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悪役令嬢と隠しキャラ令息の共謀  作者: たんとらったった
魔術大会・魔力盗難事件
9/25

予期せぬ恩返しはのーせんきゅう


 冷や汗が止まらない。


 がた、ごとんと体を揺らすいつもの感覚が、異常に大きく感じる。

 何故だか……いや、原因は分かりきっている。

 突き刺さる目の前からの視線。なんとなく既視感を覚えるが、今はこの前のように呑気に照れている場合ではない。

 なにせ、この間と違って彼は一歩真相に足を踏み入れかけているのだ。


「キーラ」


「……は、はい?」


 少しどもったが、これはとりわけ大きく揺れた馬車のせいであって、動揺のせいではない。

 ……そう思ってくれることを願う。


 ターナス様はいつもまっすぐに人を見る。

 今もそうだ。

 真剣なその目に、どんな感情が映っているのか、今の私には分からない。

 今言えるのは、私がロードラーザ様と度々会っていることを、彼には知られているだろうと、それだけだ。


「少し訊きたいことがある」


「……なんですか?」


 ごく、とターナス様に分からないように唾を飲み込む。落ち着け。まだ何も知られてはいないはず。学校では授業時や私といる時以外はほとんどシルカと共にいる。つまり、一人で行動する私を冷静に観察する時間もほとんどないということだ。


 そうは言っても知らない間にロードラーザ様と繋がりがあることを知られていた先の例がある限り、この動悸はおさまるはずもない。


 ターナス様が声を発そうと開く唇を、固唾を飲んで見守っていると。


 とん、と背中が壁につく。

 真剣な瞳が、いつのまにか間近に迫っていた。


「た、ターナスさま……?」


 ターナス様の両手が私の両肩に置かれ、優しくも振りほどけない力加減で馬車の内壁に押し付けられている。

 その表情は真剣で、ふざけているようではなさそうだった。いや、そもそもターナス様はこんなことを冗談でするような方ではない。

 混乱する私の耳に、ターナス様のほどよく低い声が入って来る。



「鉄と銅、どちらが良いと思う?」



「……は?」



 想定するどんな言葉にもかすりもしない言葉が聞こえた。



「銀、でもまぁいいが……一応二択まで絞ったので君の意見を聞きたい」

「な、なんのお話ですか……?」

「やはり硬度で言えば鉄…いやしかし銅の光沢もなかなか」

「だ、だからなんのお話なの!?」

「効果で言えば鉄が一番だろうか……いや、その点で言えば銀だが、わざわざ銀というのも」

「ね、ねぇ、どちらの世界に旅立ってらっしゃるの……」

「やはり鉄という選択肢が一番ではないかと」

「だからなんの選択肢なんですか!?」


 何故かターナス様が金属の世界に旅立ってしまった。一度こうなってしまうと厄介だ。ターナス様といえどもやはり王族。変わり者揃いの血筋は残念ながら受け継いでしまっているのである。


 私はすぅっと息を吸った。


「王子たるもの、その三!」

「……はっ、『指示は簡潔かつ分かり易く!』……まさか、僕はまた主語を飛ばしていたか?」

「その上また自分の世界に入っていましたわ。訊いておいて返事も聞かず考えこむ、殿下はそれで宜しいと?」

「……宜しくないな。すまなかった」


 ターナス様が肩を落とす。私は組んでいた腕を解いた。

 ターナス様はたまにほんの少しズレた言動をとるが、今回のように何かを訊きっぱなしで自分の世界に行く時は、大抵二つ以上の問題に悩んでいる時である。


 しかし、この場合、問題の一つは確実に私のことだろう。何を悩んでいるか気になるが、訊ねるのは完全に藪をつついて蛇を出すようなものだ。

 代わりに、会話の流れに沿ってその抜かしていた主語を聞くことにした。


「それで、何についての話だったんです?」

「ああ、実は、最近新しく国交を結んだ小国があってな。とにかく金属加工技術が優れていて、それを我が国へ印象付けようという意図からか、その技術を使って僕へ何かを作ってくれるらしいんだ。それで、作るにしても素材を何にするか、意見を聞こうと思ったんだが……」

