あの男の噂
気になる話をしていた男の肩に、これでもかという程に力を込める。あの男の情報ならば、ここから何処かに行かれてしまっては困る。詳しく話すまではここに居てもらわないと……!
「ユウキ君、報酬金を持って来たわよ……あら? 喧嘩だったら外でやってくれるかしら?」
「……そうですね、失礼しました。お詫びにここのお代は俺が出します。なので、さっきの話を詳しく聞かせてくださいね?」
「い、椅子から動けねぇ……あの野郎、逃がす気はねえみたいだな」
と、口では謝っておくが、闇属性の魔力で作ったナイフを影に突き刺しておく。これでこの2人は椅子から離れる事は出来ない……勿論、俺が聞きたい事を離してくれれば直ぐに解放するつもりだけど。
ふぅ……少し落ち着かないとな。目的の為に手段を選ばないのは俺の悪い所だと、義母さんによく怒られる。あんまりやりすぎると義母さんに怒られるから……迷惑をかけないように気を付けないと。
「はい、これが今回の報酬よ。あんまり使い過ぎないようにね?」
「…………んー、やっぱりBランクの金額じゃないですよね。賞金首の実力だけで言えば、Cランクにギリギリ届くか届かないか位でしたし」
「そう言うと思って、理由も軽く調べておいたわよ。あの賞金首は魔物除けの道具のおかげで、街の外に住処があったようね。出歩くのは夜が多いせいで、ランクがここまで引き上げられたそうよ」
そう言う事か……魔物は夜中に力を増す。賞金首もそれを分かっていた上で、夜に行動していたんだろう。道理でハインリヒの裏通りの情報屋に居場所を聞いても夜しか教えてくれなかった訳か。今まではそうやって相手にだけ魔物を襲わせて自分は逃げてきたのだろうが……同じように魔物に気付かれない手段を持つ俺に見つかったのが運の尽きだったね。
「納得行きました。この金額を受け取りますよ」
「ええ、そうして頂戴。それで、この手配書は受けるという事で良いのかしら?」
「そのつもりだったんだけど……ヤパンに用事が出来たかもしれないし、クエストボードに貼りなおしておいてください」
「了解、またのご利用をお待ちしてまーす」
そう言って受付に背を向け、影を刺した男達の机に向かう。余っていた椅子に勝手に座り、机の上に残されていた料理を勝手に食べ始める。
俺達ギルドのメンバー同士なんだ、遠慮なんか必要ない。それにどうせこのテーブルの代金は俺が出すんだから、ちょっとくらい食べたって文句は無いだろう。というか、言われたとしても食べるけどね。
「オイ、話してやるからシャドウナイフを解除しろ。飯を食う事すら出来ないだろ」
「ああ、悪い。そこまで動きを封じるつもりは無かったんだけど……コレはコントロールが難しくてさ」
軽く指を鳴らすと、影に刺さっていた魔力のナイフが霧散する。自由になったオッサン2人は、ゆっくりと食事を再開し始めた。俺だけ飲み物が無いのでウェイトレスを呼び、果実酒とツマミの種を注文してする。
家に帰れば義母さんやメイドが料理を用意してくれるんだろうけど、こんな時間に作ってもらうのは申しわけ無い。折角報酬も貰ったんだし、後でもう少し注文しようか。
「じゃあ、話してくれる? 勿論、拒否権は無いよ、拒否しても話すまで痛い目を見てもらうだけだからね」
「わーってるよ、話すって言ってんだからそこまで脅さなくて良いだろうが。飯も奢ってもらうんだし、対価は充分だっつーの」
うんうん、話が早くて助かるね。面倒だし魔力の無駄だもの、楽できるなら楽に行きたいよ。あの男が絡んでると思うと、加減が出来なくなってうっかり殺してしまうかもしれないし……そうなったら、情報を持ってる奴を探しなおしだ。まあ、コイツラが知っているという事は、情報屋に聞けば詳しい情報を得られるかもしれない。まあ、金は相当持ってかれるだろうけど。
「何でも最近、ヤパンに黒髪黒目の変な男を見かけるって話だ」
「別にヤパンじゃ黒い髪も黒い目も普通だろ。それよりも気になるのは全属性って話だよ。そこの部分を話してほしいんだ」
普通の人間は属性が1つと言われている。時々、2つ以上属性を持つ者も居るけど、それでも多くて3属性が限界らしい。だが俺は残念ながらそうではない。顔も覚えてない母親も……認めたくないが父親であるあの男も全属性、俺もそれを引き継いで全ての属性が扱える。
「何でもヤパンに魔物が襲来した事があったらしいんだ。それも1匹や2匹じゃねえ、200や300といった最早軍隊と呼べる規模のな」
「そんな事があったの? 普通は問題になって、この街で騒がれていてもおかしくないのに……全然、聞いた事無いんだけど」
「問題になる前にその男が片付けちまったんだよ! 右拳に炎を灯して殴ったかと思えば、左足の蹴りと共に放電。右脚に風を纏って浮き上がり、左腕に水流を纏って薙ぎ払う。正に姿を消してしまった勇者にそっくりな戦い方だったらしいぜ」
本当にアイツの戦い方……何でだ? 守護神獣から見放されて、その戦い方は出来なくなっている筈。本当にあの男なのか……怪しくなってきたかな。まあいいや、どうせ聞いただけで終わらせるつもりは無い。ヤパンに行って自分で確かめるんだ。それが本物であれ、偽物であれ……まずは叩きのめす!