仕事の話は巻きで
「は~…は~、はぁ…。ふ、ふふ。一夜さん最高だよ、いやホント…」
「すう…ふぅ~。あの空気の中あんなこと言えるとかほんと尊敬するわぁ~」
「あははは、いや~おじさん照れるなぁ~」
「いや、褒められてる訳じゃないでしょ」
「え!?」
つい先ほどまでのピりついた一触即発の様な雰囲気は一切なく、一夜さんを中心に和やかな雰囲気に包まれていた。
既に私の腕の中から抜けた里沙は美野里さんの元に歩み、二人で一夜さんを弄って一夜さんを困らしているし、美野里さんは時折思い出し笑いを挟み、葵さんは煙草を吹かしながらその様子をニヤニヤと眺めている。
「あの~、そろそろ話し詰めたいんですけど良いですか」
一人早く立ち直った先崎さんが声を上げる。
そこで漸く私達も落ち着きを取り戻し佇まいを直す。が。
「なんかごめんね、変なこと言っちゃって」
「い…いや大丈夫ですよ……んふっ!…まさかあの空気の中あんなこと言うと思わなかったけど」
「ねぇ~、故意的にか天然か。故意的なら滅茶苦茶天才的な煽りだと思うわ~。みた?あのジジイの顔、仏頂面が崩れたの初めて見たわ~。ふふっ」
「班長ナイス。お陰でジジイがさっさと去ってくれた」
「あの~」
「嫌われてるな~、楠さん」
「そりゃ嫌いでしょ。少なくとも私は嫌いだよ」
「わたしも~、美琴は?」
「私は特に」
「二人だけじゃない?楠さんを毛嫌いしてるの。葵さんも別に嫌いでも好きでも無いって感じだし…だよね?」
「まぁ~?別に何かされたわけでも無いしね。無関心って感じ」
「あの!!」
そこまでおしゃべりしていた私達を遮る様に大声が轟く。
一夜さんを除いて、意識的に無視していた私達はしかないとばかりにため息を吐いて後方に向き直す。
若干疲れた様な笑顔を浮かべている先崎さんに、一夜さんが申し訳なさそうに苦笑を浮かべながら頭を掻きながら声を掛ける。
「あ、ごめんね~。つい気が抜けちゃって」
「いえ、楠さんが居なくなった時点でこの会議を続ける重要性はそこまで無くなったので。ほどほどに気を楽にしてもらって大丈夫です」
「は~い。ならもう後はメールとかで良いと思いま~す」
「右に同じ~。里沙今日はオフなんで美琴とデートの予定有るんで~す」
「なにそれ聞いてない!僕も行くー!」
「来るな!今日は里沙達だけで甘々恋人デートするの!」
「美琴ちゃん今日デートなの~?」
「いえ、初耳なんですが……」
「うぉっほん!」
「「チッ」」
またまた脱線しだした所を先崎さんが窘める。止めるべき一夜さんも、奥さんからメッセージが来てるのか頬をだらしなく緩ませながらスマホを弄っていて気づいてないし、次点で年上の葵さんに関しては、止めるより傍観するタイプだから基本頼りにならない。
そんな最早緩み切った私達を前に先崎さんは、早く終わらせよう。と一言おいて口を開く。
「とりあえず、今回は九条院 純花さんの護衛。という事なので未成年である美琴さんと里沙さんには同級生として高校入学してもらいます」
「分かりました」
「里沙18だよ?純花ちゃん16って書いてあるけど」
「胸以外は小学生レベルなんだし18も16も変わんないでしょ」
「いや、18歳の矜持と言う物が」
「残念ながら里沙さんも高校一年生、16歳として通って貰います。でも丁度良いんじゃないですか?高校行かなかったんでしたし、愛しの美琴さんと高校生活を送れるんですよ?」
「行かなかったんじゃなくて行けなかったの。ん?美琴と高校生活?………ふへ」
「あ、こりゃダメだ。もう帰ってこないわ」
「先崎く~ん、巻きで~」
「はぁ……」
葵さんに押された先崎さんが細かい所は送った資料で確認してください。と一言おく。
「お二人が同級生として直接護衛する傍ら、一夜さんは用務員として潜入・警戒。美野里さんは養護教諭として。葵さんにはいつも通りバックアップに当たっていただきます」
