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飼い犬は首輪を外さない

 世の中は不平等と偽善で出来ている。


 社会と言うのは歪で悍ましい。科学技術が発達し社会規範が浸透し情報過多社会に入ろうが、本質は変わらない。

 悪人が善人の顔をして悪を成す、そして権力ある悪人のお陰で社会は回っていく。


 少子高齢化を憂いその対策を声高に叫ぶ政治家は裏で児童ポルノに手を出し、難病に苦しむ人々を救う為に特効薬を作り出した名医が、裏で社会的価値の無い老人や行き場の無い移民や将来性の無い孤児を相手に非道な人体実験を行ったり、多くの中小企業は社員に無理を強いてこの国の経済を一定水準に保たせる。


 清廉潔白な人間なんてこの社会では極一部だ、それも天上で生き残れるような権力と地位のある人間ともなれば数えられる程度になる。

 結局世の中は清濁併せ持つことのできる悪人が、善人の仮面を被って社会に貢献し、その見返りに国はその悪事を許容する。


「ま、待て!俺は政治家だぞ!俺が居なくなったら野党は誰がまとめる!」


 勿論、出る杭は打たれるというか、物事には限度と言う物がある。

 悪事は飽くまで見逃されているだけ、その功績によって許容されているだけであって、無別幕無しに行って良い訳では無い。


 道行く子供を犯せば罪に問われるし、善良な日本国民を誘拐し人体実験すればささくれが出来る。

 私達政府、もとい社会は国の為に行動している。

 故にどれだけ利益を、貢献を悪人が重ねようが、無辜の民をいたずらに手にかけるような獣は排除される。


「はぁっはぁっはぁは…わ、わかっ…た。分かったから、電話するから、待ってくれ」


 飽くまで許されているのは管理された上でのガス抜きであって、犯罪ではない。

 罪は罪。罪には罰を。

 世界を代表する天才鬼才でもない限りはこの法則が適用される。

 が、往々にして悪人とは裁かれる運命にあるのか、はたまた自ら裁かれるために処刑台への道を彩るのか、善人と呼ばれる悪人は自ら首輪を外し獣になり果てる。


「な!まってくれ!確かにやりすぎた!もうやらない!だからチャンスを!もう一度だけチャンスを!!」


 そしていつの時代も、そんな獣や用済みの処理を任されている者達が居る。

 決して歴史の表舞台に現れてはいけない影の存在。

 社会的地位も、権力も、生きる自由も、首輪を外す気力も無い社会の犬。

 替えの効くそこそこ金のかかった道具は今日も。


「っ止めてくれ!嫌だ!死にたくない!死にたく!!??」


 バスッバスッと引き金を引いた銃から激発と共に銃弾を吐き出し、醜く肥え太った用済みの男を処理し、転がる二つの薬きょうを拾い任務完了の連絡を入れる。


「……終わりました。はい、死体の処理はいつもの方法で。はい、では後の事はアライグマに任せて帰宅します。はい、お疲れ様です」


 電話向こうから聞こえる、ロボットを思わせる淡々とした口調の上司との電話を終え、待機していた後処理の担当の者と目も合わせずすれ違い、地上に向かう為エレベーターに乗り込む。

 上司含む私の親とも飼い主とも呼べる人たちは総じて私達の事を人だと思わない。

 当たり前だ。道具に名前を付けその仕事ぶりに声を裏返して褒めるような人間は居ない、道具はその存在理由足る仕事をこなすのが当たり前、出来なければ不良品として捨てられるだけ。


 だから私達は捨てられないように、これ以上の地獄に落ちないようにただ淡々と仕事をこなす。

 不良品の行く末がこの地獄よりましなんて事は、あり得ないのを私達は知っているから。


 地上に着き、ビルのエントランスから外に出ると春先の肌寒い風が髪を揺らす。

 プップー!とクラクションのなる音の方に、乱れた髪越しに視線を向ければ何の変哲もないタクシーが待っている。

 髪を直しつつ、車に向かい導かれるまま車内に乗り込む。


「お疲れ様です美琴さん」

「そちらもお疲れ様です仙崎さん、このまま自宅に向かわせてもらえるのですか?」

「はい、この後は特に何も入ってないのでしっかり休むように、との事です」

「そうですか、ではお願いします」


 そういうと優男然とした爽やかな笑顔を浮かべた20代中頃な青年は静かに車を発進させる。

 静かな車内で会話の一つもなく、ただ景色が流れるのを見つめる。

 

