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ほんのりピンチとじゃすとどぅいっと!

センスが欲しい

 

「ウェルニー様とキューズロンダ様の共同研究、ねえ」


 次の授業が始まるまでの僅かな休憩時間。私の知る限り一番の情報通、チェナに話を聞いていた。教室は多くの人がいるが、意外とそういった場所の方が自分たちの話に夢中で他人の話に気を配っていないものだ。

 チェナは、ふむ、と顎に指をあてて考え込んだ。


「ウェルニーの家系は代々研究狂いでね。基本的に節操なしに調査実験する性質で、長女のサゼーナ様も例に漏れず研究内容も多岐に渡るわ。てっきり科学者とか技術者ばかりが集う学園の方に行くと思っていたのだけれど、まさか魔力適正があるなんてね。……と、話がそれたわね。そんなわけだから、婚約者と二人でやっていた研究も一つ二つじゃなく、種類も一定じゃないのよ」


「そう、特に力を入れていたものとかはあるの?」


「特に……うーん、そこまでは。何というか、彼女たちの場合研究結果よりも研究することそのものが目的らしくて、同時進行で色々と手を出すし、終わっていない研究も少なくないのよ。そのせいで、一部の人にしか評価されていないようだけど、そこのあたりはあまり気にしていないようよ」


「そう……」


 あの研究狂いらしいといえばらしいが、なんとなくひっかかる。眉をひそめる私の前で、チェナも何かを思い出すように首を傾げた。


「それにしても意外だったわ。あのキューズロンダ様が、まさか……」


 チェナは言葉を濁したが、その先はなんとなくわかる。シルカの事だ。しかし、意外とはどういうことか。


「あのって?」


「……あなたって、本当に殿下の事しか頭にないわよねえ……」


 呆れたような、安心したような表情でしみじみと言われ、私は口をつぐんだ。キューズロンダ様は、それほど有名な人物なのだろうか。


あの事(・・・)を知らなくても、彼が学園でも有名な国家至上主義だったことくらいは知っておきなさいな。時期宰相候補と言われていたし、彼もそれに向けて努力していたのよ?わざわざそれを棒に振るようなことをするほど愚かではなかったはず……恋は盲目、とは言うけど、ねえ」


 ちらりと向けられた目に含むものを感じて、私はさらに身を縮めた。


「今はどうなるか分からないけど、仮にもあなたの愛しの殿下を支えるかもしれなかった人でしょう?」


「……いえ、存在は、知っていたし、話もしたこともあるのよ?でも、その、ターナス様が信用が置けると言って紹介したのだから、それだけの人物だと思って特に気に留めなかったというか……」


「……恋は盲目、とは言うけど、ねえ」


 居心地が悪くなって、私は話を逸らすついでに先程気になったことを尋ねることにした。


「それより!さっき言ってた、『あの事』ってなんなの?周りで知られていること以外に、彼がこんなことにならないと思っていた根拠があるのかしら」


「ああ、まあ、見ていれば気付くことだけれどね……」



「キーラ!」


 その声を聞いた瞬間、私の顔は確実に歪んだだろうと思う。どこかの変態ものぐさ令息ではないが、とてつもなく面倒臭い。


「……あらウェルニー様。本日は少々耳を傷めておりますので、小鳥のさえずりは遥か高嶺の雑木林の樹洞から聞かせていただくとありがたいですわね」


「もう、そういったしちめんどくさい言い回しは止めてくれるって言ったじゃない。よいしょ……『2』っと。ね、私と貴女の仲でしょう?」


 しちめんどくさいのはお前だ!どんな仲にもなったつもりはない!さらっと隣に座って教科書を指輪から出すんじゃない!……とは、言えないのが痛い。非常に不本意だが、仲良くしておくに越したことはない。

