◇しーふと友人 /登場人物メモその2
短いので登場人物メモその2をつけました。思ったより人を増やし過ぎて作者は瀕死です。でも多分まだ増えます。死にます。
―――おい……
音が耳を叩く。
―――おい、君……ジャン・カース!
いや、声だ。
聞き覚えのある、声だ。
「お……れは、ジャンじゃ……」
「お、良かった。意識が戻ったか」
薄く目を開けると、こちらを覗き込む影があった。
未だぼんやりとかすむ目では、その影の正体はわからない。ゆらゆらと揺れる影を瞼の隙間から眺めるが、彼が男であるという以上の情報は得られない。
だが、俺は彼を知っていた。
彼が背負う青く澄んだ空が濁った瞳を刺す。
仰向けに転がったまま、瞬きもおざなりに影と空を眺める。
脳を占めていた憎悪も、身を焼くほど染みついた激情も、身震いするほどの魔法への嫌悪感も、不思議なほどきれいに消えていた。
あるのはただ、穏やかに凪いだ心と、言い知れない解放感だけ。
彼の影をぼんやり見ていると、不思議と彼に何か話したいような気がしてくる。
ぽつりと、零した。
「……母さんは……いつも言っていたんだ」
『マッシ。まぁたあんたはお客様に無愛想にして』
呆れたように両手を腰に当てる母。そんなことは茶飯事なので、俺は適当に返事をする。
『別に、向こうだってあーとかんーとかしか言わないし。なんでこっちばかりにこにこしなきゃならないんだよ』
母はこめかみに手を当てて首を振った。そして俺の鼻先に指を突きつける。
『いーい?マッシ。私たち商売人はね、お客様の笑顔が養分なんだ。お客様を笑顔にすればするほど、私たちはぐんぐん育つことができる。つまり、そんな私らから産まれたあんたは、お客様の笑顔から産まれた子ってことと同義なんだよ!親に適当な対応をするなこの親不孝者!』
『親って……気持ち悪』
母のこの台詞はいつものことだが、その気味の悪い例えに毎回のごとく引いてしまう。
どん引きする俺に気づいているのかいないのか、母は指をくるくると回しながら続けた。
『私たちがいやーな態度でいれば、いやーなお客様が来る。小狡い商売をすれば、小狡いお客様が来る。そんなことばかり繰り返していたら、私たちはどんどん卑しい人間に育っていくんだ。私はね、あんたに今より更に優しい人間に育って欲しいから、優しいお客様を呼び込んでガチッと掴めって言っているんだよ』
母は歯を見せてにししと笑った。
『お客様は笑顔になる、そんなお客様から良い養分吸い取った私たちはちょっとだけ良い人間になる。お互いに得しかしない関係でしょ?』
がめついようなそうでもないような、変な人だった。
強くて格好良くて、お客様が第一で、それでも、何より俺を大切にしてくれた。
そんなこと、魔女をひたすら憎んでいた時には思い出せなかった。
青空の染みる両目を、腕で覆い隠す。
「俺は……母さんを、魔女に殺された可哀想な人にしてた」
影は俺の独り言を黙ってそこで聞いているようだった。
「あの強くて図太くて誰より明るく笑った人を。魔法で真っ黒に塗り潰してた。父さんを……裏切り者だって思ってた」
でも、もしかしたら違うのかもしれない。
「父さんは、母さんの『お客様の笑顔が養分だ』って言葉を忘れていなかったんだ。商品が便利になって、喜んでもらえることが、何より母さんの望むことだって……知ってた」
「……」
「俺は、間違ってたのかな」
影が動いた。
俺を覗き込むのをやめたのだろうか。真っ黒な腕で目を塞いだままの俺の顔の上に、日差しがかかるのを感じる。
柔らかく暖かい日差しは、ゆっくりと腕を温めた。
「……間違っていたとしても、良いんじゃないか」
いつも俺を責めていた声は今、驚くほど穏やかな声をしていた。
「君は今、十分に苦しんでいるように見える。間違えたことを悔いる心は誰もが持ちうるが、だからといって軽んじられるべきものでもない。僕はその心を貴重だと思うよ」
「でも、俺は、……人を殺しかけた」
「……そうか。それじゃあ、きっと君は皆に責められることだろう。殺されかけた人、その周囲。そして、君の大切な人や、君自身に」
「……」
まぶたの裏に、イビールの血と、父の悲しげな顔が浮かぶ。
俺は強く唇を噛み締めた。
「……それで?君は、これからも間違え続けたいか?」
俺は強く首を振る。
今でも手に残るあの感触を、二度と繰り返したくはない。
「……そうか。なら、やっぱりそれで良かったんだ」
俺は、ゆっくりと腕を下ろした。
俺を見下ろす穏やかな瞳。
「やり直したいなら、機会を与えよう。……どうする?」
差し出された手が、滲んで、揺れる。
