第2話
こういう事態は、徐々に徐々に進んでいく。
最初の頃は、以前より酒の量が多くなったのではないか、酒の種類がワインからブランデー等、強い物に変わったのではないか、といった程度だったみたいだ。
当時、同居していた姪のマリーによると、自分も小さかったからはっきりしないけど、アラナ姉さんのアルコール依存症が深刻になったのは、自分が小学校に入った後ではないか、という。
その頃には、朝、迎え酒を呑むようになっていたらしい。
アラナ姉さんのアルコール依存症が深刻になったのは、戦場でのトラウマ、自分の内心での殺戮の正当化と後悔の繰り返しがあったのは勿論だが、皮肉なことに私がそれを進める要因にもなった。
戦場では英雄視されても、市民生活では白眼視される、ある程度はそれが分かっていたアラナ姉さんは、お父さんに認知を求めるのを躊躇った。
お父さんが認知すれば、私は公式に血のつながった妹になる。
家族の間では、お姉さんがお父さんの子なのは間違いないとして周知のことだった。
だが、それを公式にできるか、というと。
今ではそう珍しくなくなったが、今でも戦場に赴いた女性兵士の姉妹というのは、余り好まれない。
それこそ、血に塗れた女の姉妹なんて御免だね、という悪口が今でもネット上では散見される。
アラナ姉さんがアルコール依存症になった1960年代は、もっと露骨だった。
だから、私をそんな目に遭わせないために、アラナ姉さんはお父さんに認知を求めなかったらしい。
だが、そのこともアラナ姉さんからすれば、本当はきちんと娘と認めてもらいたい、でも、そんなことをしたら妹サラに迷惑が掛かる、とストレスをため込む要因になり、酒に心の癒しを求めることになった。
ピエール兄さんが、もう少し家に頻繁に戻れれば、アラナ姉さんの相談に乗れ、そこまで深刻化する前にアルコール依存症に気が付けたかもしれないが、この頃はピエール兄さんも家に基本的にいなかった。
そして、お父さんやカサンドラ母さんは、自分達の子どもの世話をするのに手一杯というか、幸せいっぱいで、成人しているアラナ姉さんにそんなに気を配らなかった。
だから、最初にアラナ姉さんの異変に気が付いたのは、結果的に私になった。
その日、私はフランス海軍少尉への任官辞令を正式にもらった直後で、家族にそれを披露して喜んでもらおうと帰省していた。
昼前に帰省して、実家にいるお父さんとカサンドラ母さん、それにアラナ姉さんに昼食を食べる前に披露して喜んでもらうつもりだったのだが、実家に来る筈のアラナ姉さんが時間になっても来なかった。
「おかしいわね。すぐに歩いて来れるのに」
カサンドラ母さんが首を傾げた。
「そういえば、最近、アラナは実家に顔を見せないな」
お父さんも不思議そうに言った。
「私、ちょっと様子を見てくる」
私は、どうにも気になってピエール兄さんとアラナ姉さんの家に、自分の足で歩いて行くことにした。
外見上は、アラナ姉さんの家に異変は無かった。
だが、家に入ろうとした瞬間、私は異変に気付いた。
玄関に鍵が掛かっておらず、更に家の中ではアルコールの臭い、酒臭がするのだ。
夜ならともかく、昼前だ。
食堂にまで私が入り込んで見ると、アラナ姉さんはジンの酒瓶を転がして、食卓の上に突っ伏していた。
「一体、どうしたの、姉さん」
私は慌ててアラナ姉さんに駆け寄った。
「うーん。あれ、今、何時」
アラナ姉さんは、状況が分かっておらず、起き上がりながら私に言った。
「昼前よ。私が帰省してくるって、お父さんか、カサンドラ母さんから聞いていないの」
私の非難めいた口調を、アラナ姉さんは聞き流しながら言った。
「そういえば、聞いていたわね」
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