◇女性は平等に扱うべき
ロードラーザ視点です。また彼の余計な属性が増えました。もう作者にも負いきれないよ。
「……前世の私、いえ、彼が暴走しそうですね……面倒な」
私は溜息をついた。
なるほど、溜息はつけるのか。まあ確かに私は姿形も私のままだ。今まで出来ていたことは大抵出来るだろう。魔法に関して、色々試してはきたが、流石にこれは初めてのことだから勝手がいまいちわからない。
そんな私を、ジャンは今初めて認識したようだ。
ぐわん、と全身を震わすような声が脳に響く。
〝……ぐ……ま…ほう……つかい……め……〟
コイツ……脳内に直接……ッ!?
と、遊んでいる場合ではないか。
そもそも、彼の精神に直接足を踏み入れているのは私の方だった。
闇に沈むジャンの心は随分苦しんでいるようだったが、やはり精神はそれなりに強いらしい。フォローという意味では、私が出向く必要はあまり無さそうだった。
私は憎しみを向けてくるジャンに軽く返事を返す。
「そんなに怒ることはないでしょう。私は何も、貴方や貴方の言う『魔女』のように人を殺そうとしているわけではないんですよ?」
まぁ、一歩間違えれば死ぬかもしれないが、死なせないようにこうしてフォローにも来ているのだから問題ないだろう。
私の言葉に、ジャンの憎しみと怒り、それから動揺が強くなった。
〝俺を……魔女と一緒にするな……!〟
「何が違うと言うんです?」
私は首を傾げる。先程カルバーナ嬢にも指摘されたというのに、まだ認められないらしい。
「貴方は憎しみのままに科学を使って魔法学園の生徒を殺そうとした。魔女は憎しみのままに魔法を使って貴方の母を殺した。……まさか、未だ殺していないから許されるとでも?事故ならまだしも、殺すようなことを故意にしている時点で同じでしょう」
まぁ、そういう意味では私や私の前世の彼も同じなのだが、不都合な点は言及しないに限る。
「違う!俺は……っ」
いつの間にか、 ジャンの意思が収斂して姿を成したようだった。手には黒い剣が鈍く光っている。
未だ現実世界の彼が与えた死の記憶に苦しんでいるはずなのに、大した精神力だ。少し見直した。
私は軽く周囲を見回した。
ふむ。攻撃魔法を使うのは少々危険か。
「違いませんよ」
「……うああぁああっ!!」
彼の剣と同じ形の剣を模倣して、形成すると同時に襲い来る剣を受け止める。
キン、とかき氷を食べた時の頭痛のような音がしたすぐ後、彼の体勢が整う前に薙ぐように弾き返す。
「貴方は魔女と同じように残虐に人を苦しめた」
倒れたジャンは起き上がろうと剣を突き刺す。ざっくりと刺さった場所から黒い光が根のように広がり、全体に伝わる。やがてすぐに、空間全体が剣となって襲いかかってきた。
「違う!」
とりあえず飛び上がって後ろに避ける。隙間から体勢を立て直したジャンが弾丸のように斬りかかって来る。
「貴方は魔女と同じように理不尽に人を殺めようとした」
一歩横に踏み出し、剣に並行になるように体を引いた。真っ直ぐ駆けていたジャンの体勢が再び崩れた。倒れた先の地面はジャンを傷つけないように柔らかく受け止める。今のように、本来彼の精神世界は彼の思うがままに操れるのに、彼にはまだ操りこなせていないらしい。
確かに体の一部であるはずなのに、どこか異質で、制御しきれない。
まるで魔法だな。思わず皮肉に笑った。
「……っ違う!!」
今度は先程より多くの剣が降って来る。仕方なく、私は慎重に光魔法で壁を構築した。
どうやら調整はうまくいったらしい。壁は彼の精神を傷つけることなく私の周りにドームを作った。
「貴方は魔女と同じように……誰かの大切な人を苦しめた。貴方は貴方を生み出したんです」
「違う、違う!俺は、違う、魔女は、だって、あいつは……魔法を……っ」
精神世界が、うねる。真夏日のように視界が歪んで少々見辛い。さっさと片をつけよう。
「魔法は単なる能力……道具に過ぎません。確かに凶器になり得るものですが、使い方次第。つまり、本人の意思次第です。殺すために使わなければ、凶器にはならない」
私は、哀れみの視線を彼に向けた。
彼は今回の事件で、彼の作った機械を使ってしまった。
「貴方の信じる機械や技術を、貴方の言う醜い魔法とやらと同じ場所に貶めたのは、貴方自身ですよ」
「あ……」
しん、と刹那、音が消える。
〝違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う〟
彼を形作っていた精神が霧散した。
私は最早何の興味もなくなった男の呟きを何とは無しに聞いていた。
違う、と強く否定する人間ほど、心の奥底では肯定し理解しているものだ。
本当に納得していないのならば、軽く冷笑すれば済む。
ぱちん、と指を弾くと、彼の意志の残りかすは跡形もなく消え去った。
これで、彼の魔法への歪な憎しみは二度と戻ってこないだろう。
あとは……。
彼から意識を取り返さなければと考えたところで、ふと気づいて振り返る。
「ハルド、様?」
「シルカ……」
口にしたと同時に、意識を取り戻せたことを知った。
―――
困惑した表情で私を見るシルカに、ひやりとする。
―――やっべ。
焦ったような呟きに、私は心の声で応えた。
『……さっさと戻って頂けませんか。私は解離性同一性障害になりたくはないのですが』
―――えー?イイじゃん二重人格!裏の自分って主人公みたいでカッコよくね?