 彼は連絡係兼送迎係、そして私達道具を逃がさない為の首輪であり牧羊犬。お互い犬だが立場が多少違う。


「そう言えば聞きましたか、あの噂」

「…あの、と言うのは例の拉致被害者の事ですか?」


 突然話しかけられて内心驚いたが、それをおくびにも出さず返答する。

 恐らく何らかの次の任務についての世間話の体を装った話だろう、時たまこう言う事はある。

 基本的に突然任務を命令されるばかりだが、長期的、大規模的な任務になると予め心構えをしておけとの忠告も含めてこういった話をされる。今回もその類であろう。


「はい、我が国の有力な財閥の血縁者であり世界的有数の細菌学者である九条院 峰典氏がK国から人質交換で解放され、昨日帰国しました。ですが現在彼は何らかの組織に狙われている。というお話です」


 九条院(くじょういん) 峰典(みねのり)

 細菌学者を代表する今代の天才で、変人。

 彼は日本を代表する財閥である九条院家の三男で、現当主九条院 正信まさのぶとその妻、美津江みつえの次男。

 峰典氏は幼いころから科学者としての片鱗を見せ、そして14歳の時その才を発揮した。

 が、峰典氏は歴史にある様に、科学者としては天才だが人としては変人だった。


 研究の為なら、秘境の地だろうが紛争地帯だろうが軍事的鎖国を敷いてるような国だろうがいつ間にか足を運ぶ幼子の様な人物で、そして素晴らしい事に倫理観と言う物が欠如していた。


 そんな彼は1年前に隣国に足を運び、スパイ容疑を掛けられ拉致監禁。恐らく峰典氏の技術をここぞとばかりに得ようとしたのだろう。

 が、峰典氏の有用性は世界各国に知れ渡っており、いかに彼の国と言えど列強諸国からの同時圧力には敵わず僅か一年で母国日本に人質交換として帰国した。


 そんな彼は帰国するや否や取りつかれたように何かの研究に走り、そしてそれが形になると同時に何者かの工作の手が伸びた。と言う話だ。

 こんな話何故私達末端如きが知っているのか、と疑問に思わなくも無いが、どうやら上司達は余り私達に隠す気は無いらしく、この程度の情報ならすぐに手に入る。流石に本質に関わりそうな事は手に入らない。手を出せば待っているのは殺処分だが。


「まぁ、一応分かってると思いますが緩みすぎないようにしてください。いざ大物の狩りの命令が下った時に牙も爪も錆びていては、直ぐに要らない子扱いされてしまいますから」

「分かっています。私も死にたくないですし、常に万全の態勢を保持します」


 やはり忠告の一種だった。

 何を今更、と思う。この場に居る人間の中にあの訓練を終えただけで腑抜ける様な者はいない。

 文字通り死ぬ気で生き残った数年間を、たった一度の仮初の解放への喜びだけで棒に振るような馬鹿な真似をする訳が無い。

 彼は私の言葉に満足するように頷く。そこで丁度窓の向こうに見慣れたチラホラと明かりの点いているマンションが映る


「それは重畳、どうやらドライブはここまでの様ですね。お小遣いは明日までにいつもの口座に振り込まれるようにしますので、腑抜けない程度に息抜きをしてくださいね」


 マンションのエントランス前に横付けし、左肩側の扉が開き肌寒い風が車内に吹き込む。

 

「それでは、お疲れ様でした。良い週末を」


 彼は私の返答も聞かず扉を閉め発進させ私にガスを浴びせる。

 残された私は特にその後を追うことも無く、すぐさま踵を返す。早くシャワーを浴びてベットに入りたい。今日の暗殺対象はやたら身体を舐めてきて気持ちが悪い。


 エントランスの扉をくぐり玄関前の扉に立ち、目の前のコンソールにIDカードを翳し、パスワードを打ち込み、指紋認証を終える。

 三段階の面倒なロックを解除すると目の前の扉が開き、やっと寒空の下から解放され足早にエレベーターに向かう。


 厳重すぎるロックだとは思うが、ここの住人の特異性を鑑みれば当然だと思える。

 何せここは私達が済む家なのだから。


 自室の扉を開け、靴を脱ぎ服を脱ぎながら浴室に向かい、そのまま流れる様に洗濯物を籠に放り込み熱いシャワーを頭から浴びる。

 しっかりと髪と体中を念入りに洗い、化粧も落とし身を清め。

 バスタオルで髪を拭きつつ、床に水滴を並べながら寝室に向かいそのままベットに倒れ込む。

 直前の気の萎える気持ちの悪いセックスの所為で疲れた体は直ぐに眠りに入り、それに抗うことも無く緩やかに瞼を閉じる。


「おやすみなさい」


 せめて夢の中でだけは幸せで有れますように。

 私は現実という夢から覚める為に目を閉じる。


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