飼い犬のお仕事
相も変わらず淡々と告げられる。
それに楠さん達が入室してきた事で先ほどまでの緩い空気は霧散し何処かピりついた空気が室内を支配する中、楠さんは表情を一切変える事も無く事務的に淡々と仕事を告げる。
「お前らも知ってるだろうが、昨日九条院 峰典氏がK国から人質交換で我が国に帰国した」
楠さんの言葉を追う様に私達の手元のタブレットに九条院 峰典のプロフィールが転送される。
九条院 峰典。
身長171㎝血液型AB型、年齢45歳。ぼさぼさの癖っ毛とフレームの太い眼鏡をかけた不健康そうな色白で隈のある如何にもな研究中毒者。
また、軽度のADHDの疑いがある為、常に彼の世話をする人間が九条院家から派遣されている。
九条院家の三男である為、彼の実家である日本きっての財閥である政界にも影響の強い九条院家は優秀な峰典氏の全面的な支援を行っていた。
世界的有名な細菌学者でたった数年で幾つもの賞を受賞し細菌学、また医学にも精通していてそれらの分野で烈椀を奮う鬼才。と書かれていて一見そこだけを見れば優秀な研究者にも見えるが手元の資料には倫理感や道徳の欠如が見られる。と強調するようにマーカーが引かれそれだけで、この短期間で幾つもの賞を取る程の臨床実験を出来たんだろう。マッドサイエンティストと呼ぶにふさわしいであろう行為を行っていたであろうことが推測される。
そんな支援厚い彼がどうしてK国に捕まり人質交換する事になったかの経緯だが。
子供が目を離した隙にあらぬ場所に歩き出すかの如く、峰典氏は気づいた時には研究機材片手に国外へ足を運び、幾つもの未開の地や国々を回り、最後に辿り着いたK国で捕まり、彼の研究資料を狙ったK国に監禁された、らしい。
「彼は帰国後、狂ったように研究室に籠り何かの研究を進めている。上は彼の研究を高く評価し全面的な支援を決定している」
恐らく私達全員が同じ意見を抱いている筈。
帰国する際彼は問題も一緒に連れ帰ってきた、そして私達はそれの露払いをするのだと。
だが、次に楠さんの口から出てきた言葉に私達の予想は裏切られる。
「そこで君たちには峰典氏の実子、九条院 純花の護衛に当たってもらう」
視界の端で美野里さんが眉間の皺を深め、それと同時にタブレットに新しい資料が届く。
分からない話ではない。家族を人質にと言うのは有効な脅しの手段なのだから。
だけどマッドサイエンティストに、それもプロフィールを見た感じ彼にそれが有効そうだとは思えないけれど。
仮に有効だとしてもそれで私達が護衛に着くと言うのは分からない。私達は脅威の排除が主体であって脅威からの防衛は専門外なのに、狩るのに特化した私達が守る?それも護衛ともなれば四六時中張り付いている必要がある。
特選班の内直接戦闘能力があるのは私と一夜さんだけ、他の二人は護身程度でしか無い。葵さんに至っては言うまでもない。それに私は暗殺者タイプだからあんまり顔を晒したくは無いし。
楠さんもそれは分かっている筈なのにどうして私達に?守るならそっちの専門に任せるべきだろう。
「解せぬ。という感じだな」
「まぁ、私達はお世辞にも守る。に長けている訳では無いですから」
「ふっ、そうだな。お前たちは猟犬であって忠犬ではないからな」
基本上司達との会話は年長者であり、班長である一夜さんが主体となって会話する。
犬と呼ばれてあからさまに美野里さんが嫌悪感を示す。他の二人は柳に風とながし、腕の中の里沙が身を強張らせたから背中を擦る。
私としては特に嫌悪感も何も感じない。諦観なのだろうか、正直言われた通りに仕事さえこなしていれば飢える事も死ぬことも無いから特に文句は浮かばない。
「…冗談の通じない奴らだ。手元の資料を見ろ」
冗談になっていないのだけれど。という言葉を飲み込みタブレットに視線を落とす。
タブレットには九条院 純花とプロフィールと。
「愛国師団にK国からの工作員の来日、更にフリーの殺し屋?随分峰典氏はファンが多いんですね」