「俺は良いとして美野里さんまで?あんまり適切ではないんじゃない?」
「美野里さんには暫く連絡係を担ってもらいます」
「うへ、そんなのアンタがやればいいじゃん」
「私も私でやる事があるので」
手元のタブレットに今回の仕事に合わせて作られた経歴を書いた資料が送られる。
「今回は潜入捜査という訳でも無いので偽名は用いられませんでしたが、経歴に関しては差し替えられているので目を通してください」
「ちょっとみてよこれ、僕女子高出身って書かれてんだけど、偏見じゃない?」
「いや、割と適切でしょ」
「違うよ葵さん!ノンケの女を堕とすから良いの!それに女子高の女子って恥じらいを捨てたゴリラ多すぎて可愛くないし!」
「とにかく!手続きはこちらで済ましとくので、皆さんは準備を怠らないようにしてくださいね。それではお先に失礼します、良い週末を」
そう言って先崎さんは踵を返して去っていった。
正直今までよりかなり緩い会議だったけどこんなので良いのだろうか、説明も適当だしいつもはきちんと作戦立てたり相手のプロファイリングだってしている楠さんが特に説明もせずに帰ったし。今までより緩すぎて気を張れば良いのか緩めすぎて良いのか分からなかった。
「あの、一夜さん」
「ん?どうしたの美琴ちゃん」
疑問に思ったことは直ぐに聞く。一夜さんに一番最初に教えられた事だ。
「今回の会議、かなり大事だと思うんですけどやたら適当だったじゃないですか。良いんですか?」
「あ~、そうだね~」
一夜さんは私の質問に虚空を眺めながら顎先を撫でる。
「あの人は不確定な事とか言わない人だから。ほら、今回純花ちゃんを狙う敵って幾つか候補は上がってるけど確定ではないでしょ?」
「まぁ、峰典氏を狙ってるのか、または別の案件かの確証は無いですけど」
実質確定だけど、という気持ちはあるけどそれを飲み込む。
「それに正直護衛って言ったって峰典氏の方に尽力している以上、俺たちは極力純花ちゃんから目を離さず純花ちゃんを狙う敵が接触しないように警戒するしかないから、そこまでここで話すことも無いしね」
「……まぁ確かにここで話す事は少ないですけど、それでも普段はもっと詰め込んだりしているじゃないですか」
普段は各々の役割の確認、実行プランと予備プランの組み立て、逃走経路の確認、標的のプロファイリング等々。あいつを殺せ、分かりました。とはならないのが基本だ。例外は身内の処理だけ。
内心で色々考えていると、一夜さんは私の頭をくしゃくしゃと大きな手で撫でてきた。一瞬むっとするけど固くて大きな手で撫でられるのが気持ちよくて文句を言う気が失せてしまう。
「美琴ちゃんは真面目だねぇ。偉い偉い」
だけど流石にそんな風に子ども扱いされるとムッと来て口が突いてしまう。
「子ども扱いしないでください」
「あはは、ごめんごめん。つい、ね?」
私らしくも無く子供じみた気持ちで手を払うと一夜さんは快活に笑いながら両手を掲げながら一歩下がる。
一瞬、ほんの一瞬だけ手が離れたことに残念な気持ちになるがそれを押し隠し質問の続きを促そうとした瞬間背中に衝撃が走る。
「美琴―!もう会議終わったしデート行こデート!!」
首を背後に回すと里沙が腰に抱き着いていて、抗議の声を上げようとするも美野里さんの大声に遮られる。
「ずるいー!!僕も連れてけよー!!」
「来るな!!ほら美琴早く早く!!」
「え!?ちょ!?私まだ!一夜さん!!」
「行ってらっしゃーい」
「お土産よろしく~」
「あ~ん、僕も行きたい~!!」
「ほら、美野里ちゃんはお仕事」
「いや~!!!」
そうやってあれよあれよという間に私は里沙に押されて、一夜さん達三人に見送られながら会議室の外に吐き出される。
結局もやもやした気持ちが晴れる事も無かったが、私は里沙と一日デートに駆り出される内にそれを忘れて楽しみ、楽しんだ末自宅に帰宅したのは翌日の朝だった。