第3話
アラナ姉さんからは、酒の臭いに加え、アルコール依存症患者によくある独特の体臭がしていた。
アラナ姉さんに失礼とは思ったが、私は耐えられなくなり、家中の窓を開けて回った。
外からの風が入ってきて、臭いが消えだした。
私がアラナ姉さんの前に戻ってくると、アラナ姉さんは、まだ酩酊状態で、トロンとした目をしていた。
アルコール依存症の可能性大だ。
素人の私にも分かる。
私は台所を探った。
出るわ、出るわ、ジン、ウオッカとアルコール度数の高い酒瓶がゴロゴロ出てくる。
私は厳しい顔つきになって、アラナ姉さんの前に座った。
「どういうことか、説明して」
私のきつい言葉に、アラナ姉さんは少しだけ酒が抜けたようだ。
「ごめんなさい。一杯だけのつもりだったの。昨日、呑み過ぎて、頭が痛くて、一杯呑めば楽になると」
アラナ姉さんは、言い訳を始めた。
私は、そこで遮って言った。
「今日だけ?毎日になっていない」
「毎日じゃないわ。今日だけよ」
アルコール依存症によくある虚言だ、と私は判断した。
私は、証拠を突き付けるように言った。
「あれだけの酒瓶がなんであるのよ」
「つい、捨てるのを忘れていたのよ」
アラナ姉さんは、更に虚言を重ねている。
私は、そう思わざるを得なかった。
この際だ、姉妹二人きりで、とことん話し合おう。
そう考えた私は、姉妹二人で話し合いたいことができた、と実家に電話して告げ、あらためてアラナ姉さんと向かい合った。
「酒に心の癒しを求めているのではないでしょうね」
私が鋭い目をしながら、アラナ姉さんに言うと、アラナ姉さんは自分自身、いけないことだと分かってはいたのだろう、俯いてしまった。
「どうしちゃったのよ。酒に溺れるなんて」
私の更なる詰問に、アラナ姉さんはぼそぼそと弁解しだした。
数年前、マリーの通っている幼稚園で、戦場帰りという自分に対する陰口を聞いてしまったこと、そして、帰宅してワインをグラス1杯、口にして気が楽になったこと、それ以来、嫌なことがあったり、それを思い出したりすると酒を呑むようになったこと、そして、段々と酒量が増え、ワインではなく、ジンやウオッカを愛飲するようになったこと。
私はアラナ姉さんの弁解を聞きながら、本当に不安になった。
まさか、薬物、麻薬にも手を出しているのではないか。
1960年代当時、戦場帰りのフランス軍元将兵の間では、薬物、麻薬が蔓延している、というのは半公然の事実になっていた。
今でもそうだが、この頃から、麻薬の蔓延は、軍の崩壊につながる、として、フランス軍の現役将兵の間では、最低でも年1回の抜き打ち薬物検査が課されており、薬物使用が発覚すれば刑事罰と共に不名誉除隊処分が待っていた。
だが、除隊後の将兵にまでは、軍の目は行き届かない。
それに、アラナ姉さんはスペイン空軍の軍人だ、監視の目は民間人レベルに過ぎない。
「薬物、麻薬には手を出していないの」
「手を出していないわよ。一度、手を出しかけたけど、買い手が私だと分かったら、売り手が断ってきた。どうしてなのかは分からないけど」
私の質問に対し、アラナ姉さんはそう言った。
本当なのだろうか、とアラナ姉さんの弁解を私は疑った。
(どうやら本当だった、と分かるのは、私の晩年になる。)
「ともかく、病院に入ってもらうわ」
「マリーやルイがいるのよ。病院に入れないわ」
「お父さん、お母さんが引き取ればいい」
「私を母親失格だというの」
「失格よ。酒に溺れて」
私とアラナ姉さんは、お互いに段々と興奮して大口論を始めた。
アラナ姉さんばかり、目に入っていた私に別の人影が目に入ったのは、その時だった。
昼寝をしていたらしいルイが、汚れた服で食堂に入ってきたのだ。
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