80の楽園
80の楽園
80歳の誕生日を迎えた日に、人は死ぬ。
それは生まれた瞬間に決められた事だった。
ここに、今日、80の誕生日を迎える女性がいる。女性の周りには子や孫といった親族が集まり、別れの言葉を女性に掛けていた。
女性も一人一人に別れの言葉を掛ける。
娘は泣いていたし、息子は涙をこらえているように、女性の目には映った。
送る側を両親や夫で経験してきた女性の目に、涙はなかった。
送る側の方が辛い事を、経験から知っていたからだ。
「ありがとう」
女性は感謝の言葉を最後に告げる。
80の誕生日を迎えた女性は、穏やかに眠りに就いた。
楽園の先
80歳の誕生日に、人は死ぬ。
生まれた子の心臓に、毒が仕込まれるからだ。
エデンなどという名が付けられた毒の投与は、非人道的であり、毎年膨れ上がってきた医療費や年金に効果があるといっても、認められるものではない。
人権団体はそういって騒ぎ出し、自身の心臓に投与されたエデンの解毒を行い、当然、自身の子達にエデンの投与は行わせなかった。
人権団体の代表であった女性は叫んでいる。
毎日毎日同じ事を叫んでいる。
女性が叫んでいる内容は、かれこれ40年以上も前のものであり、女性の話に耳を傾ける者は、一人もいなかった。
少し前までは色々な所を徘徊していたが、ベッドの上での戯言ではどうしようもない。
皮肉な事にこの女性は今、エデンに疑問を抱く者に対する広告塔となっていた。
楽園とは、死にゆく者にだけに与えられるものではない。
女性の親族達が苦悩し、疲弊している姿を見て、人々は楽園の意味を理解した。
隣の病室では「ありがとう」という感謝の言葉と共に、涙の別れが行われている。
この病室ではきっと、誰の口からもそんな感謝の言葉は出ない事だろう。