犬小屋
エレベーターで地下へ向かう。
東京都のど真ん中に立つ政府管轄の私達の家は1階から10階までを居住区。地下1階が訓練所で2階が射撃演習場となっている。
地下に着いた私達は廊下を少し歩いた所で現れた両開きの扉の前に立ち、手元のスキャナーに手を置き網膜スキャンを通す。
電子音と共に扉が引かれ、その向こうに足を運ぶ。
「あら、二人ともおはよ~」
「おっす、相変わらず仲睦まじいね」
「お二人ともおはよ~。錦戸ちゃんの格好はおじさんには刺激が強すぎるからせめて下履いて欲し~な~」
「おじさん煩い。奥さんにいやらしい目で見られたってチクるよ」
「それは勘弁して、マジで!!」
「おはようございます、遅くなってすいません」
手を繋ぎながら入室した私達を出迎えたのは三人の男女。
最初にハスキーボイスで声を掛けたのは、幾つものモニターの前で煙草をふかしながら椅子に座る女性。
五十嵐 葵。
情報担当で元世界的に有名だった電子犯罪者でハッカー。
身長165㎝血液型B型、24歳。綺麗に染められた金髪が無造作に跳ねていて濃い黒のアイラインが特徴のヘビースモーカー。
体型はEカップでモデルの様な細い手足で長い脚をいつも組んで椅子に座って妖艶さと気だるげな雰囲気を纏っていて、いつもブラウスの胸元が大きく開かれていてシンプルなシルバーリングをネックレスにして晒している。
最近の趣味はドローン作成で、試作機がそろそろ出来上がるらしく、目の前の机の上にそれらしきものが乱立してる。
「いーわよ、別にそこまで大事な集会って訳でも無いし」
「いや割と大事な集会なんだけど」
「そお~?まぁ最悪後でメールでも送れば良いんだけどね~」
言動と言うか動きと言うか、色々だらしない、気の抜けた様な性格の葵さん。
彼女はバイセクシャルで性に奔放という訳ではないが、割と貞操観念が緩いのか既に隣で話す女性と肉体関係を持っているのに私に声を掛けてきたりする。
そんな葵さんと会話する女性は呆れた様なため息を零す。
堂本 美野里。
潜入・変装の専門で諜報担当を担っている。
身長158cm、血液型AB型、22歳。ベリーショートの黒髪は綺麗に切り揃えられ、健康的に日焼けした小麦肌と八重歯と快活な笑顔が猫の様で魅力的な女性。一人称が僕。
彼女は職務柄、目立つ筋肉をつけることも無く、どちらかと言うと中肉中背の男受けする肉付きのDカップの体型をスカジャンとエナメルスキニーパンツで包み、大きくあいたYシャツの胸元には地肌に括られたネクタイが垂れている。
最近の趣味は里沙をBL沼に引きずり込むのが楽しいらしい。本人は個人的にそういう本を書くくらいBL物に精通している、自他共に認めるヲタク。
「そんなことより美琴ちゃん今晩どお?僕優しくするよ?」
「いえ…いつも言ってますが私は」
「こらー!美琴を抱いて良いのは里沙だけなの!」
「出たなロリ巨乳、お前から犯したろうか?」
「ぎゃー!ガチレズに犯される!助けて美琴―!NTR!NO,MORE NTR!」
堂本さんはガチレズで完全タチな人で、顔の良い女性なら直ぐに邪気の無さそうな快活な笑顔を浮かべ相手の気付かぬうちに懐に入り込み、気づいた時にはベットの上で朝を迎える…なんて事がある。ていうか遭った。
そんな堂本さんの本命は私、に見せかけて私を守ろうと子猫の様に威嚇する里沙の様で、度々顔を合わせるたびに私に挨拶代わりにベットのお誘いをして、その度に幼い顔に着いた大きな猫目を子猫の様に吊り上がらせ小さい身体と大きな胸を使って精一杯威嚇する里沙を弄る。これが最近のやり取りで堂本さんは笑顔で、里沙はからかわれていると分かっている様子でそれに便乗するようにこじゃれている。
「う~ん。美少女同士でのじゃれ合いは見ててほっこりするね~」
「一夜さん奥さんに視姦されたって言いますね」
「おじさんだらしない、その髭剃って」
「……もっとおじさんを労わって欲しいなぁ」
「大丈夫ですよ一夜さん」
「美琴君……」
「奥さんには事故だったと伝えときますんで」
「……やっぱり大丈夫じゃないじゃないか……」
横で皆からの愛あるぞんざいな扱いに、演技がかった様子で会議机に突っ伏して項垂れるスーツをきっちりと着込んだ中年男性は工作を専門とする。
佐藤 一夜。
工作専門で火薬物に対して鼻が利く超感覚持ち。
身長190㎝、血液型A型、年齢37歳。顎先だけ残した海苔の様な髭がお気に入りらしく、サイドから後ろにかけて細かいブロックが走り、襟足まである黒髪を撫でつけ後ろに流している。
最近の趣味は娘さんが嵌っているゲームに付き合わされている内に、自分もゲームにハマりだしているらしい。
「おじさん困っちゃうな~」が口癖で柔和な雰囲気を纏いながら苦笑が絶えない弄られキャラ。
