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◇ヒロインと隠しキャラなんて 

 

 底が見えないほど遠い、あそこに、微かだが確実に郷愁の念がわだかまっている。

 誰かに理解されることを望んでいたわけではなかった。それでも、同類を見つけたことに喜んでいたのは事実だ。



 その存在は自分の奥底に常にあった。恐らく脳の小ささから、まだ思考もままならない頃にはそれについて考えることも、その存在を敢えて意識することもなかった……いや、出来なかったというべきか。成長していき、思考が働き始めた頃より、徐々に、徐々にその存在が頭に馴染み、やがて知覚出来るようになっていった。今は、随分と遠ざかってしまっているが、それでも消えることはない。

 それは、まだ自分が『生まれる』前、そして『死ぬ前』の記憶。

 輪廻転生。単なる宗教的な考え方の一つだったそれが、自分にとって確かな事実となった。

 

 厳しく、かつ実直で、そして子を大切に想ってくれている両親に育てられた。周囲の環境は決して優しいばかりのものではなかった。類稀なる才能に目覚めた。好奇心から様々な場所に行き様々な問題に首を突っ込んだ。

 こうした環境の中で、自分は確実に『以前の』自分とは違った存在に育っていった。勿論、前世の記憶というものが全く影響を及ぼさなかったわけではない。ただしその記憶はあくまでも自分を育てた環境の一部に過ぎない。今の自分は、紛れもなくこの世界に生きる人間である。

 貴族というものは、存外しがらみにまみれている。自由で自堕落、平和を貪って生きていた過去の自分と比べると面倒なことも多い。

 しかし自分はこの世界を気に入っていた。

 理由、それは魔法の存在である。

 ファンタジー、想像の産物に過ぎなかった魔法が、今、目の前にある。

 それだけで心が弾み、片端から書を漁り、時に両親の目を盗んで実験し、密かに他国に渡って魔法に関するあらゆるものを見て来た経験もある。

 未知。未知。未知。魔法は調べても調べても未知に満ちていた。

 加えて、自分の魔力量はずば抜けていた。魔力は保持する量の上限と自家製生する量の上限、一度に放出出来る量の上限がそれぞれ違うが、そのどれもが過去を振り返っても数人程度しかいないほどの量を持っていた。魔法の可能性を探るにはこれ以上ないほどの好条件だ。

 かくして、自分は気づけば魔法の知に秀でることとなった。魔法を知るための知識として得た他分野の知識もあり、やがて受けた魔法学園の入学試験ではトップの成績を取ることになった。


 そう、魔法学園。

 魔法の知が集まる場所。そこは、期待を大きく外れた場所であった。

 まず、魔法に関する基礎的な制限すらかかっていない。魔法学園の教師たちが権力に興味を持てば直ぐさま国家を転覆させられそうな有様である。国で魔力を持つものすべてに入学を強いるのだからそれほど力の入った学園だろうと予想していたが、現実は全くの逆だった。

 次いで、他国にも劣る知識量。教師たち一人一人の知識は素晴らしいものの、学園全体が共有する知識、特に一般授業は他の国に数歩遅れている。要するに、チームワークが足りない。完全個人主義の弊害だ。

 そして、生徒の士気。

 中には並々ならぬ情熱を持つものもいるが、そういうものは大抵教師への道を進むだろう。魔力を持つもの全てを受け入れる学園は、そのぶん競争意識がない。政治に関心を持つものは、魔法を疎かにしがちだ。政治に魔法が重要となるという発想は欠片もない。

