少年の義家族
俺の部屋も2階で、ピグマおじさんの部屋から少し離れた所だ。俺の部屋の隣には義母さんの部屋、その奥に義妹の部屋がある。俺の部屋に入り荷物を投げ捨て、ベッドの上に腰掛けた。
俺の部屋はベッドと机と椅子しか存在しない。単純な作業と眠る為だけの部屋……と言っても外で夜を過ごす事も多いし、時々しか帰って来ないのだけど。とはいえ、毎日従者の皆が掃除してくれているおかげで、何時帰ってきても気持ちよく使えるのは凄く嬉しいしありがたい。
「はぁ……」
軽く溜め息を吐き、目を閉じる。そのままベッドに身を投げ出してしまいたいが……帰ってきたのに義母さんへの挨拶無しは良くないよね。それに義妹にも声をかけてやらないと、朝起きる時に面倒な事になるだろうし……ここで寝るわけにはいかないか。
明日からヤパンに行く……その時に義妹をついてこさせない言い訳をしっかりと考えないと、面倒になる事は間違いない。せめて観光ではなく、もう少しマシな理由を言っておけば……でも、別にヤパンに行く用事なんてギルドの依頼か観光くらいしか無いか。
「あの、お義兄ちゃん……帰ってきてるんですか?」
ベッドに座りどう言い訳をしようか考えていると、部屋の扉が控え目にノックされる。扉の向こうからは不安そうな妹の声が聞こえてきた。
さっき玄関で出迎えてくれた従者が俺の帰宅を伝えたんだろう。義妹はちょっと面倒だし、無視したいのだけど……無視したら無視したで面倒な事になるだろうし、答えてやるしか……
「居ますよね……? 匂いがドアの中まで続いているんです。間違いなく、まだお部屋に居ますよね? 会いましょう、お義兄ちゃん。久しぶりに撫でてください……」
……久しぶりになんて言っているけれど、最後に撫でてやったのは今朝だ。義妹はいつもこうやって俺に撫でてもらおうとしてくる。俺が居るのが匂いで分かると言うのは決して義妹が変態であるというわけではない。
匂いで部屋に居る事がバレているのなら、このまま無視しても仕方ないか。ドアノブの影を伸ばし、影の手を作り出してドアノブを開けさせた。その瞬間に部屋の扉が壊されそうな勢いで開かれ、俺の部屋に素早く義妹が飛び込んでくる。
「お義兄ちゃああああああんっ!」
超高速で迫ってくる義妹対策に身体強化を発動し、頭を片手で抑えて抱き着こうとしてくるのを抑えた。不満そうに唸り声をあげているが、黒髪の頭をワシャワシャと撫でてやれば唸り声は直ぐに喉を鳴らした嬉しそうな声に変わる。
身体強化をしたのは、別に義妹が嫌いだからじゃない。身体強化をしなければ義妹の力に負けて吹っ飛ばされるからだ。俺の義母さんは獣人の血を引いていて、娘である義妹も当然獣人の血が混ざっている。と言ってもその血は大分薄まっている筈なんだけど……先祖返りというものがあるらしく、義妹は獣人化という特殊な魔法を使わなくても嗅覚は鋭いし、尻尾や獣耳が存在しているのだ。
「ただいま、レーヴェ」
俺の服を嗅ぎながら笑顔を向けてくれるレーヴェに微笑むと、尻尾がはち切れんばかりに左右に振られていく。
力が強すぎて少し……いや、かなり鬱陶しいが、邪険に扱う気にはなれない。だって、俺にとってレーヴェは2人しか居ない家族の1人なんだ。そう考えると、引き剥がす事なんて出来ないよ……
「やっぱり、お義兄ちゃんの匂いは落ち着きます……もう少しだけ匂いを嗅がせてくださいね」
「……後で義母さんとお前に話があるから、程々にしてくれよ」
「は~い……」
ヤパンに1人で行くんだ、これくらい甘えさせておかないとレーヴェは絶対についてこようとする。暫く会えなくなるのは嫌がるだろうけど……はっきり言って、ついて来られると邪魔になってしまう。あの男に出会ってやりたい事をレーヴェが知れば、悲しむし邪魔してくると思う。
暫くレーヴェの好きなようにさせていると、珍しい事にレーヴェが俺の体から手を離して立ち上がった。おかしいな……自分から離れようとするなんて、滅多に無いのに。
「もう大丈夫です。お母さんの所へ行きましょう」
「え、いやもう大丈夫って……別にもう少し位ならいつものようにしてても良いんだよ?」
「今日のお義兄ちゃん、いつもより優しいから何か怖いんです。早くお母さんの所に行って、安心したくて……」
「分かった、それじゃあ、義母さんの部屋に行こうか」
やっぱりレーヴェは鋭いな、獣人の勘という物だろうか。もうヤパンに行こうとしている事もバレているのかもしれない。だとしたら、本当に悪い事をしている。義母さん達への説明が終わったら、その後も時間が許す限りは一緒に居ようかな。
俺はベッドから立ち上がり、寂しそうな目を向けてくるレーヴェの頭を荒々しく撫でておく。こんな雑な撫で方でもレーヴェは嬉しそうに微笑み、俺の腕に抱き着いてきた。
「じゃあ、行こうか……と言っても、隣の部屋だからそこまで気合を入れなくても良いんだけどさ」
◆
俺の部屋の隣の扉には、黒く塗られた木で作られた獣のプレートが掛けられている。部屋に入る前にドアの前で深呼吸をし、手の甲で3回ドアを叩く。
「おお、誰だ?」
「義母さん、俺です。ユウキです」
「おー、ちょっと待ってくれ。普段着に着替えるから」
義母さん……また部屋の中で下着だけになってたのかな。やれやれ、それでこの前緊急事態に飛び込んできた執事を半殺しにしてというのに……
待つ事数分、レーヴェの頭を撫でたり鼻を摘まんでポカポカと反撃されていたりすると義母さんの部屋の扉が開いた。無造作に伸びた黒髪と、満月のように黄色い瞳の女性が出てくる。黒のチューブトップとショートパンツという大胆な格好だが、義母さんにとってこれは普段着だ。この人がレオ義母さん、両親が居なくなった俺を育ててくれた大切なもう1人の家族。
「よう、待たせたな。レーヴェも来てんのか。ま、とりあえず中に入れよ」
義母さんの部屋に入れてもらい、指を鳴らして自分とレーヴェの影から丸椅子を作り出す。義母さんがベッドに座り、優しい目で俺に話せと促してくれる。
少し緊張してきたな……大切な家族だが、俺は今から嘘を吐かなければならない。ヤパンへ行く本当の理由、あの男……俺の本当の父親、レイジ・スギヤを見つけ出して殺す事を隠すために。