お仕事だけど楽しみ
アラーム音と共に目が覚める。今日もいつも通り朝6:00に目が覚める。
全身を包むような気怠さに気分を悪くしながら、淫臭の染みたベットから身を起こす。正直二度寝したい気持ちが強いが、今日は月曜日。仕事の日だから二度寝する訳には行かない。
隣でだらしなく頬を緩め私の右腕に絡まる、気怠さの元凶である里沙を恨みがましく思いながら揺する。
「起きて、月曜だよ」
「ん……んぅ…」
里沙も今日が休みではないと分かっているようで、早く出る事を言いつけておいたのを覚えているからか二度寝する事無く上体を起こす。
しかし低血圧だからか目が覚めることは無く直ぐに私の胸の中に倒れ込む。ここで突き放して里沙に二度寝されても困るから、腋の下に手を回して抱える様に抱き寄せながら浴室へ向かう。
お互い全裸のまま歩き、浴室に入りシャワーの口をそっぽ向かせてからお湯を出す。
以前一度、お互い行為の後シャワーを浴びた時。私が最初に水を浴びた時里沙が悲鳴を上げ詰め寄った事があり、以来里沙の前でお湯が出る前の冷水を被る事は無いようにした。
あの時は酷かった。ネット知識を中途半端に仕入れたのか、風邪を引くだの寿命が縮むだの涙目で心配してきて宥めるのが大変だった。
冷水に浸かるわけでは無く、お湯の前の冷水を浴びるだけだから別に何の問題も無いと思うのだが、またパニックになられても困る。
「んぅ?……みことぉ…」
「起きた?ほら、お湯出てるから目を覚まして」
猫なで声で私に縋りつく里沙は目が覚めてきたのか、手を離してもしっかり立ち私の腰に緩く抱き着いてくる。
私はそんな彼女の肩から撫でる様にシャワーを浴びせる。
「くぁ~あ。おはよー」
「おはよう。ほら、頭は自分で洗って」
「美琴が洗ってよぉ」
「もう、仕方ないな」
「ふふん、身体もお願い」
「分かったから、ほら座って」
「はーい!」
甘えん坊な面倒臭がり屋を椅子に座らせ、シャワーの水圧を弱めてから頭に掛ける。
髪がしっかりと濡れたことを確認してから、シャワーを壁にかけ身体に掛かる様にしつつ、少し高い私のお気に入りのシャンプーを髪に馴染ませる。
「かゆい所はない?」
「ありませ~ん!ふんふふ~ん」
しっかり泡立たせながら洗っているうちに里沙は鼻歌を歌いだし、それを聞きながら私はしっかりと洗い込み、仕上げにコンディショナーを丁寧に塗り込む。
自分だけなら、鴉の行水の如くコンディショナーも使わずに手早く済ませる朝のシャワーだが、里沙には時間を掛けてあげる。
「終わったよ、身体は自分でお願いね」
「え~?こっちもお願い~」
「いや朝ごはん食べる時間無くなるよ」
「む、それはいかん」
そう呟くや否や里沙は自分の超敏感肌に適した、低刺激のボディーソープを手に馴染ませて身体を洗い出す。
「ん…あッ…っ」
私が頭を洗う傍ら、仕方が無いとはいえ里沙から発せられる艶声は浴室に良く響き、思わず下腹部が熱くなるがそれをシャンプーを流すことで振り払う。
朝から盛る訳には行かないし時間も無い。朝食を抜きたくないし余裕なく家を出たくない。
布巾にボディーソープを馴染ませしっかりと手早く身体を洗う。ここまで体感二分。全てを済まして浴室を出るだけになった私は里沙から名前を呼ばれて踵を返す足を止める。
「ねぇ美琴、背中お願いしていい?」
「いや、自分でやりなよ」
「ダメだよ、手じゃ届かないもん。布巾は使いたくないし、ねぇお願い?」
頬を上気させながら熱の籠った目で訴えかける里沙を前に、生唾を呑み込み、里沙のボディーソープを手に馴染ませる。
里沙に前を向かせ、髪の毛を退かせる。
幼い体躯に似合わぬ巨乳以外は、それこそ幼子と変わらぬほどにきめ細やかで、もちもちで、手入れはかかせられないし日焼けも出来ないから真っ白で珠の様に艶やかで。