 欠点だらけの学園に、当時の自分の落胆は酷いものだった。

 一応通いはするものの、授業に出ることに意義を見出せず、図書館の図書を片端から読み漁ったり、素晴らしい教授に論戦を持ちかけたりして日々を過ごした。


 それが、その日から、がらりと変わることになった。


 教授の一人から、転入生があることは知っていた。自分と同じくらいに優れた魔力量を持つことも。

 だが、その時は大して気にもとめていなかった。

 ある日、借りた図書をどこで読もうかと思案していると、入学前の見学に訪れていた彼女と出会った。


 目が合った瞬間。彼女から意識を絡め取るような壮絶な魔力を感じた。咄嗟に意識に膜を張るように魔力で自分をくるむ。


「あのっ……私、迷ってしまって……ここってどこですか?」

 媚びるような笑み。自然と眉根が寄る。落ち着いて膜越しに微かな魔力を探ると、それは『魅了』に類するもののようだった。


「……すみませんが、少し用がありまして……他の方を探していただけませんか?」

 申し訳なさそうに表情を取り繕い、さっさとその場を離れる。


 言った瞬間の彼女の絶望したような表情が、やけに脳裏に残っていた。


 初対面の印象は最悪。当然だ、初対面から操られそうになれば誰だって気分が悪くなる。

 しかしあの時の表情が気になって、彼女が入学してからはつい目で追うようになってしまった。


 そうして気づいたこと。

 彼女は自分だけでなく多くの男たちを魅了して、支配している。圧倒的な魔力があるからこそ実現できる無謀な力の使い方だ。

 それをする彼女は、決して幸せそうではないこと。笑顔を絶やさないその顔は、喜びどころか日に日に何かに蝕まれているように感じる。

 そして、言葉の端々に感じる、懐かしい響き。


 ーーーもしかして、彼女も?


 それ自体あり得ないことではない。けれど、たとえ転生していたとして、同じ国、同じ時代から来て、さらに同じ国に生まれるというのは、どれほどの確率なのだろうか。

 じんわり沸く感情は、確かに喜びだった。


 そんな彼女が、ある時一人でベンチに座っていた。取り巻き化した令息たちを侍らせているのが常であるのに、と不思議に思いながら、ふと話しかけてみようかと思い立つ。

 そうして声をかけようとしたとき。

「……もう、ゲームオーバーで、いい……」

 ぽつりと聞こえてきた声。

 遙か遠い記憶がその瞬間を待っていたかのようにせり上がってくる。


『はぁ、ねーちゃんまたこんなんやってんのかよ。飽きないねぇ』

『なぁによ、文句言うんなら見んな!てか、返せ!』

『何がいいのさ』

『そりゃ、イケメンいっぱいだからよ。声もイケボよ?あっ、そうそう、これこれ、この人の声特にやばい!敬語キャラもいい!これ絶対腹黒だよ。全部クリアしたら攻略出来るようになるんだって、この……ハルド・ロードラーザ様!』


 …………なるほど。

 時折、殿下や彼女の取り巻きとなってしまった方の名前に既視感を感じていたのはこれだったのか、と理解する。

 かといって、自分がゲームのキャラクターだとは思わない。ここがあれに似ているのか、あれがここに似ているのかは分からないが、少なくともこの世界とゲームはイコールではない。何故なら自分が前世の記憶を持っているからだ。そして、自分に意思があるからだ。あのキャラクターに前世の記憶がある設定はなかった。そして、前世の記憶に少なからず影響を受けている今の自分があのキャラクターと同一だとは思えない。意思についても、あのゲームが最新式の人工知能を搭載していたら分からないが、ここまで生きてきた中で選択肢の類が出ず、自分の思考が働いており、なによりあのゲームはそれほど高尚なものではなかった。

 あまりにも似ているが、それとこの世界がゲームであるということはまた別問題である。

 しかし。

 おそらく、この疲弊しきった少女にとって、この世界はゲームなのであろう。

 いや、ゲームであって欲しいのかもしれない。

 ぼろぼろになりながら笑顔を振りまく彼女が欲しているのは愛情だろう。ゲームの主人公ならば難なく得られるそれを得ようと、必死になって魔法を放出している。そして、放出すればするほど、愛は仮初めのものになっていく。

 どこかでそれを理解しているのだろう。

 それでもやめられない。自分の首を締めてなお、幸せになりたいと求め続けるその姿はあまりにも愚かで……いじらしかった。

 同情していたのかもしれない。その気持ちは痛いほど理解できた。記憶を持ったままでは、自分を生んだ両親すら違和感のある他人にしか見えない。死んでもまた生まれてくるならば、生にどれだけの意味があるだろう。そう考えてしまうこともあったのかもしれない。

 自分には魔法があった。魔法の追求を生き甲斐としていた。そうするうちに徐々に地に足がついていき、両親を両親と認められるようになったし、この世界に生きるものだと受け止められるようになった。

 だが、彼女にはそれが無かったとしたら?

