第5話
こういう時、お父さんは果断に物事を進める。
私の同意を得ると、カサンドラ母さんがオロオロするのを半ば放置し、軍関係者が多くいる精神病院へアラナ姉さんをすぐに入院させる手続きを取った。
そんなに急に入院はさせられない等々、グズグズ言う人もいたらしいが、階級等をかさに着て、お父さんは押し切ったようだ。
更に児童保護関係の部署に連絡し、私をマリーとルイの親権代行者、後見人にする手続きを進めた。
アラナ姉さんがアルコール依存症である以上、親権を行使できないし、ピエール兄さんは外国に駐留中である以上、親権を代行する者が必要だから、という理由からである。
家庭内の醜聞を晒すことになるから、もう少し穏便にすべきではないか、と私やカサンドラ母さんは、お父さんをそれとなく諫めたが、お父さんは拒絶した。
こういうことは、速やかに進めないと却ってダメになると言って。
そして、アラナ姉さんは精神病院に入院し、私がマリーとルイの後見人になる手続きが進められたのだが、私には一つ腑に落ちない点があった。
アラナ姉さんの弁解や、マリーの話を聞く限り、アラナ姉さんのアルコール依存症への進み方が急に思えて仕方なかったのだ。
(ちなみにルイは5歳そこそこだったので、話を聞くのは論外だった。)
その原因が分かったのは、入院検査によってだった。
「何らかのウイルス性の肝炎に掛かっておられたようですね。それもかなり前から」
アラナ姉さんの主治医は、私達にそう言った。
「純粋なアルコール性肝炎とは、症状が違います」
「それで、アルコール依存症が急伸した可能性が」
お父さんの問いかけに。主治医は黙って肯くことで肯定した。
「麻薬とか、薬物使用の痕跡は」
聞きたくなかったが、聞くしかない、そう覚悟を決めて、私が問いかけると、主治医は首を横に振りながら言った。
「アルコール以外はやっておられないようです。少なくとも、ここ最近は薬物をやっておられない、と医師として断言できます」
今の医学で言えば、C型肝炎にアラナ姉さんは未成年の頃に掛かってしまっていたらしい。
何でそんなことになったのか、それは私には全く分からない。
(というか、アラナ姉さんにも、カサンドラ母さんにも分からない話だった。)
注射針の使いまわしとか、何らかの理由があったのだろう。
そして、アラナ姉さんは、C型肝炎の影響もあり、飲酒がアルコール依存症へと急伸した訳だ。
だが、その一方で、薬物はやっていない。
そのことは、私達にとって朗報だった。
だが。
「一度、発症したアルコール依存症を完治させることは困難です。アルコールへの精神的、心理的依存が本人に生じてしまっている」
主治医の表情は昏いままだった。
私は後で知った話だが、既にアラナ姉さんのような帰還兵が、今でいうところのPTSDを発症し、それから逃れるために飲酒に奔った場合、アルコール依存症になり、完治させるのは極めて困難というのは、既に当時の医師の世界やお父さんのような高級軍人の世界では、ほぼ公知の事実だったらしい。
それでも、少しでも理解のある医師等に診てもらった方が治る可能性が高い、ということで、お父さんはそのために手配をして、アラナ姉さんを入院させた、ということだった。
そして、一息ついた後、私は、アラナ姉さんがお父さんに認知を求めていなかった理由を明かした。
アラナ姉さんが明かすべきなのだろうが、今のアラナ姉さんが明かすとは私には思えなかったからだ。
私の話を聞き終えた後、お父さんは天を仰いだ直後、暫く俯いてしまった。
そして、
「アラナとはお互い遠慮しあってしまっていたな。すぐに認知しよう」
お父さんは、ようやく前を向いてそう言った。
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