 正直、境遇といい考え方といい、気は合う方であると思うし、悪い人ではないのだ。


「それでね、つい先日見つけた論文に面白い研究方法を見つけたの。今まではやっぱり薬物を混ぜる類が多かったのだけれど、リスクも大きいし費用がかさむじゃない?変化の過程を楽しむのも素敵だけれど、日常の中に傾向を見出す研究もなかなかどうして面白いものなのよ。文献を巡ったら祖父もこの研究が確立する前に似た類のものに手を出していたようでね。世に広がっているものは言葉に関するものが多いようだけれど、それだけじゃないのよ。性別、年齢別の着る洋服の傾向だとか城下町付近を歩く人々の歩く姿勢だとか、それも立派な研究だと思わない?調べているうちに、ひょっとしたら犯罪を犯す人の行動パターンも見えてくるかもしれないわ!これは治安維持にも役立つだろうし……そうだわ、殿下に提案してみたら、研究資金として交通費くらいは頂けるかも……ねえ、あなた、ちょっと頼んでみてくれないかしら。ああ、そうだわ、この間学園の庭に新しい植物を見つけてね、もうこれは徹底的に研究するしかないって思ったのだけれど……」


 ―――これさえなければ。


 今回は隣で呆れているチェナに我に返り、ウェルニー様の暴走は止まった。何事もなかったかのように穏やかに挨拶する二人。穏やか過ぎてあの怒涛の研究談義が夢だったかのように思えてくる。


 私は現実を知らせてくれる痛む耳を押さえて、深くため息をついた。



―――



「何故だか知らないけれど懐かれて、研究だかなんだかの毛ほどの興味も湧かない話をべらべらべらべらと……全く頭が痛いったら。有用な情報があればと大人しく聞いていたけれど、限界よ!もうさっさと彼女の婚約者にかけられた魔法を解いてちょうだい!」


 あらかじめ決めておいた作戦会議の日。私は例の空き教室に入るなりロードラーザ様に掴みかかった。


「落ち着いてください。歯をむき出して威嚇するなど、貴女は野生生物ですか」

「れっきとした文明人よ!」


 相変わらず失礼な奴め。とは思ったが、淑女にあるまじき顔をしている自覚はあった。一つ咳払いをして姿勢を正す。


「とにかく。彼女は恋愛を成就させてどうこう出来るわけではないようだけれど、少なくとも研究という餌をちらつかせれば直ぐにでも釣れる類の変人よ。それが分かった以上、さっさと解いて仲良く研究させておけばシルカにも何も言わなくなるでしょう」


 私の発言に、ロードラーザ様はあまり気乗りしなそうな顔をしている。


「……その事ですが。その婚約者というのが少々面倒でして……」


 そう切り出しかけた刹那、彼の顔つきが変わる。


 すぐさまその口は閉じられた。視線が私を通り過ぎて教室の扉へ向いている。その様子を不思議に思い、疑問を口に出そうとした瞬間。


 突然、ぱちんと高い音を立ててその指が弾かれた。

 と、同時に私の目の前で泡が弾けたような感覚を感じる。何が起こったのか把握できないまま、とっさに目を閉じた。


 目を開くと、弾く反動で開いた彼の中指と親指が、ぱくんと閉じるような動作をした。それに合わせていきなり、言葉を発しようとして開きかけていた私の口が閉じた。

 しかも、開かない。


「……!?」


―――かつ、こつ……


 混乱する私の耳に、聞き慣れた足音(・・・・・・・)が入ってきた。

 がらりと音を立てて開くドアの方を、振り返る。

 私は心の中で目一杯叫び声をあげた。


「これは殿下、お一人でこんなところに、どうなさったのです?」


 開いた先にいたのは、ターナス様だった。

 私はといえば、一度に色々と起こり過ぎて、いっそ真っ白になっていた。口が開かないという異常事態を抜きにしても、何一つ言葉が浮かばない。


「やあ、ロードラーザ君。改めて君と顔を合わせるのは随分と久方ぶりだな」


 ターナス様は穏やかな声でロードラーザ様に挨拶をする。こういう時、男性同士だと小鳥になぞらえる挨拶が必要ないというのはよくよく考えれば自由で良いなと思ったが、明らかに今の状況で考えることではなかった。混乱が行き過ぎて錯乱一歩手前まで来ているようだ。

 というのも、私に対しての挨拶が無いのである。目すら合わない。存在を無視されているという可能性に思い当って、愕然とした。ターナス様の婚約者となってからこの方、こんなことは初めてで、どんどん目の前が暗くなる。

 それほどまでに怒っているのだろうか。いくら寛大なターナス様といえども、自分の婚約者がこそこそ異性と二人きりで教室にこもっていたら怒るに決まっている。もし逆の立場なら、私は怒るなんて生温い反応では済ませられない。

 冷えてしまった指先を固く握りしめながら様子を伺う。嫌われたかもしれないと思うだけで、胸が苦しい。


 しかし、二人の会話を見ているうちにだんだんと落ち着いてきた。どうも、予想と様子が違う。彼はあえて私を見ないようにしているのではなく、どうやら実際に見えていない(・・・・・・)らしかった。

 そこでふと、先程の出来事がよみがえる。突然のロードラーザ様の行動と、私の身に起こったことを考えると……。

(私の姿は見えず、口は縫い留められたように開かない……まさかこれは姿隠しの魔法……それに、口鍵の魔法も……無詠唱で!?)