 魔力を痛々しい使い方で放っているあたりにも、魔法に愛着を持っているようにはとても思えない。

 貴族である自分は魔力の操り方に教師がつけられた。しかし、平民である彼女に教師がつけられるはずもない。そもそも平民が魔力を持つこと自体多くはないのだ。あれだけの魔力を制御出来ずに過ごしていたとしたら?

 家族すら、魔力で無意識に操っていたとしたら?

 それに気づいたときの不快感と罪悪感は計り知れない。

 魔力を嫌い、それでも魔力に縋るしかできない彼女。そこで初めて、あのとき彼女が見せた絶望の表情の意味を知った。



 ふ、と彼女が視線をあげ、目が合う。

 軽く微笑み、挨拶をして近寄った。この世界の貴族流のまどろっこしい挨拶はきっと伝わらないだろう。

「こんにちは。日向ぼっこですか?」

「あ、いえ……あ、その……」

 初めにその力が効かなかったからだろう。魔力を使うこともせず、彼女は戸惑ったように目を泳がせる。もう、魔力なしに人と接することすら難しいのか。


「今日は時間があるんです。この間はすみません。少しお話しませんか?」

 彼女は迷い子のような顔のまま、こくりと頷いた。


「いい天気ですねぇ」

「はい……」

「そういえば、貴女も成績上位者でしたね。家庭教師も無かったでしょうに、凄いものです」

 彼女は魔力を介さない褒め言葉に慣れていないのか、困ったように眉を下げて縮こまった。その耳がほんのり赤い。

「勉強に集中するのが好きなんです」

 何故か、とは問わなくともわかる。一種の現実逃避なのだろう。ただ、そうですか、と頷いた。

「あの、ロー、ドラーザ、様、も凄いですよね。学年一位だって……」

 言い慣れないのか、長い名前と様の前でつっかえる。常ならば台詞のように淀みなく他の男たちを褒める彼女のそんな失敗がなんだか新鮮だった。

「魔法が好きでね。魔法はすべての事象に通じるところがあるので、魔法について調べているうちに知識が身についたんです」

「魔法……」

「面白いですよ」

 それから、彼女……シルカに色々なことを語って聞かせた。今まで知識は溜まるだけのものだったが、それを人に話すというのもなかなかに面白いものだと初めて気づいた。

 彼女は、段々と笑ってくれるようになった。それは、媚びたものでも壊れそうなものでもなく、ただただ暖かかった。


 別れ際、ふっと魔力の気配を感じ、反射のように膜を張る。ぶわっと襲いくるシルカの魔力。驚きを顔に出さずに彼女を見つめる。シルカは緊張した顔で口を開いた。

「ロードラーザ様、その黒い瞳、宝石のようで素敵ですよ」

「……そうですか?ありがとうございます」

 いきなりなんだというように、心底不思議そうに返す。甘さも飾り気もないそれは、正解だったらしい。


 シルカは泣きそうな、ほっとした顔で柔らかく微笑んだ。



 その瞬間芽生えた感情は、予想もしていなかったほど黒くどろどろとしたものだった。

 この感情が、この笑顔が欲しい。

 他の誰にも向けず、自分だけに向ければいい。

 そのとき自分が欲したものは、彼女からの『依存』だった。

 魔力に屈するような他の誰かには、譲ることは出来ない。彼女に操られないからこそ得られる信頼。それは、前世と合わせても初めて、他の誰でもなく自分でなければいけない役割のように思えた。

 自分だけを、求められた瞬間だった。



 ゲームの主人公?

 攻略されるキャラクター?

 馬鹿馬鹿しい。

 今いる自分は紛れもなく人間で、目の前の彼女は単なる傷ついた少女だ。

 ゲームのシナリオは限られているが、現実は可能性に満ちている。この世界はあの世界の姉たちを喜ばせるための玩具とは違う。ただ生きるために生きている、多種多様な人間や生き物たちがそれぞれの思惑を持って暮らす、予測不可能な世界だ。

 だから、変えてやる。変えてみせる。彼女を縛る小さな価値観を壊してみせる。


 そして、自分の意志で、私を選ばせる。


 久方ぶりに、気分が高揚するのを感じた。



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