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色のない街  作者: 宮崎 白子
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2回目と変化

「、…、ら、朝倉さん。」



静かな声にうっすらと目を開けると、目の先数センチの所で金具と金具がぶつかり合いそうになっているのをみて、慌てて後ろに退いた。が、勢いで椅子ごと後ろに倒れこんでしまう。がたんと大きな音をたてはしたが、もともと教室がざわついていたため大して目立ちはしなかった。とは言っても、周りの何人かや遠巻きに見ていた輩のほとんどが馬鹿にしたように笑いを浮かべていて、とたんに恥ずかしくなる。誤魔化すようにへらへら笑いながら私と同じように鼻の頭に眼鏡を置いている先生を見上げるが、先生はいつものように女性的な微笑みを浮かべたままで、その表情が崩れることはなかった。春の木漏れ日が先生の汚れた作業着をどこか神聖なものとして飾り立てていた。


「珍しいですね、朝倉さんが僕の授業で寝るなんて。」


あはは、と愛想笑いを浮かべて、やっと異変に気がつく。


(また変な所にきてるーーー‼︎)


変な所とは言っても確実に私の過去のどこかなのだろうけど、先ほどまで私の目の前で仁王立ちしていたあの剣道部員はどこにもおらず、状況がまた大きく変化していることに変わりはなかった。

必死に普段通り振る舞おうと努力しているつもりではいるのだが、目をキョロキョロと泳がせて明らかに様子のおかしい私を気もかけず、先生は私の机の上を見下ろしてカスを払った。


「うん、相変わらず上手ですね。

あんなに嫌がってた割に自分を描くよりも誠実に表せているんじゃないですか?」


ここは美術室だ。床にしゃがみこんでいる私からは見えないが先生が感想を述べているのはおそらく私の描いた何かの絵だろう。

この美術担の先生は、私が自覚できるくらいに私の描いた絵を手放しで褒めてくれた。前に美術部の絵に対して目もくれず私の色遣いについて機嫌がよさそうに感想を述べた時は正直少し焦ったけれど、こうして褒めてくれる人がいると嬉しいし頑張りがいがある。

自分の好きなように描いたものが、誰かの好きになれる。だから私は絵を描くのが好きだった。


いつのまにか先生が姿を消してしまったことに気がついて、私はゆっくりと腰を上げた。スカートについた埃をぱんぱんと手で落として、簡素な木の椅子に腰掛ける。というか、今はいつ頃なんだろう。なんかまた桜が咲いて…、と、少しでも情報を取ろうとして、自身が描いたであろう絵に目を落とすと真っ直ぐな眼差しに視線を囚われて思わず動きを止めた。


「起きてる。」


どこか友人のところで遊んできたのだろうか、先ほどまでは確かに空いていた右隣の席に座って、凛斗は白い歯を見せてにやけてみせた。さっき会ったばかりの凛斗(・・・・・・・・・・・・)より少し身長が伸びて、心なしか声も低くなっている。


私の画用紙に居座っているのとほとんど変わらぬ顔形で、彼は私に向けて微笑んで見せた。あぁそうか今度は私三年生になったんだ、まぁ随分とぶっとんだな、と考えが浮かんで、揉み消される。おかしい、三年生になって初めて凛斗と同じクラスになった。ここまではおそらく合っている、けれど美術でペアになったことなんて一度もなかったはずだった。誘われたことなどないし、その逆なんて恥ずかしくてできるはずもない。


じゃあどうしてーー、


「続き、描いてくんねぇの?」


凛斗に不思議そうに首をかしげられ、思わず側にあった鉛筆を握る。なんだか自分が描いた気のしない肖像画ではあるが、よく見ればそれは私の癖が前面に滲み出ていた。あまり昔描いたの絵を見ることは好きではなくて比べたことなどなかったが、なんとなくでも上達はできているような気がした。


「…、や、もうこれで終わろうかな。」

「え、まじか。」


私は動かしかけた鉛筆をコロン、と手放した。その絵が完成しているわけではない。学生服は塗りが甘いし、唇ももう少し厚く、濃く描いた方がもっと彼に近づくだろう。でも、いつもなら感覚で指先が、手首が、目が動くはずなのに唐突にやる気を失ってしまった。きっとこのまま描き続けても、自分の満足のいく作品は出来上がらないだろう。

ちらと凛斗の机の上に置いてある画用紙を見ると、おそらく私だと思われる肖像画が描かれていた。お世辞にも似てるとは言えないが、まぁ彼にとっての大まかな特徴は掴んでいるんだろう。


「なんでペアになろうと思ったんだよ。」

「うぇっ!」


私の机にひっついて恨めしそうな目がのぞいていて思わず後ろに飛び退いた。黒木だ。凛斗と同じように程々に成長した彼は、黒い髪をかきあげながら立ち上がり、私の作品を手にとった。


「…わりーな、俺は上手いやつと組みたかったんだ」

「…裏切り者め。」


そんな風にせせら笑う凛斗を横目に頬杖をついていると、なんだか意識が靄がかかったかのように朦朧としてくる。

なんとなく、また違うところに行くんだなと思い、ゆっくりと瞼を下ろした。


**********


少しの心残りはあっても、結局自分の未練なんかはどうでもよかったはずなのに、その柔らかな茶髪が見えた時、激しく動揺してしまった。


思っていたよりも、あいつは弱かった。


いや、その弱さを知っていたはずだったのに。


喜怒哀楽すべての感情が入り混じって、涙が出そうだった。どうするべきなのか、何ができるかは直感だけでなんとなく分かって、ゆっくりと、ゆっくりと息を吸い込み、歩き出した。

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