『ただでさえ要らない設定を盛り過ぎているような生い立ちなんです。これ以上面倒なものを背負いたくありません。……というか、そもそも貴方が余計なことするからこんなことになっているのですが』
―――だってムカつくじゃん、なんか良い話っぽくまとめられてさ。お前だって一緒だろ?あの時ちょっと分離しちゃっただけで、元は同じなんだから。
『まあ……そうでしょうね』
そう。便宜上前世の彼と呼んではいるが、厳密には少し違う。
魔王のもとで意志や価値観を消滅させる力を得たときから嫌な予感はしていた。あの世界の空気はいくら半分魔族の血が流れるといっても人の身には異質過ぎた。魔力だけでなく、前世の記憶や感情が歪に膨らみやすくなっていたのだ。
あの時、前世の記憶に引っ張られていた自分の一部が、少しズレてしまっていたのだろう。今回ジャンの精神に潜る際に彼だけが自分の体に残ってしまい、完全に今の私と分離してしまったらしい。
そう言う今の私だって、前世の記憶に関する感情の分離した、元の私の一部に過ぎない。
『まあ、それとこれとは別です。とりあえず戻ってください。貴方の方が割合が低いのですから』
―――分かったよ。でもさ、これ、分離グセついちゃってね?
『……その可能性はありますが考えるのは後です。今はこの場をなんとかしなくては』
―――はいよ。
彼はへらりと笑った気配を残して、静かになった。
一息ついて、目の前のシルカを見る。
彼女は困惑した様子で、『ぴょん太くん』を抱えたまま私を見ていた。
「あ、あの……そこを歩いていたら……急にぴょん太くんが暴れ出して……私をどこかへ案内したいみたいな感じだったので、つい……。その、これは、一体……?」
ぴょん太め。
ぎろりと睨め付けると、『ぴょん太くん』はフンと鼻を鳴らしてよそを向いた。まだ本当の名をシルカに教えなかったことを怒っているらしい。しかし、覚えていなかったのだから仕方ないと思う。
それにしても……困ったことになった。
慎重に信頼を得ていたが、それでも完全に心開いたわけでもない。こんな中途半端な状態で、「ちょっと後輩に死の恐怖を見せていました☆」などと正直に言えば、まず間違いなく心に重い鉄の壁が出来るだろう。
考えているうちに、シルカの視線が後ろに向く。
丁度、気を失って倒れたジャンの半身を、友人だという男が支えて起こすところだった。
シルカはジャンの顔を見て、目を見開く。
「あれ……犯人の……」
不味い、本当に、不味い。
シルカの顔が混乱と不安に染まっていく。
「……シルカ嬢、彼をご存じだったのですか?」
「え……い、いえっ……」
あえて惚けて問うと、彼女は焦った様子で強く首を横に振った。
よし、疑われそうになったら、疑われる前に疑ってしまえばいい。シルカにやましいところがあって助かった。
私は慎重に言葉を選びながら彼女に説明する。
「実は、例の突然魔力が無くなるという事件の実行犯が彼であったことが分かりまして。随分暴れていたので、気を失わせていたところです」
「そ……そうなんですか……」
シルカの顔は疑問符まみれである。当然だろう。彼女の予想した展開とは全く違う出来事が起きているのだ。この調子で、『ゲーム』と現実が違うということに徐々に気付くことが出来れば良い。
「それで、ですね。彼はこの国ではなく、隣国の出身だったのです。しかも、国とも取引のある大商家の息子。となれば、国際問題に発展しかねないということはお分かりですね?」
「え……!?は、はい……」
シルかは一瞬驚いたように目を瞬いた。
やはり、記憶にないとは思っていたが、彼が隣国の商家の息子だという情報はゲームにはなかったらしい。
「ですから……どうか、このことはご内密に」
「え、あ、そ、それはもちろん……」
唇に人差し指を当てて声を潜めると、シルカがやや赤面した。
ロードラーザの容姿が優れていて良かったとしみじみ思う瞬間である。
「ちょっとあなたたち」
そこに、要らない声が横から入ってきた。
私は面白くない気分で、腕組みをしてこちらを見下すように立つ邪魔者……キーラ・カルバーナを見やる。
「……何か」
うんざりとした顔を隠しもせず問い返すと、彼女の方も似たような顔で眉をしかめた。
「幸せそうなところをお邪魔するようだけれど、私たちに何か言うことはないの?」
「言うこと?……さあ、大切な友人と会話する以上に優先すべき言葉は今のところ持ち合わせていませんね」
今は友人と言うしかないのが歯がゆい。殿下と彼女は婚約者同士なのに何故私とシルカは婚約していないんだ?