 あの男は、どこまで常識を踏みつぶせば気が済むのか。

 というかこんなことができるなら記憶消去などせずに済むではないか。姿隠しも口鍵も、きちんと場と状況を考えれば禁止されている魔法ではない。流石に、無詠唱という点に関しては例外過ぎてよく分からないけれど。


 私が一人で百面相をしつつ考えているうちに、当たり障りのない挨拶から会話が動いた。


「それで、どうしてここへ?」


 ロードラーザ様の言葉に、ターナス様の口が一度止まる。小さく息が吐かれ、吸われる。


「いや……僕の婚約者が、ここへ来なかったか」


 どきりと身を固める私とは対照的に、ロードラーザ様はいつも通りのいけ好かない笑顔を崩さない。


「おや、何故ここだと?」


「最近、君達の仲が良いようだから」


 心臓が、強く脈打つ。知られている。何を、どこまで。嫌な汗が手のひらに滲むのを、握りしめた。


「そうでしたか?どうしてまたそんなことを思ったのでしょう」


「……彼女が誰と打ち解けて、誰とはそうでないかくらいは見ていれば自ずとわかることだ」


 しばし、沈黙が落ちた。


 ロードラーザ様は嘘を吐く気も質問に答える気もないようだった。ただうっすら笑んだままターナス様を眺める。一方ターナス様の方も、何かしらの答えが返るのを待っているようだった。真剣な顔も凛々しくて素晴らしいと思う。


 先に折れたのはターナス様の方だった。


「……まぁ、今日のところはひいておく。僕には君の意図が分からないから、君に答える気がない以上は何もできることがない。……君が、彼女を傷つけるつもりでないのならそれでいいんだ」


 思っている以上に気にかけてくださっているという事実に、そんな場合ではないというのに嬉しくてたまらない。ターナス様の優しさこそ私の栄養源だ。改めて、絶対にこの人を守ろうと決意を固める。

 と、そんな私に水を差すような声が落ちた。


私は(・・)、傷つけていませんがね」

 ロードラーザ様が面白そうな顔でターナス様を見ながら言った。あからさまに含みのある嫌な言い方だ。


 ターナス様は訝しげに眉をひそめた。嫌な予感が過ったというようにごくりと喉を鳴らす。


 私はといえば、余計なこと言うなの一言である。

 この男は何を考えているんだ。私とターナス様の仲を引き裂きたいのか。いや、こいつは人の不幸を楽しんでいるだけだな。……いつかシルカにこの男の有る事無い事吹き込んでやる。


 ターナス様は少し目を伏せ、ふうと長く強く息を吐いた。息遣いが、少し震えている。

 まるで動揺を押し隠すようなため息に、私は驚いた。


 ―――あのターナス様が、怒っている!?


 長く婚約者として過ごしてきた私でも、一度見たかどうかというほど、珍しい反応だ。けれど確かに、今のターナス様は苛立っていた。確かにロードラーザ様の言動は鼻につくが、この程度のことで苛立つような人ではなかったのに。


 私が固唾を飲んで見守る仲、ターナス様は伏せていた瞳を上げた。真っ直ぐな視線がロードラーザ様を射抜く。


「僕には思っていた以上に分かっていないことが多いようだ。……小細工なしに向き合うことが誠実さだと思っていたが、君に関して言えば違うのだろう。むしろなんの手土産もなく協力を仰ごうということこそ、無礼だったかもしれない。少し、頭を冷やすことにする。また話そう」