筋肉は多くなく、もちもちとした感触がボディーソープ越しに伝わり、背中を擦るたびに里沙の口から押し殺した声が零れ厭が応にも情欲が注がれる。
「ふぅ……終わったよ」
「むぅ。襲ってくれなかった」
「当り前、月曜の朝から盛る訳ないでしょ」
「けちぃ」
「はいはい、先に出てるよ」
理性を総動員し、やっとの思いで洗い終えるが、里沙は唇を尖らせ戯言を呟くのを流し浴室を出る。
「……はぁぁぁ」
危なかった。
今日仕事が無ければあのまま里沙を押し倒していたかもしれない。いや、押し倒していただろうな。実際今までも何度かそう言う事はあったし。
兎にも角にも、朝のシャワーに時間を掛けすぎだ。手早く水気を拭いリビングに出ると壁に掛けられた時計は7時前を指していて、余り朝食の時間を取れない事を嘆きながら一瞬で済ませられる食事の支度に向かう前に私室に向かい服を着る。
仕事という事でいつも通り黒い下着に手が伸びるが、その手をずらして真っ黒なリボンがワンポイントの白い下着に手を伸ばす。
護衛の厳しい対象を狙う場合、ベットに持ち込むために煽情的に見える下着を身に付けることが多いが、今日からは年相応の下着の方が良いかもしれない。
そう思いながら今日の、今日から平日に着る皺ひとつない服に袖を通す。
白いタンクトップの上から真っ白なカッターシャツを着て、その上には黒を基調として赤が添色の可愛さよりカッコよさが勝ったようなブレザー。次に40デニールのタイツを履き細めのベルトを腰に巻きながら太腿の上の方に来るように調整したナイフホルスターを右腿に装着し、その上から隠すように黒と赤のチェック柄のスカートを膝上位に調整しながら履く。
最後に黒と赤のチェックのリボンを首元に巻けば完成。
地味すぎず派手過ぎずな制服の着方の完成。
姿鏡の前でスカートの端を持ったり半回転したりしてホルスターが見えないか確認する。
そんな自分の制服姿に思わず頬が緩む。
記憶にある限り、私が高校に通ったことは無く、12の時には国が運用する孤児院に居てそれからすぐに暗殺者になる教育に落とし込まれたから、まともな学校生活を送った記憶が無く、仕事とは言え初めての高校生活となると小躍りしたくなる程度に心躍る。
「お母さん。生きてたらなんていうかな」
「みことー!!!着替え持ってきてー!!!」
「……はぁ」
感傷に浸る間もなく、大声で響く声に従う様に着替えを手に私室を後にする。
里沙に着替えを渡した後は朝食の用意に移る。
今日の朝食は昨日の残りの米を使ったチャーハン。
エプロンを身体に巻き、冷蔵庫から卵やベーコンを取りだす。
そこからは慣れた手つきで数分もしない内にチャーハンを作り終え、今か今かと制服に身を包み待っている里沙の座る机に並べる。
「今日は入学式だから遅れられないし、早く食べちゃお」
「入学式なんてつまらないんだし別に遅刻しても良くない?」
「私入学式出たい」
「あ…うん、そうだねいこっか」
里沙は私が中学校にまともに通っていないのを知っている。里沙は途中まで中学校に通って卒業したけど、私は初めから数えられる程度にしか通えなかった。
一応高校入学できる程度には勉強はしているけど、小学校以来の真面な学校生活を知らない私からしたら入学式ですら心躍る行事なのだから。
そんな私に里沙は一瞬表情を曇らせるが、直ぐにいつもの可愛らしい笑顔を浮かべる。
「あ、そろそろ時間だ」
「え!ちょっ待ってあと少し!」
「先に出る準備してるね」
「待ってー!!」
チャーハンを掻き込みすぎて喉に詰まらせ水を飲み干している里沙に苦笑しつつ、鞄に手を掛ける。
中にはハンドガンが入っている。腿には投げナイフ、ポケットには折りたたみナイフ。
胸元にはボイスレコーダー付きのペンもあるし、普通とは言い難いけれど、それでも普通の高校生活を少しで良いから楽しみたい。
そんな僅かな希望を胸に玄関のドアに手を掛ける。
行ってきます。