少年の説得
影の丸椅子に座り、チラリとレーヴェの顔を見る。レーヴェは俺が見ている事に気付くと、小さく微笑んでくれた。そのまま義母さんに視線を向けると、義母さんは俺に暖かい目を向けている。
思わず本当の事を話してしまいたくなるが……駄目だ。レイジ・スギヤを殺しにヤパンへ向かうなんて、絶対に言ってはならない。この静かな決心を表情に出さないように気を付けなければ……
「ユウキがオレの部屋に来るなんて珍しいじゃねえか。帰って来たばっかだろ? 用件の前になんか食べるか? 直ぐに作ってくるぞ?」
「いや、ギルドで食べてき」
「はーい! ワタシ、何か食べますー!」
……俺の返事はレーヴェの元気な返事に掻き消された。義母さんに目線で同じ事を聞かれたので、首を振って答えておく。俺の回答を聞いて義母さんが頷いた時、少し寂しそうな表情をした気がする。
俺だって義母さんの料理を食べたいけど……何となく分かるんだ。義母さんの料理は俺には暖かすぎる……家族の為の料理なんだ。そして家族には……当然レイジ・スギヤも入っている。そう考えると、レイジ・スギヤを憎んでいる俺は食べる資格が無いような気がして……
「レーヴェはさっき食べただろうが……ユウキが食わないなら作らねえ」
「ごめんな、レーヴェ」
「それじゃユウキ、本題は何だ? オレの部屋に遊びに来たってわけじゃないんだろ? 修行でもつけて欲しいとかか?」
義母さんの修業……聞いただけで背筋に冷たいものが走る。昔、風属性の魔法を扱う為に修業をつけてもらった事があるけど……獣人の国に連れられてライオン3頭に襲われて逃げ回ったり、ロープで縛られて義母さんに引き摺られたりと嫌な記憶しか残っていない。
思わず苦笑いする俺を見て、ニヤリと微笑む義母さん。俺の気を紛らわせる為の冗談か……そんな険しい顔してたかな。いや、してて当然か、今から大切な家族に嘘を吐かなければならないんだから……
「いやいや、修行はもう大丈夫です。実は明日からヤパンに行こうと思いまして……」
「お義兄ちゃん、ヤパンに行くんですか!?」
レーヴェが大声で反応し義母さんはニヤリとした微笑みを保っていたが、眉をピクリと動かしたのを俺は見逃さなかった。口の端からほんの少しだけ牙が見えているって事は……
マズい……義母さんは表情に出さないようにしているんだろうけど、俺の事を怪しんでいるんだ。疑いを完全に払うとまでは行かなくても、どうにか和らげないと。
「へぇ、ヤパンに行くのか? 何でまた急に?」
来た、理由の追求……絶対に来ると思った。本来の理由を話す訳にはいかない。とはいえ、全てを嘘で取り繕ってしまえばボロを出す可能性が高くなってしまう。だからこそ、こういう時は本当の事の中に、ほんの少しだけ嘘を紛れさせるんだ。
「ピグマおじさんの知り合いに、未来が視える人が居るんだって」
義母さんは意外そうに軽く目を見開いた。どうやら、義母さんもその人の事を知っているらしい。良し、意表を突けば疑う気持ちも少しは薄れるんじゃないかな?
「俺もそろそろハインリヒ周辺の魔物じゃ物足りなくなってきてね……折角だから、ヤパンを観光しながら、その人の所で修行しようかなーって思うんです」
「ふーん、なるほどなぁ……そうか、ヤパンに観光か。お前が、観光ねえ……?」
義母さんは俺の事を観察するかのように目を細める。とうとう嘘を吐いた……ここで少しでも表情に出せば、何処かに嘘があると気づかれてしまう。表情筋を総動員させて、何とか表情をを保……てていると信じたい。
「だ、駄目かな……?」
「駄目ってわけじゃねーけどよ……うーん、なんかなぁ……」
「ヤパンって、東の大きな国ですよね。良いなぁ、ワタシもお義兄ちゃんについていきたいです」
レーヴェの事だ……絶対にそう言ってくると思っていた。別についてきても俺の目的がバレるとは限らないのだから、ついてこさせても良いのかもしれないけど……いや、駄目だ。多分レーヴェは一緒に修行しようとしてくるし、一緒に観光しようとする。そうなってしまってはあの男を探している場合じゃなくなる。
でも、俺もヤパンについて何も知らないわけじゃない……レーヴェをついてこさせない、良い場所を知っているし、本当に行くつもりだ。
「修行として不死山を登ろうと思っているんだ」
「っ、不死山か……ってなると、レーヴェは行かねえほうが良いかもな」
「ええっ、何でですか?」
「不死山ってのはヤパンにある火山でな。単純に言えば、熱くて、ガスが出てて、火属性の魔物だらけの場所で、獣人殺しの土地だ。ユウキはともかく、先祖返りまでしてるレーヴェは行かせらんねえ」
予想通り……不死山に行くと言えば、義母さんがレーヴェを止めてくれると思ったんだ。説明の通り、不死山は獣人と相性が最悪な土地。どんなに屈強な獣人でも、不死山だけは絶対に避けると言われている。というか、これでレーヴェにゴーサインが出たら、打つ手は無い。
「そんなぁ……行きたかったです」
「まあ、お前はユウキにベッタリしすぎだしな。兄離れに丁度良いんじゃねえか。ユウキ、1人で行ってこい」
良し、義母さんを説得できた! レーヴェも義母さんに言われればついてこないだろうし、これで気兼ねなくあの男を探す事が出来……
「でも、ユウキがヤパンで修行かぁ……確かレイジ様も、急にヤパンで、しかも不死山に修行しに行ったけなぁ……!」
「っ!」
レイジ・スギヤが……ヤパンで、不死山で……修行してた!?
「そうかそうか……ユウキもヤパンか。そういう運命みたいなモンがあるんだなぁ……」
「……ぅ……っ!」
抑えろ……折角こうやって、上手く誤魔化せたんだから、それで良いだろ……! クソッ、最悪だ……よりにもよって、あの男と同じ場所で同じ事をするなんて……! 屈辱だ……でも、それであの男に近付けるなら、甘んじて受け入れてやる……!