 暗に対価を持ってくる代わりに次は知っていることを全て吐けと告げ、ターナス様は踵を返した。


 何故だか。刹那、その強い瞳と目が合ったような気がした。


 その一瞬だけで目も心臓も、何もかもが縫いとめられる心地がした。



 そのまま去っていった足音が完全に消えたのを確認してから、ロードラーザ様が再び指を鳴らした。瞬間、口が開くようになる。おそらく姿隠しの方も解けているだろう。


 私はまたロードラーザ様に詰め寄った。


「この無礼者!」

「怒るか喜ぶか困惑するか首を絞めるかどれか一つにしてください」

「……」

「うぐ、む、無表情で首を絞めることを選ぶとは……」


 当然だ。突っ込みどころは多々あれど、まずは一通り湧き出る気持ちの全てをロードラーザ様の首にぶつけてから一息つく。


「問題が出てしまったわね……」

「ぐ、げほ、……死人が出かかったことへの謝罪がありませんが、まあ、確かに問題ではありますね」

「ええ、問題よ。ターナス様……格好良過ぎるわ!もう、素敵!苛々している超希少なターナス様を見られるなんて!」

「うわ」

「しかも私を心配して下さって……お優し過ぎる!慈悲の心が眩しいわ!」

「……めんどくせ」


 何か聞こえた気がしてにっこり微笑む。ロードラーザ様の方も、にっこりと微笑を返した。少し肌がピリピリする気がするが、笑顔を交わす私達は仲良しだ。まさか殺意を向け合うはずもない。


「それはそうと。……思っていたより早く、気付きかけているわね」

「そうですね。現時点では目的も思惑も知られているわけではなさそうですが、いきなり貴女に近づいているように見える私を警戒しているようです」

「そうよねえ!気にしているわよねえ!!」

「……純粋な心配なだけで、妬いているわけではなさそうでしたが?傷つけるつもりでないなら良いだとか寝ぼけたことを言っていましたし」


 ぎろりと睨む。涼しげな顔が憎らしい。

 分かっているのだ。あの誰にでも平等に優しいターナス様が、私に恋をしているわけではないことなど。幼い頃から婚約者として定められてきたから、それに見合うような態度をとっているだけ。好ましく思われてはいても、特別にはなれていない。

 だから、少しでも女性として見られたくて、愛の言葉の練習をしてもらっていた。美しいと、愛しているとそう口に出すことで、それが本当にそうだと思ってくれるようになるのではないかと期待した。その時だけは照れてくれるターナス様が嬉しかった。

 だから、どうしようもなく不安になる。たとえ魔法のせいだとしても、繰り返しシルカに愛を囁けば、いつか本当にそう思ってしまうのではないかと。

 今は私だけが知っているターナス様の照れたような顔を、知ってしまうのではないかと。


「……とにかく、こうなってしまった以上、さっさとことを進めるわよ。ターナス様に知られたら、シルカは必ず公正に裁かれることになるのよ」

「まあ、それはそうですね」


 歯切れの悪い様子を不審に思う。そういえば、ウェルニー様の婚約者がどうとか言っていた。


 問い詰めて聞き出したロードラーザ様の主張に、私は呆れた。


「王に報告云々はともかく、理由のほとんどが思い切り私情じゃないの」

「そもそも、私達がやろうとしていること自体勝手な私情ではないですか。何を今更」

「……物凄く腹の立つ正論をありがとう」

 肩を竦め、鼻で笑う目の前の男の顔面に拳をぶちこみたくなるのを、頑強な意思で抑える。開き直るだけならともかく、こうも全身でひとを馬鹿にする必要はあるのだろうか。いやない。こいつの性格が悪いということは良く分かった。


「……先程も言ったけれど、彼女の研究を進められればそちらにかかりきりになってシルカに構う暇がなくなるでしょう。それには、研究を手伝えるだけの頭脳と財力のある協力者が必要……」

 私はハッとして顔を上げる。目の前の男が思い切り顔を逸らす。

「……ロードラーザ様?」

「嫌です」

「…………私、残念なことに成績は中の上なの。だからウェルニー様のお話の半分も分からなくて……せめて学年トップの輝かしい成績でもあれば、私も彼女の役に立てたのだけれど……」

「……めんどく」

「これ以上の怠慢は許さないわよ」


 無精男のネクタイに手をかけて低く囁く。そもそもこんなことをせねばならないのはこいつの我儘のせいだ。働け、働くのだ。


 流石に自分でも我儘だと思ったのか、最後には両手を上げて頷いた。



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