「……」


 私はすっと目を細める。


「それは政務ですね?」

「いや、単に贈り物を貰うだけで……」

「その後の、かの国と我が国との友好関係を決定づける、政務ですね?」

「……広い意味では、そうかもしれない」


 そっと逸らされたその目の下に、疲労の象徴である黒ずみを見つけて、私は目をつりあげた。


「せめて学園に通う間は、ターナス様の政務を減らすと、陛下は約束して下さったはずですよね!?」

「……キーラ、とりあえず座るんだ」

「私の目はすわっていますわ!」

「それはわかる」


 ターナス様になだめられて上げていた腰を下ろしはしたが、それで腹が立つものがおさまるはずもない。

 あれほど根回しに根回しを重ねた上、何度も何度もしつこいほどに説得し直談判したというのに、陛下はまだターナス様に政務を押し付けているのか。


「キーラ、別に僕は父に虐められているわけではないんだから」

「ターナス様は甘すぎます!」

「……よっぽどキーラの方が僕に甘いと思うがな」


 ふっと漏らされた笑みに、怒りよりも悶えるような感情が勝って、私は開きかけた口を閉じた。


「父は仕事を放棄しているわけでも、僕に丸投げしているわけでもない。それに、君のおかげで確かに仕事は減っているんだ。だからキーラが怒ることは何もない。心配してくれて、ありがとう」


 優しい微笑が眩し過ぎて、直視できない。


「…………別に、婚約者として、当然です」



 結局、私は何も言えなくなってしまった。ターナス様はいつも私の怒りを吸収してしまう。こういうところは、美点であり欠点でもあるような気がする。どんな怒りも柔らかく受け止めてしまうし、自分から怒ることもほとんどないのだ。だからこそ、先日ロードラーザ様の前で見せた苛立ちのようなものに驚いたわけだが。


「ターナス様は、もう少し自分に優しくしてください」

 小さく呟いた言葉に、何か返事を返された気がしたが、馬車の車輪の音にかき消されて聞くことは叶わなかった。


―――


「カルバーナ嬢」


 声に振り返って、私は引きつりそうになる顔をすんでのところで抑えた。


「少し、話があるんだが」


 そう告げる、未来の宰相候補の瞳には、表情は薄いがはっきりとした意思が宿っている。


(……あの無精男、脅し損ねたのかしら)


 嫌な予感に肝を冷やしながらも、私はにっこりと微笑んで応じた。


 向かった先は、どこかの教授の研究室だった。扉を開けた先にいた男に、鋭い視線を投げる。男、もといロードラーザ様はひょいと肩を竦める。


「……好きなところに座ってくれ。ここの教授には許可を得ている。彼はそこにいる男と同じでろくに学園に来ない」


「心外ですね。学園には来ていますよ。それに、最近では授業も受けています。真面目な優等生の息抜きと不真面目な教員の怠慢を同列に扱わないでください」


 授業に出ることは前提条件であってロードラーザ様には真面目な要素が欠片もない。と、思わず心の中で呟いたが、どうやらキューズロンダ様も同じことを思ったようだ。


「……誰が真面目……いや、今日は口論しに来たわけではない」


 軽く頭を振って、気を取り直したように着席を促される。手近な椅子に座ると、彼も一つ頷いて座った。



「……君たちのしたことは、大体把握した」


「…………」


 ロードラーザ様と目を合わせる。表情といい、奴が漏らしたわけでもないのだろう。予想通り、いや予想以上に優秀らしい。そもそも今回のことを私とロードラーザ様の二名で行われた企てだと把握している時点で一般生徒とは一線を画している。


「まあ、ターナス様が信頼を置く方だもの、それぐらい推察できて当たり前と言えば当たり前ね」


 所詮一生徒に過ぎない私達の行動である。それすら把握できない者に国を背負うことは難しいだろう。


「それで、私達を呼び出してどうするつもりです?」


 ロードラーザ様の問いは、私も気になっていたところだ。問題はどこまでのことを把握したと言っているのかである。例えば知られているのがサゼーナに怪しげな薬を渡したことまでだった場合、そこまでのお咎めがあるとは考えにくい。むしろ二人の仲を取り持ったのだから感謝されてもいいくらいである。しかし、シルカの所業と、それに気づいていながら放置、どころか隠蔽までしていることまで知られているとなれば、状況は最悪の一言に尽きる。

