23.「一方その頃。夜の住人《ナイトウォーカー》と哀れな『しもべ』」
――そしてトーヤ達が屋敷にたどり着いてから、少し時が巻き戻り……。
――高級宿『花の都亭』の一室にて。
――パリン! 夜の静寂を破り、窓ガラスの割れる音が響き渡る。
……眼下に見えるのは、黒装束の暗殺者の男の姿だった。
そして落ちて行く暗殺者を窓から見下ろす、一人のメイドの姿……。
彼女――『魔人』ユリティアが男に向けたのは、紛れもなく侮蔑の視線だった。
『夜の住人』に夜襲を挑むだなんて、舐められたものですね。"夜の貴族"に刃を向けた報い―― 確とその命で贖って頂きます。
――しかし、それにしても……
ユリティアは割れた窓ガラス越しに、窓の外の町の様子を俯瞰する。
突如として町に現れた、魔物の群れ。そして微かに感じる、歪な魔族の波動。
ユリティアのような高位の魔族は、強すぎる存在故に、ただそこに存在するだけで、魔力を源とした波動を周囲に放っている。
ただ、波動はユリティアのように隠蔽することもできるのだが……どうやらこの波動の持ち主は、それどころではない様子だった。
おそらく、かなりの重傷を負って、死の淵に立っている……
(確かにそれも気になりますが……それよりもまず、こちらの対応が先でしょうか)
そしてユリティアは、窓の外から視線を切ると、背後のベッドの方を振り返る。そこには、二人の少女の姿があった。
『獣人の少女』と『騎士の少女』――二人はどうやら、先程のガラスが割れる音で目が覚めてしまったらしく……ビックリした様子でベッドから跳ね起きると、何事かと辺りを見回していた。
「なな、何の音やっ!?」
「っ……! 敵襲……!?」
慌てた様子の二人に対し、ユリティアはニッコリと優雅に一礼する。
「……どうやら町に、魔物が入り込んだようです。とにかく……私の言葉などより、実際にお二人の目で確かめて頂くのが一番かと」
そして、アンリとスィーファの二人は目の当たりにするのだった。
――割れた窓ガラス、そしてその向こうに見える、町の異変を……。
「な、何やこれ……!」
「あれは魔物、か……? ……くっ、こうしてはいられない、早く町の人を助けないと……!」
どうやら二人は、一目見て事態の深刻さを理解したらしい。
目の前の光景に、二人の表情が一変する。
(……これで、"護衛としての義理"は果たしましたわ)
どうやら隣の部屋でも、襲撃者を撃退した様子。
……『剣聖』の力さえあれば、この事態を収めるのも訳はないだろう。
そして、慌てて身支度を始める二人の少女を背に……ユリティアは一人、部屋を抜け出すのだった。
◇
そして、宿を一人抜け出したユリティアがまず最初に向かった場所。それは――人気のない路地裏だった。
町中が突然の魔物の出現に混乱している中で――メイド姿のユリティアは誰にも気付かれる事なく、その場所にたどり着く。
ユリティアの目的、それはある人物と落ち合うことだった。
「チッ……やはり来やがったか、この化け物め」
ユリティアの姿を見て、その男は忌々しげに呟く。
薄暗い路地裏でユリティアのことを待っていたのは、不機嫌な顔をした銀髪の男――『元』"イレヴン・ナイヴス"の頭領、ギルザであった。
……ギルザとユリティアが顔を合わせたのは、今日はこれで二度目だった。
一度目は昼間、ユリティアが宿の手配を終えた後のこと。
王都に入る前に、ギルザに命じていた『情報収集』の結果を確認する為―― "支配者の強制力"を使い、ギルザを王都から急遽呼び戻したのだった。
「……やっと来ましたのね。それでは、報告をお願いしますわ」
「……俺が何時間休まず働いたと思ってやがる……少しは、休ませやがれ……!」
疲労で今にも倒れそうなギルザに対し、しかしユリティアは、冷淡に言い放つ。
「あら、『下僕』に休みなど不要では?」
「っ――! この鬼畜生、いつか絶対ぶっ殺してやるからな……!」
そう言って、威勢よく啖呵を切るギルザであったが……ユリティアは眉一つ動かさず、むしろ見下した視線を向けるのであった。
そして、その後――ギルザから(強制的に)報告を受けたユリティアは、満足したように頷くと、その口でギルザに待機を命じたのであった。
そしてギルザは命令通り、まるで忠犬のように路地裏で待機を続けたのである。
「この野郎、身動きが取れねぇってどう言うことだ!? マジで待機させるヤツがあるかよっ……!」
「主人である私に口答えした罰です」
憤慨するギルザに、ユリティアは素知らぬ顔で言う。
「……それでは命令です。この近くに、帝国の下手人がいるはずです。犬のように探し回りなさい」
「――帝国? ……って、クソッ、またかよっ! 体が言うことを聞かねえっ……! おい、クソメイド! 少しは説明ぐらいしていきやがれ……」
「……申し訳ありませんが、私は急いでいるので。……それでは、ご機嫌よう。ああ、それと……一人ぐらいは見つけてくれないと、承知しませんよ?」
ニッコリと、恐ろしい笑顔でそう告げると――路地裏で顔を歪ませて悪戦苦闘するギルザを残し、ユリティアは一人、去って行ったのだった……。