俺は少し笑った。
―――
彼はじっと己の手を見つめていた。
その手でつかんで引き上げた、強い瞳をした少年。
父を越えるために、彼はその少年を助けることを選んだ。
「……俺が完全に正気を失わなかったのは、どんな手を使ったか知らないけど、あんたがずっと頭ん中でがみがみうるさく言ってくれたお陰でもある。……感謝してる」
すっきりした表情でそう言った少年を思い出し、彼は首を傾げた。
「……頭の中で、僕が……?」
少し考えてから、目深に被ったフードを引き下ろし、彼はその場を後にした。
―――登場人物メモ2―――
キーラ・カルバーナ
第一王子ターナスの婚約者で身分の高い貴族令嬢。基本的にターナスのことしか考えていない。
最近少しだけ人に共感することを覚えてきた。火系の魔法が得意。
ハルド・ロードラーザ
『ゲーム』の隠しキャラと同姓同名のそこそこ身分のある貴族令息。魔法を生きがいにしている。シルカがお気に入り。
魔王の息子で、最近うっかり前世の自分に引っ張られた部分とそれ以外に分離してしまった。
ターナス・ストロレイジ
第一王子でキーラの婚約者。今のところ操られているのでそんなに性格が目立たない。
最近シルカと一緒に居ないことも増えてきた。忙しそう。
シルカ・サーテライン
平民だが高い魔力で学園に途中編入してきた少女。根は内気でネガティブ気質に近いほど謙虚。
最近はいつもぴょん太くんを抱えている。様子がおかしい。
チェナ・ミランネ
キーラほどではないがそこそこ身分のある貴族令嬢。噂話を集めるのが好き。ただし無闇に広めることはない。
最近は出てこないけどキーラの心の支えにはなっている。裏で何か動いているっぽい。
サゼーナ・ウェルニー
キーラと並ぶか少し低いくらいの家柄の貴族令嬢。研究馬鹿。ロードラーザやシルカの知るゲームにはいなかった。最近新しく作り出した機械人形の予備に剣をぶっ刺されて機嫌が悪い。
アークス・キューズロンダ
代々宰相を輩出している家の貴族令息。器用貧乏に近かった。どこが特化しているわけでもないが大体なんでもできる。最近サゼーナに構われないためかキーラの周りをうろちょろしている。何故かキーラへのあたりが強め。
トト・カナーラ
貴族ではないがかなり有力な商家の息子。ロードラーザの数少ない友人(顔見知り?)。貴族に対するコンプレックスが酷い。最近婚約者との仲がさらにこじれて物凄く憂鬱。商売をするときだけ笑顔。
ソルティダ・リーンスルト
貴族令息。女好きと噂されるが、最近キーラには少し違う面を見せた。意外と腕が立つ。婚約者と意外にも仲が良い。
シャルク・スペータ
王家の血筋の貴族令息。俺様。最近久々にキーラとターナスと顔を合わせるが何故か目の前で仲違いされて困惑。ターナスの味方っぽい。
セルテ・シャードレ
代々騎士を輩出する家の貴族令息。情熱家の野心家。最近さっくりターナスに断罪されて学園を辞めることになる。第二王子派らしい。
ハーミ・ユーティアル
リーンスルトの婚約者。彼をソルと呼ぶ。全体的にふわふわした不思議な令嬢。最近階段から転げ落ちたが華麗に着地しリーンスルトに呆れられた。
アミアーゼ・ベルクルド
トトの婚約者。トトの貴族コンプレックスを強めた原因でもある。ツンデレだがトトの態度のせいで最近はデレるタイミングがない。
ジャン・カース(本名:マッシ・シャルルジャン)
魔力盗難事件の犯人。復讐のため学園に潜り込んだ隣国の商家の息子。魔法に強い憎しみを抱いていたが、ロードラーザにその感情ごと消された。最近変な影に会った。
イビール
ジャンの学園での友人。かなり友人思いの熱いヤツ。最近キーラたちの作戦に協力したが機械人形と本気で間違われたことが正直複雑。
アルスクーレ
シャードレの婚約者だったが最近無事婚約が破棄された。穏やかな貴族令嬢かと思いきや、親友のカーラに並々ならぬ愛情を注いでいる様子。
カーラ
魔力盗難事件の被害者で、アルスクーレの親友。平民。ジャンとイビールとはそこそこ仲が良かった。最近無事魔力が戻り、学園を出ることは免れた。
セマ
キーラがシルカの評判を上げたことを機に、シルカに話しかけるようになったクラスメイト。最近仁王立ちのキーラの前で震えるシルカという図を目撃した。
魔力盗難事件篇完結。やっとここまで書けた!!感動ですが、ここでストック切れですし、知らないうちに一話投稿から丸二年経っていました。不定期更新に甘え過ぎて絶望です。しかし見切り発車ながらもなんとか諦めず続けられたのは今見てくださっている皆様のおかげです!ありがとうございます!