元公安テロ対策課所属で、体格はきっちり着込まれたスーツからでも分かる程に鍛えられ、太く逞しい。
愛妻家で二子の子持ち。容姿の良い同僚が多いこの環境で男一人肩身の狭い思いをしながら、間違いを犯さないか葵さん経由で報告されていてより一層肩身の狭い思いをしているらしい。
「そう言えば一夜さんの奥さん、風邪は治りました?」
「あ、うん!つきっきりで看病したから熱はもう下がったよ。ごめんね~昨日は、お休みしちゃって」
「ホントだよ!その所為で美琴がおじさんに裸を見せる羽目になったんだよ!!反省して!!」
「って言う癖に昨日めっちゃ心配してたじゃ~ん、差し入れの果物とか飲み物とかわざわざ葵経由で送った癖に~。しかも子供の好きそうなお菓子とかも一緒に」
「ちょっ!美野里!!」
「あ、あれ里沙ちゃんだったの?ありがとうね~、家の子も喜んでたし千夏さんもお礼言っていたよ。ありがとう、今度お茶しようねって。千夏さん知ってたんだな~」
「うぅ~!!葵さんも秘密にしてって言ったじゃないですか!なんでばらしてるんですか!」
「いや~?あたし嘘とか嫌いだし?病人と子供の口に入る物を差出人不明で送るとか有り得ないし?それに別にはっきりとは言ってないよ~?」
「ほれほれ、いつも一夜さんにキツイ態度取るくせに裏ではめっちゃ心配してるってバレた気分は?ねぇねぇ今どんな気持ち?ツンデレばれてどんな気持ち?」
「美野里ちゃん?ちょつとやり過ぎかも…ほら」
「あら~、美琴ちゃん後はよろ」
弄られすぎて、ツンデレ行為がバレた所為で余りの恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら固く口を結び、目に珠の様に涙を浮かべシャツの裾を握りしめる里沙の様子に、美野里さんは明らかにその眼に劣情を抱きながら、余りやりすぎるのもかわいそうだといじわるそうに弧を描きながら両手を上げ後ずさる。
「はぁ、おいで里沙」
「う…うぅ~!! 美琴~!!」
恥ずかしさで幼児退行の入った里沙を抱きしめ、膝に載せながら椅子に座る。
完全に泣きの入った里沙をあやしながら、ニヤニヤする三人に余り虐めないで上げて下さい。と注意し、三者三様に肩を竦めるのを尻目に赤ちゃんをあやす様に軽く揺らしながら里沙をあやす。
因みに里沙は抱き寄せて直ぐ私の胸もとに顔を押し付けて深い、それはもう深い深い深呼吸を繰り返していた。
「あ~あ。ああなった里沙はもう梃子でも動かないよ」
「ふへへ、美少女と美幼女の濃厚な絡み……良き」
「う~ん、美琴ちゃんは将来良いお嫁さんになりそうだよね~」
三人からの視線に晒されむず痒い思いから、逃げる様に口を開こうとした瞬間背後で扉が開く音と二人分の足跡が響き、葵さんはため息を吐いて手に持っていた煙草を消し、美野里さんはあからさまに嫌そうに眉間に皺を寄せた後表情を消し、一夜さんは表情を引き締め姿勢を正す。
私は胸に顔を押し付けたまま背中に回した手に力を入れる里沙を抱きしめたまま、椅子を回して背後に顔を向ける。
「遅くなって悪いな」
「皆さんおはようございます」
最初に声を発したのは私達の上司の男性。次に挨拶をしたのが先日の仕事の帰りにも顔を合わした青年。
上司の方は公安所属の53歳の男性、名前は楠 秀樹。黙っていればそこら辺に居る中肉中背の年寄りだが、背筋が伸びていて魑魅魍魎跋扈する政界にも顔が利く通り、食えない男だと言うのが私達の総見だ。
二人目の青年は仙崎 真尋。年齢26歳で愛想の良い好青年然とした印象を受けるが、忠実な牧羊犬で楠さん以下権力の忠実な犬で私達の監察官だ。
これで私が半年前に所属した組織のメンバーが全員集まった。
特務機動国防特選班。
私達はここを犬小屋と呼んでいる。
コードネームが犬の名前は私だけなのに、多分飼われている事に対する嫌味なんだと思う。
名目上警察の公安という国家権力の元にあるが、実態は完全に独立した部隊として楠 秀樹以下権力者の元国家に仇す脅威の排除や膿の排除を目的とした部隊。
国の利益の為、元テロリストだろうが元特殊自衛官だろうが殺し屋だろうが孤児の私生児だろうが、秀でた能力を持った人材だけを集めた少数精鋭のゴミ処理部隊。
長くは無い期間だが、連日仕事に入るような濃い期間を過ごしたことでここの4人とはプライベートでも関わる位には親しくなっていて、家族の記憶と言う物が碌にない私には結構居心地のいい環境に思える。
脛に傷がある者達が集められた優秀だが後ろ暗い経歴のある私達を前に、楠さんは道具を見る様な冷たい目を向けながら口を開く。
「お前ら、仕事だ」
飼い犬は今日も命令通り牙を立てる。