益体もないことを考えながら適当にそう返すと、カルバーナ嬢が噴火した。
「はああ?人に協力を仰いでおきながら独断で説明もせず振り回して要らない疲労をおわせた相手に、謝罪の一つも出来ないわけ?」
「申し訳ないと思わなくもないですが、今優先すべきことではありません。邪魔しないでください」
「はっ、邪魔?してやるわよ、貴方がおとなしく額を地に擦り付けるまで永遠にね!」
「……わかりました。次からの貴女の貴重な憩いの時間を全て潰してさしあげましょう」
「はあ!?誰がさせるものですかこの変態無精男!」
「うるさいですね迷惑盲目高飛車娘」
お互いに、苛立ちを通り越して殺気立ちながら舌戦を繰り広げる。
これだから、自分と似た人間は嫌いだ。
自分だって同じ状況で愛しの殿下との会話を遮られればまず間違いなく燃やすくせに。
というか、謝罪云々より、殿下と上手くいっていないせいで私に八つ当たりしているんじゃないか?十分あり得ることで、余計に苛立ってくる。
殿下にはとても見せられないような三白眼で私を睨みつけていた彼女だったが、ふと私の後方を見て、はっと息を飲んだ。
不思議に思って振り返る。
「……え?」
そこには、きょとんとした表情のシルカが……いなかった。
正確には、彼女はいた。ただ、その丸い瞳から、たっぷりと水が滴っていたのだ。
彼女は―――泣いていた。
「……え?し、シル……ええと、サーテライン、さん?ど、どうなさったの?」
珍しく狼狽した様子のカルバーナ嬢が、おろおろと話しかける。彼女が一歩を踏み出した途端、シルカも一歩下がった。
一体、何が起きている?
表情を失ったまま涙を流し続けるシルカを、ただ茫然と見る。これほど辛く苦しい状況でも、涙を決して流さなかった彼女が泣いている。狂ったように演技をつづけ、それでも笑っていた彼女が。
「……この世界の主人公は、あなた、だったんですね」
シルカが唇の端を曲げた。笑おうとしているのだと気付いたのは、彼女が走り去った後だった。
彼女は、真っ直ぐにカルバーナ嬢を見ていた。
私とは、目を合わせることすらしなかった。
ばん!と強く叩かれたのは、私の背中だ。
「なに阿呆面晒してるのよ!今すぐ追いかけなさい間抜け!」
「……っ」
我に返った瞬間、思考を回すよりも先に地面を蹴っていた。
分からない。彼女の中で一体何が起こったのか。ただ、このままにしておけば彼女の中から『私』が消える。そんな予感がした。
走り続ける中でじわじわと脳が動き始める。焦燥、心配、動揺……そして苛立ち。
―――消させてなるものか。
強く思う。私を彼女の『ゲーム』の住人になどさせない。物語の登場人物、そんなもので終わらせたりはしない。私という一人の人間が存在するということを、彼女に分からせてやる。
どろりとした感情は、いつか彼女に覚えたものにより重さをまして胸にたまっていた。
一難去ってまた一難。上手く丸め込んだと油断したら彼にとって予想外の展開になってしまいました。