 隣のぶっ飛んだ思考を持つ無精男のことだから、キューズロンダ様に知られたと分かった時点で「面倒なので彼を消しましょうか」と言いかねない。流石の私も、ターナス様が信頼を置く彼をどうこうすることに抵抗があるし、かと言って上手い事彼を説き伏せられるかというと微妙なところだ。


 キューズロンダ様は静かな目で私たち二人を見た。


「……俺を含め、多くの男がシルカ・サーテライン嬢の周りに集っているという事実。カルバーナ嬢によるサーテライン嬢の半生に同情を集めるような噂の流布。そこの男が、サーテライン嬢並びにカルバーナ嬢と度々二人で話すようになっている状況……そして、サーテライン嬢を取り囲む男の中に、殿下がいるというこれらの情報のみを並べると、これはどう考えても、君たち三人が共謀し、国を揺るがそうとしているようにしか思えない」


 私は、ゆっくりと瞬きを一つした。


(……最も悪い状況だったわ……)


 しかし、話はそれで終わりではなかった。


「ただし、この推測には穴がいくつかある。一つは、君たちの普段の行動。君たちは、何故かサゼーナに近づき謎の瓶を差し出し、俺を正気に戻した。そしてカルバーナ嬢は直接行動することはないものの、時折人の目が無い状況でサーテライン嬢と憎々し気に睨みあっている。また、そこの……ロードラーザが学園に積極的に通うようになったのは、サーテライン嬢が行動を起こしてから幾日か経った後だ。もう一つは、君たちの性格。カルバーナ嬢が殿下を貶めることには何の利益もないように見えるし、むしろ殿下のためならどんなことも厭わない性格だった。これは、殿下の仕事を減らそうと陛下に直談判したことなど、今までそれを裏付ける行動をとっていたことからも分かる」


「……へえ、陛下に直談判。そんなこと常識的に考えてあり得ないというようなことを言っていた方が。へえ」

「……うるさいわよ」


 常識は常識であって、この国の王子を守ることの方が常識より優先されるべきことのはずだ。私は居心地の悪さを内心で開き直ることで乗り切った。


「そして何より」


 キューズロンダ様はその無表情を、ほんの少し不快げに歪めた。


「……このロードラーザという男に、そんな面倒な企てをするほどの甲斐性があるとは思えない」


 私は思わず力いっぱい頷いた。隣の甲斐性なしの片眉が、薄ら笑いのままぴくりとはねる。


「という結論に至り、君たち二人の目的は分からないまでも、証拠もなく、動機も不十分な現段階では俺と君たちとの間に障壁はない。よって、心置きなく本来の目的を果たすために君たちをここに呼び出した」


 ロードラーザ様とキューズロンダ様の間の心と心の障壁という点では、たった今の刺々しい言い回しでより高く頑丈なものになった気がしたが、今は取り敢えず置いておくことにした。今考えるべきは、彼の本来の目的についてである。


 キューズロンダ様は相変わらずの無表情で、不意にすっと立ち上がった。

 そして、腰を綺麗に直角に折りたたみ、頭を下げた。


「……俺を正気に戻してくれたこと、心から感謝する」


 今までの話の流れにもなく、前触れ一つないそのお礼の言葉に、私もロードラーザ様も目を丸くした。


「俺はもう少しで、彼女を失うところだった。目的はどうあれ、自分にはどうにもならなかったその危機を脱することが出来たのは君たちのおかげだと結論付けた。もし俺に出来ることがあれば、国に不利益をもたらさない範囲で君たちに協力したいと思う」