「面倒な事にな。どこから漏れたのか漏らされたのか、峰典氏の研究成果を狙った組織が大挙して来日した始末だ」
資料には国内のテロリスト組織である愛国師団やK国の工作員とみられる人物たちの写真や経歴、更には二流三流問わずのフリーの殺し屋等の資料が並んでいた。
現状注目すべきは国内のテロリスト組織である愛国師団であろう。
愛国師団。
3年前から小規模なサイバーテロを起こしていた電子犯罪者として扱われていたが、半年前から急激に力を付け、大手企業や有名政治家を対象に平等と公平を掲げ汚職の証拠を晒されたり見せしめの様に殺されたりしている。
思春期の少年少女や社会や生活に不満を持つ大人たちを言葉巧みに洗脳し、体の良い鉄砲玉にしたてる所為で、愛国師団と警察は完全にいたちごっこを晒している。
K国の工作員は恐らく拉致している間に研究成果を搾り取れなかったのだろう。あの国はやる事が極端だから、手に入らないなら壊してしまえ、とでも思っているのではないだろうか。
フリーの殺し屋については雇い主が気になる所だが、顔ぶれを見る限り三流寄りの二流が精々。と言った為そこまで深く気にする必要性はなさそうだ。
「これだけ狙われているなら尚更専門の者に任せるべきでしょう。その間に私達がこれらの脅威の排除に乗り出せばいいのでは」
「確かにな、だがそれはできない」
「何故ですか。重要人物なのでしょう?なら……」
「勿論、峰典氏には公安からSPが着く。が、その娘である純花嬢にはお前たちが着く、これは俺の決定だ」
確かに最重要護衛対象は研究者本人である峰典氏だ。だがだからと言ってそれに劣らず重要である人物に護衛に適さない私達を頑なに推薦する意図が分からない。私達が居た所で純花を狙う奴らを狩る位しか。
「もしや九条院 純花や峰典氏を餌に愛国師団の壊滅、更にこの国に脅威となりえる存在に対しての威信を示すという事ですか」
「そう言う事だ。お前らは純花嬢を狙う外敵の排除を主体に純花嬢の護衛に当たれ」
そう言う事か。峰典氏に力を入れ、峰典氏に手が出せない所でその娘があからさまな護衛が着いていなければそちらを狙うだろう、そこを私達が排除する。最悪娘である純花は死んでも構わない、手をこまねいていた愛国師団の排除と示威行為さえできれば問題ない。という訳か。
「その事に関して峰典氏は了承しているんですか」
ここまで押し黙っていた美野里さんが声を発する。それに対して楠さんが視線だけ向けて答える。
「勿論だ」
「………クソが」
楠さんの回答に美野里さんが苦々しげに顔を顰め、小さく悪態をつく。
成程やはりろくでなしか。親の癖に子供が死ぬことを了承するなんて。
まぁどうでも良いか、私の仕事は純花の護衛と敵対勢力の排除だけ。結構やる事多いな。
「それで、肝心の護衛方法ですがどうやるんですか?資料には純花さんは16歳で今年高校入学とありますが、まさか高校生にでもなれって言うんですか?」
「そのまさかだ」
「え?………」
一夜さんが呆けた顔をして、口元に手を当てながら小さく呟く。
「俺、37ですよ」
その瞬間一拍の静寂の後、会話してた二人の周りから小さな爆発音の様な呻き声が零れた。
腕の中で胸に顔を埋める里沙も折れんばかりに力を籠め小さく震え、一拍置いて理解した私も大きく口を開けてそっぽ向き、何とか堪える。
葵さんなんて声を押し殺して腿を叩いてるし、美野里さんも直前のとげとげした雰囲気は霧散し、ンフッ!と必死で顔を覆い堪えている。
「……そんなわけないだろう、未成年の二人が居るだろうが」
「あ、それもそうでしたね」
こうして締まらない雰囲気の中、時間に押された楠さんが残りの説明を先崎さんに任せ、足早に立ち去る。
残された私達は扉が閉まると同時に堪えきれなくなって全力で声を上げて笑った。そんな中一夜さんはいつも通り困ったな、と言わんばかりに苦笑していた。