21.「情報屋『赤帽子のキース』と、不思議の白兎(ホワイトラビット)」
――まず目に入ったのは、星が輝く満天の夜空だった。
「……キースさん、こんなところに居たんですね。やっと見つけました」
びゅう、と風が吹く。
だいたい半日ぶりだろうか。そこに居たのは、つば広の赤い帽子を被った、銀髪の美青年だった……。
僕が所属していた『アサシンズ・ギルド』の一員であり、凄腕の情報屋――通称『赤帽子のキース』。
そんな彼は、見知らぬ家の屋上に上がり込んでキャンバスを広げると、パレットを片手に、何やら熱心に筆を動かしていた。
全く相変わらずだな、キースも……町がこんな状況で、良く絵なんか描けるものだ。いつ魔物が自分の元にやって来るかも分からないのに……。
そしてキースはそんな僕の考えなどお構いなしに、絵を描くのに没頭していたが……やがて僕の声に反応すると、首だけこちらに向けて振り向く。
「……なんだトーヤ、お前か。てっきり家の持ち主が帰ってきたのかと思ったぞ」
そう言ってキャンバスに向かい合うと、筆を取り、再び絵を描き始める。
『……ねえトーヤくん、もしかしてあの『ヘンな絵』を描いてるのかな……?』
(ええ、どうやらそうみたいです……)
そして僕とギブリールは、二人で顔を見合わせる。
……とにかく、彼の協力なしにユリティアさんを見つけるのは、至難の業なのは間違いない訳で……
屋上はバルコニーになっているようで、鉢植えや植木鉢が並べられていた。
そしてそんな中、僕とギブリールはキースの元へ近づくのだった。
「……見ての通り、俺は忙しいんだ。とにかくこの"インスピレーション"を形にしなければ……!」
そう言って、キースは一心不乱に筆を走らせる。そして僕はそんなキースの絵を後ろから覗くのだった。
…………。
……全く理解不能な絵が、そこにはあった。何なんだろう、これは。
よく分からない図形と、多種多様な色が組み合わさった、謎の模様。
――見ていて不安になってくる絵だ……。いや、これは絵なのか……?
結論から言うと、キャンバスの上には『僕に理解できるもの』は何もなかった。全くもって意味不明な世界観が構築されている……。
――キースも普通にしていれば、ただの美青年なのだが……この『奇妙な絵』に向ける行き過ぎた情熱のせいで、完全に『奇人』扱いされてしまっている。それがキースという男だった。
しかし当のキース本人は、至って大真面目でこの絵を描いているようで……絵を覗く僕に向かって、得意げに話すのだった。
「どうだ、いい絵だろう? これこそが、俺の求める『混沌』だ……! この景色、誰が描き留めずにはいられよう……! ふふ、久方ぶりの感覚だな。たとえ魔物が来ようが、これを描き上げるまで、絶対にここから動くつもりはない……」
そう言って、キースはテコでも動かないといった態度を見せるのだった。
『……こう言ってるみたいだけど、どうする? トーヤくん』
(……大丈夫、僕に考えがあります)
そして僕はギブリールに目配せすると、真っすぐキースを見据える。
……こっちにだって、譲れない事情があるのだ。
そして僕は、キースに向かってキッパリと告げるのだった。
「……とにかく、単刀直入に言います。キースさんにはある人を探して貰いたいんです。……それも、大至急で」
「全く、俺の話を聞いてなかったのか? 今は忙しいんだ。後にして――」
しかしそこで、キースの言葉が途中で途切れる。
――これは交渉だ。ならば、人質を取るのが裏社会のセオリーと言えるだろう。
そして僕は、キースの虎の子のキャンバスを取り上げたのだった。
効果は覿面。すぐさまキースの目に動揺が走る。
「お、おい、一体何をするつもりだ……? やっ、やめろっ! せめてその部分が描き終わるまで、待ってくれ……!」
「駄目です。今すぐに探して下さい。でないと、この絵は……」
そこで僕は言葉を切る。
――この先は言わなくても分かりますよね? という無言の圧力……!
「それに『人探し』なら、そこから動かずにできるハズ……キースなら、ね」
そんな僕の言葉に、キースは「ぐむむ……」と黙り込むが――やがて、しぶしぶといった様子で口を開くのだった。
「……分かった。……仕方ない。あの異能は『想像力』を無駄に使うから、出来れば"今"は使いたく無かったが……」
そして、キースの異能が発動する。
一瞬、周囲に光が満ち溢れたかと思うと――光の中から、"一匹"の小さなシルエットが現れたのだった。
「ふわぁ……ニャンですか御主人、こんな夜中に『呼び出し』だニャンて!」
「あの二人が『人探し』のご依頼だそうだ。ガッポリ金をせしめてやるんだな」
「ニャルほど……ガッテン承知ニャ!」
そう言って、その白いウサギは僕たちの方を振り向くのだった。
『……う、ウサギさん……!? どう見てもネコっぽい喋り方だけど、やっぱりウサギさんだ……!』
突然の登場に、ギブリールも僕の隣で驚いている。
【隣人】――それが、キースの特別な異能の名前だった。
その能力は、言ってしまえば『召喚能力』で、呼び出すフレンズによって能力が変わる。例えばこの『白兎』ならば――『対価』を支払うことで、それに応じた探し物の元へ導くというもの。
つまり、情報収集にうってつけの能力というわけだ……ただし一つだけ、厄介な点が存在するのだが。
それは、この白兎は『対価』の値段を教えてくれないということだ。
もちろん、見つけるのが難しい物ほど対価は大きい。そして、釣り合う対価以上の物をこちらが渡さない限り、決して探し物の在処を教えてくれる事はない。
要するに、タチの悪いオークションみたいなモノだ…… 大概の場合、相場より高い金額を取られてしまう。
「ふむふむ、ニャルほど……特徴はメイド服と……よし、わかったニャ! ……それで、お代の方はお幾ら程くれるのニャ?」
白兎は蝶ネクタイに一張羅といういでたちで、僕のことを試すように覗き込む。
やはりこのウサギ、こちらの事情を知っていて、試しているのだ。
……残念だけど、ここは駆け引きは出来ない。とにかく一秒すら惜しいのだ。
仕方ない……かなりの出費だけど、背に腹は変えられない。そして僕は懐から金貨を取り出すと、白兎に渡す。
「ニャニャっ!? こ、こんなに貰って良いんですニャ!? ……ぶへへ、まあどちらにせよ、一度貰った"対価"は返せない決まりニャんだけどニャ〜」
白兎は、大事そうに金貨を懐にしまい込む。そして勢いよく屋根から飛び降りると、優雅に地面に着地――こちらに向かって、大声で叫ぶのだった。
「――交渉成立ニャ! それじゃあおまいら、ついてくるニャ~!」