 どうやら、溺愛の噂というのは掛け値なしの本物で、こちらもまた予想を大きく上回る程のものだったらしい。


 返事に戸惑っているうちに、キューズロンダ様はこれまた突然顔をあげた。

 そして、

「……彼女共々」


「キーラあああああ!!!!」


 その言葉と同時にがちゃりと派手にドアが開く。


「げっ」

「キーラ!」


 何故か異様にきらきらと……いや、爛々とした瞳で両手を掴まれた。


「キーラ、聞いたわね?そうよね、キューズロンダ様は優秀だもの、既に説明は済ませているわね?本当に優秀よね、いつか脳のつくりを研究したいわ……っと、いけない、それよりも!キーラ、私も協力するわよ!研究なら任せて、結果だって貴女のためだったら正確かつ可及的速やかに出してあげるわ。だってお友達だものね、唯一無二の親友だものね!」


 痛い。濁流のような勢いの言葉が耳に痛い。というか、何故この子はこれ程私に好意的なのか。もしかしてされたことを三日で忘れる鳥頭なのか。いやまさか、この研究馬鹿が?


「ふふふ、それにしてもいやね、照れ隠しして。本当は私にキューズロンダ様への気持ちを気付かせて仲を取り持とうとしてくれていただけなのに、悪役ぶって単なる色水を危ない薬だと偽るなんてね。私に手を汚させる気なんて、初めからなかったんじゃない!」


 その言葉に、顔が引きつる。口角を上げることが笑顔ならば、今の私はなんとかかろうじて笑顔だ。


「ど、どうして水だと……?」

「いやあね、うっかりさん!私を誰だと思っているの?ウェルニー一族の血をなめちゃいけないわ。あれだけの薬、それも使うのはたった一滴だけとなれば、残りは全て隅々まで研究し尽くすに決まっているでしょう!」


 私は頭を抱えた。薬を使うことへの抵抗を減らすため、簡単さを印象付けるために言った「たった一滴」という台詞があだになってしまったようだ。確かに彼女の言う通り研究馬鹿を甘く見ていた。

 それにしても、サゼーナの言動が日に日に初めの印象から大きく外れていっているのだが、これは頭のねじが日ごと緩んでいっているのか、はたまたこちらが素なのだろうか。


 ちらりと横へ視線を流すと、悪趣味無精男が片手で口を覆い肩を震わせていた。明らかに笑っているし隠す気があるように見せかけて全くないな。


「そうそうこの前の研究もね、一番楽しい段階まで行ったのよ。最近は初心にかえってきちんと成果を出して論文も提出しているし。この際だから言ってしまうと、私が研究を終わらせなかったのは実はキューズロンダ様との研究が楽しくて終わらせたくなかったって気持ちも心のどこかであったみたいなの、改めて考えるとね。初めは家族に見放されたくなかったから必死で成果を求めていたけれど、それを求めなくなったのはやっぱりいつの間にか惹かれていたからかしらね。気付かせてくれて本当にありがとう!でもやっぱり折角二人で頑張ったのだもの、成果としてその証を示すのも悪くないものね。それにその成果から新たな研究点に気付くことも出来るわ。ああそういえば、あの色水の香り付けは葉娘……甘葉娘ね?ほんの少し火雫の成分も検出されたわ。ただ一つだけ成分と合うものが私の手持ちの試料には無かったの。あの香りは絶妙だったわ、ぜひもう一度嗅ぎたいし試料として採集しておきたいし材料は何か教えてくれないかしら、ああもちろん費用は払うわ、それにむぐっ」


「……悪い、婚約者が迷惑をかけた」


 キューズロンダ様がサゼーナの口に大きめの皮の硬いパンを突っ込んだ。サゼーナはむぐむぐと大人しく食べている。そこは貴族令嬢、食べ物を口に入れたまま喋ることはないらしい。しかしそのパン、いつの間に出したんだ。というか、そんな秘密兵器があるならもっと早く出して欲しかった。……まさか前半の惚気話を聞いていたかったからじゃないだろうな。


「ともあれ、こちらは協力を惜しまないつもりだ。これから宜しく頼む」



 新たな協力者の優秀さに期待できると同時に、厄介さをひしひしと感じた私は、ロードラーザ様と視線を合わせお互い遠い目になった。







やったねキーラちゃん仲間ができたよ

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