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色のない街  作者: 宮崎 白子
3/4

スカンブル

「巴菜はさ、デザイナーになれよ。」


教室は雨の匂いがしていた。放課後に行われた三者面談の後、美術室にこうして集まろうと約束していた私達以外に、人はいないようだ。しとしとと地面を耕し続ける雨水の音以外にはなにも聞こえず、私はなんだか妙に緊張してしまう。


「…うん?なんで?」

「だって、特に夢とか、ないんだろ?」

「いや、まぁ、そうなんだけど…、」


相談したわけでもないのにそう言い当てられて、私は思わず身体を小さくさせた。やはりこいつに隠し事なんて私にはできないみたいだ。私が物事を隠すのが下手なせいなのか、それとも彼が見破るのが上手いせいなのかは分からないけれど、いつもそうだった。


「ならさ、デザイナーがいいよ、お前は。」


確信を持って真っ直ぐに私の方を見て笑う。こんなに湿気が多いというのにその髪はいつもと変わらず柔らかく見えて、なんだか無性に羨ましくなりながらも私は重い口をまた開いた。


「…不思議だよね。」

「ん?なにがだよ。」

「…いや、なんでもない。」


私は、二年生の頃と比べてすっかり伸びた髪を手櫛ですいた。指と指の間を髪が滑っていく感覚すら、こいつといるとなんだか妙に貴重に感じる。


…不思議だ。彼がただ口にしただけだというのに、むしろ何かを創り出すという仕事が私の天職であるかのように感じたのだ。なんのデザイナーかは分からないけれど、私にはその仕事がきっと向いている。あぁでも、ただやりたいデザインだけをやっていたって食べていけはしないだろうな。それならやっぱりほかにきちんとした就職先に勤めて、副業としてデザイナーをやって行こう。真っ白な紙に、濃ゆくて太めの緩い曲線で好きなデザインを描こう。隣には凛斗が居て、今度はなに作ってるんだ、なんて言って少し汚れたスケッチブックを覗き込むんだ。うん。それがいい。きっとその時、近づいてきた髪はいい匂いで、思わず私は何度も目を瞬かせるんだろう。


「なに、熱でもあんのか?」


突然顔を覗き込む凛斗にぎょっとして、私はすぐ顔を赤くさせる。

…いけないいけない、空想にふけっていたようだ。

頭の中が見透かされていたらどうしよう、と不安になる。もしかしたらこいつは全部知っていて、私のことを誰かと笑っているのかもしれない。

慌てて一歩後ろに退いて首を横に振る私を見て、凛斗は目を細めた。それだけで荷が降りたようにこころがフッと軽くなった。


あぁ、もどかしいけど、心地がいい。

ずっとこうしていたいような。


「でも、そういうのはお前が決めろよ。」

「え?」


そう言った凛斗の声のトーンは低い。雨雲がかかり、日も沈み出した教室はいつのまにかすっかり薄暗くなっていて、凛斗の顔は少しだけ目を凝らさないと見えない。


「え、分かってるよ、そんなこと。」


なんだか急に裏切られたような気がして、でもそれで傷つくのもなんだか悔しくて、私は目を伏せて無理矢理に笑った。凛叶の顔ははっきりとは見えない。はっきりとは見れない。どんな顔をしてるのか、分かりたくない。ただ怖かった。


「お前はさ、俺のことちゃんと見てるか?」


そっけない声だった。怒ってる。そう思って私はさらに顔を見れなくなる。なにが彼を怒らせてしまったか分からなかって、思わず眉をひそめる。そもそも、そんなこと訊かずとも分かっているんじゃないだろうか。私はずっと凛叶を見てきた。例えばこうやって怒った後、どんな反応をするかだって知ってる。こういう時、凛叶はすぐに優しく笑うのだ。反省しろよ?なんて言って。きっと笑ってくれる。私はそう思って、左手と右手をきつく握り合わせた。怒ってる時の凛叶は、嫌いだ。


「俺の中身、本気で見ようとしてるか?」


でも凛叶は笑わなかった。


「あいつも私もなにも変わんないだろうに。」


おかしい、そう思って私は少しだけ視線を上にあげる。画材で汚れた指先が目に入って、思わず顔を上げた。


「ちょっとデザインが過ぎてるんじゃない?」


絵の具塗れののスカートを握りしめた目の前の私は、どこか恨めしそうな顔でそう笑った。

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