、遮蔽物の多い森の中だ。
一瞬でいい。それなら、魔物に自分の姿を見失わせることぐらい、訳はない。
見失った僕を探して、森の中を駆け回るケンタウロス。
――側面が、がら空きだ!
突然姿を現した僕は、剣を翻し急襲する。
「――グオォォォ!!」
無意識から斬りつけられたケンタウロスは、堪らず悲鳴を上げ――それでも後ろ脚を持ち上げて、僕に向かって横蹴りをかましてくる。
しかし、それも予想済みだ。体を伏せて蹴りを躱すと、剣を振り上げて勢いそのまま、ケンタウロスの脚を"折る"。
「――ギャァァァァ!!」
ケンタウロスは、またも叫び声を上げる。
……これで、ケンタウロスの機動力は削がれた。
こうなってしまえば、敵はただ的が大きいだけの、でくの坊だ。あのゴブリンアーチャーとも大差はない。
最後の抵抗とばかりに放たれた矢も、【盾】で弾き返し、僕は構えた剣でケンタウロスの首を討ち取った。
一匹、撃破――。
それを見たもう一匹の方も、分が悪いと思ったか、身をひるがえして森の奥へ姿を消してゆく。
こうして僕は、二匹のケンタウロスを退けたのだった。
◇
そして、第五階層のボス部屋にたどり着いた僕だったが……。
番人の姿は見当たらず、空っぽのボス部屋に、転移門だけが起動していた。
どうやら番人は、先に来たリゼが既に倒してしまったようだ。
同じ班ということで、転移門は僕に対しても解放されている。
「……この様子だと、リゼはかなり先に行っちゃってるんだろうな」
僕とリゼの、戦闘効率の差がここで響いてくる。
向こうは理論上最強の、【剣聖】の異能。
対して僕は、攻撃ができない【盾】の異能。
つまり、僕が魔物に手こずっているうちに、リゼは先に進んでしまうのだ。
果たして、追いつけるだろうか……。
いや、考え込んでいる暇なんてない。僕が立ち止まっている今も、リゼはどんどんと先に進んでいるだろうから。
僕は、どうしてもリゼに追いつきたいと思っていた。
今追いついておかないと、きっと彼女とはもう会えない気がしたのだ。
たぶん、その予感は当たっている。
僕が、彼女に追いつきたい理由。
それは、僕が個人的にリゼのことが気になっている、というのもあるけど……。
彼女と一緒にいて、思ったのだ。
ただダンジョンに潜るだけの、まがい物の勇者なんかじゃなく。
セカイを救う、『本物の勇者』になれるのは、きっと彼女なんだろうと。
……僕は、勇者になりたい。
だから僕は、絶対に彼女に追いついてみせる。
そんな強い決意を胸に、僕は転移門を潜ったのだった。
◇
そして僕は、引き続き『塔』を攻略していく。
そんな中、僕は、第七階層『草原エリア』に突入したのであるが……。
魔物と戦っていて、気づいたことがあった。
それは、魔物と交戦中の出来事。
僕はリゼに追いつくために、無駄な戦闘は極力避け、避けようもない相手とだけ戦うということをしていたのだけれど。
なぜかたまに、一度交戦して間近にいたはず魔物が、まるで僕を見失ったように追ってこないことがあったのだ。
魔物の性質を考えれば、これはおかしいことが分かる。
基本的に、魔物は闘争本能が旺盛で、一度人間と交戦すれば、どちらかが倒れるまで戦い続ける性質を持っている。
もちろん、例外はある。
例えばケンタウロスのように、知能が高い魔物ならば話は別だけれども……大抵の場合はそうじゃない。
たとえ人間が逃げようとしても、彼らが見失うまで、それこそ地の果てまで追いかけてくるというのが常識なのだ。
だから、交戦して、目と鼻の先にいる僕を見逃すなんて、明らかに不自然。
まさか……!
ここで僕は、一つの可能性に思い至る。
僕は、無意識で魔物相手に【影取り】を使っていたのか……!?
確かに、思い当たる節がないわけではない。
【影取り】は相手の意識の盲点をすり抜ける、暗殺者の技術の一つだ。
なにせ暗殺者時代に、それこそ息を吸うのと同じぐらい、散々使ってきた技だから……うっかり癖で使ったという可能性もあり得る。
けれど――僕はそれでも思い直す。
それは絶対に、有り得ない。なぜなら――
魔物に暗殺技なんて、通用しないのだから。
僕の、かつての苦い記憶がよみがえる。
――巨大な魔物の影。
そして、なすすべなく敗走する、僕。
致命傷を負った"親友"を背負いながら、僕は必死で魔物から逃げ惑う。
あのとき僕は、何もできなかった。
僕の全てを駆使したのに、まるで通用しなかった。
魔物には、暗殺技なんて通用しない、ハズなんだ……。
何かの間違いに違いない。そうだ、もう一回試してみよう。
目の前には大きな体のトロールが一匹と、ホブゴブリンが三匹。
ちょうどいい、このトロールの巨体を利用させてもらおう。
僕はトロールの懐に潜り込むと、三匹のホブゴブリンの死角に入ったことを確認し、彼らに向けて【影取り】を発動する。
トロールは激昂し、僕に向かって棍棒を振り回してくるが……そんな遅い攻撃に当たる僕ではない。
素早く身を躱すと、トロールの横をすり抜け、更にホブゴブリンの真横を横切った。そして――
僕の推測通り、トロールは僕のことを追ってきたが……ホブゴブリン達は、まるで僕のことを見失ったように、その場に棒立ちしたままだったのだ!
やはりゴブリン達には、僕のことが見えていない。
僕の暗殺技は、魔物にも通用する……?
僕は自然と、笑みを浮かべていた。一筋の希望が、僕の道を照らしだしたのだ。
――これなら、僕もリゼに追いつけるかもしれない……!
魔物に【技】が通用するのなら、色々話が変わってくる。
そういうことなら、これからはガンガン使うことにしよう。
使えるものは、なんでも利用する。僕が血が滲むような努力で身につけた『技術』なんだ、卑怯な技とは言わせない。
もしかしたら僕は、思っていたよりも、凄いヤツなのかもしれないな……。
一筋の希望を胸に、僕は地面を蹴り、『塔』を走る。
目指す先は、リゼがいる、塔の上層部。
僕は、まだ知らない。僕の運命が、今まさに動きつつあるということを……。




